異界の街

水咲

前編

 この世界で命を散らした者が導かれるとされる場所、霊界。

 1年に1度、霊界と現世を隔てる扉が開き。死者の霊魂が仮初の器を得て現世に顕現するという日がある。

 その日は特別で、生者もこの世ならざぬ者に成りきって過ごさなければならない。

 訪れてくる霊魂全てが善き存在とは限らず、生者を攫おうとする悪しき魂のものたちも紛れ込んでいるからだ。


 過去に何度か、ある国のある街で、子どもが一夜にして大勢行方不明になるという事件があった。

 後に無事に発見し事なきことを得たが、子どもたちは誰一人として当時の記憶を覚えてないことと、事件の日が毎回霊魂が訪れる日と重なったことから。国はその特別な日と向き合い、再発を防止するために国は対策を徹底的に強化した。


 結果、年に一度の特別な日──「ハロウィン」

 日が沈み闇が支配すると同時にその街は異世界に変貌する。


*


「さぁ!今宵も宴を始めようじゃないか!」


 街の広場で誰かが歌うよう両手を広げる。

 口元以外の全てを真っ黒な長衣で覆い隠し、いかにも怪しいその存在を、誰も訝しる素振りはしない、寧ろ喧騒が静まり次の言葉を待つように期待の眼差しを送る次第だ。

 この広場に集う人達に共通することは大きな布で体を隠していること。


 空模様は綺麗な夕闇のグラデーションを描いている。

 時計塔の針が刻々と時を刻み……やがて長針が短針と重なるその直前、備えられた鐘がひとりでにゆっくりと動く。

 そして、鐘の音が響くと同時にぱちん、と黒ずくめの男が静寂を破る音を打ち鳴らした。


「イェーイ!!! ハッピーハローウィン!」


「「「ハッピーハローウィン!」」」


 集う者たちが一斉に布を引き剥がす!


 それは街が異世界へと切り替わる瞬間。

 今年も悪しきものを欺き通すための一夜が始まる。


 ………………。


 ……けれど、今年は違った。

 悪しき魂のもの達も、人間を見破るための術を身につけてきたのだ。



 これはそんな街で起きた一夜の噺。



*



 男は倒れていた。

 視界は真っ黒に染まっていて、時折何かが肌に触れ、ざわめく音は恐ろしく耳にまとわりつく、正体の分からないそれらが何か確認しようにも身体は重く、動かすことがままならない。

 暫くまばたきと呼吸を繰り返していると、真っ黒な視界に明暗があることに気づく、見上げているのは夜空で、薄い雲が星々を覆っていた。肌を何かが撫で付けるのは風で、風が吹く度にざわめく音がする正体は木々の揺れる音だろう。

 などと自由が戻る前にある程度状況把握してみるか、外にいるということは危険に変わりはない、そもそも。

「どうして、外なんかで倒れてたんだろう……」

 当然の疑問に記憶の糸を手繰るか、何も掴めなかった。その事に焦りが生まれて基本的な記憶を思い出そうと手を伸ばす。

「名前は、クラウス。年齢は……わかる。家族の、名前は──」

 そんな最中、突如横を黒い影が駆け抜けて行ってびくりと身を固める。野生動物? 一瞬だけ捉えたシルエットは大きくて、まさか熊? 奇跡的に見過ごされた?

 思考が乱されて辺りを見渡す。そこには自分の他にも"誰か"が同じように倒れていた。

「あの。大丈夫ですか……」

 反対側を向いても同じように倒れるシルエットが見て取れた、この場所にいる経緯が全く思い出せないことと似たような目にあってる人が複数居るのなら、なにか大きな事件に巻き込まれたのではないか。身体が重いのもきっとそのせいで。

 足音がした、はっと顔を向けると誰かが歩いてこの場所から去っていくところだった。

「待って、ください!」

 まさかこの惨状に何事の疑念も抱いてないのか、声を上げてから、事件の犯人の可能性に思いいたりさっと青ざめる。犯人だったのなら去る行為が納得出来る。

 迂闊な行動を取ってしまった焦りから不安が一気に駆け上がる。起き上がるための手に必死に力を込める。

「あぁ?」

 声を掛けられた誰かはたいそう不機嫌そうな返事を返した、のしり、と一歩一歩こちらに近付く度に異様な大きさの闇を纏ったシルエットだ、その圧倒的な大きさに怯み、目を離せないでいると次第に姿が浮かび上がる、暗闇の中に赤色が滲む。それは巨躯の男の肌だった、そして──

「ひっ!? お、鬼……!?」

 その恐ろしい相貌を捉えて、悲鳴が口から出た。大男は人間ではなく"鬼族"だった、巨大な身体で圧倒的な膂力を誇り、形相は常に怒りに歪められていて、頭から角が生えているのが特徴的な伝説上の存在、それが今目の前にいる。

 愕然と見上げていると、大男……赤鬼は「あー」と頷くような素振りを見せて。

「なんだァ、今回は鬼族か? 悪かねえな」

「……?」

「お前は新入りだろ? 反応でわかるさ、今年は冥王様から頂いた能力があるから、お前でも頑張れば贄を誘いこめるさ」

 そう言うなり、時間が惜しいというようにのしのしと赤鬼は移動を再開した。その背中が遠くなったところでやっと呼吸ができた。張り詰めていた弛み体が悲鳴をあげる。

「今回は……? 新入り? 贄……?」

 赤鬼が残していった意味深なワードを反芻していく、聞いた時にも引っ掛かりを覚えたその単語を繰り返すうちにひとつの記憶を手繰り寄せた。

 それは、衝撃的なひとつの記憶。

「──あぁそっか、俺。死んで……」

 手を持ち上げる──闇が包む視界の中で、さっきまで僅かな明暗しか判別がつかなかったのに、今では色彩が判別できるようになったのは霊としての能力なのだろうか──黒く汚れた手のひらは薄灰色だった。人間の持つ肌の色ではない。爪も異様に伸びている。

「悪霊に堕ちちゃったのか」

 既に亡くなっていたという事実は、思ったよりもすんなりと受け入れられた。

 だって先程から心臓の鼓動が全く聞こえてないのだから。

 ふぅ、と今度は自分の意思で横になり目を閉じた、思い出したひとつの記憶が色々な記憶を引き寄せて、整理する時間が必要だったから。

「亡くなったものは、霊界へと導かれる。けどこの場所がそんなふうに見えないのは。今日が特別な日だから」

 ──すべての魂が現世へと甦る日。ハロウィン。

 身体が重いのは顕現した時の負荷みたいなものだろう。

 そういえば、先程の赤鬼が言ってた「今回」は仮初の器の事だろうか、クラウスはどんな存在になってしまってるのだろう、わかる範囲で確かめてみるが鏡かなければ確認しようがない、少なくとも人型だ、せめて怯えさせない見目であればいい。

「なんて、罪人が思うなんて烏滸がましいよな」

 自嘲して、ある疑問に辿り着く。

「俺は、どんな罪を犯して悪霊になったんだっけ……?」

 記憶の整理を続ける、けれどどんなに探っても生前の記憶の大半は抜け落ちていた、拾えるのはハロウィンと霊界での記憶辺り。

「…………」

 もし、罪の記憶が抜け落ちたものじゃなくて意図的に忘れたものだとしたら。

 起き上がって、首を振った。もしそうだとしたら自分で自分を赦せなくなる。罪を犯したのなら向き合うべきだ。

 そして、こんな罪人でも出来ることがあるのなら動くべきだ。


 ──贄、生贄。

 悪霊が人間を攫うその目的は、罪人が堕とされる冥界、その王に生者の魂を捧げること。

 生贄を捧げれば、穢れた魂を業火の炎で灼くという"浄化"を終えずとも冥王が輪廻の輪に導いてくれるらしい。

 けど長い年月の間、悪霊たちは贄を捧げることはできなかった。

 そこで今回新たな術を冥王直々に与えられる。

 それは魂の識別。


 心臓があるべき場所を注視すると、ぼやっと薄灰の灯火が視えた。

 これが魂。

 罪が多いほど黒く穢れ、無垢であるほど純粋な輝きを放つ。


「守らなくちゃ」

 今年から、悪霊側もまた術を新たに身につけてきた。

 クラウスは違った、誘惑の果実が目の前にぶら下がっても誰かを犠牲にして生きるなんて決して行ってはならない。行わらせてはならない。何より犯してしまった罪に向き合わなくてはならない。

 穢れを灼く痛みがどれほどの苦痛を伴うものか思い出しても、意思は揺らがなかった。


 新たな悪霊が起き上がり走り出していく。遠くに見える街を目指して。自身の解放のためだけの欲を抱いて。


 同じ悪霊に堕ちたクラウスは悪霊たちと同じ場所を目指しながら、別の道を目指して今、歩き出して行った。

 風が吹きぬける、その風はやがて月を覆っていた雲を追い払って行った。



*


 身体の重さが完全に引く頃には街中にたどり着いていた、住宅街だろうか、建ち並ぶ建物の屋根は暖色系の煉瓦で統一されていて。闇夜の中均等に建ち並ぶ街灯や、道路沿いに置かれるランタンの灯火に照らされてそれはもう幻想的な光景を作り上げていた。

 街はすっかりハロウィン──お祭り一色だ。住民は皆広場に赴いているのか、営みの音が全く聞こえない。

 歩みを早めてもいいかな、と思った矢先小さな足音を耳が拾った。

「……ない…………ないの……?」

 今度は声が届いた、足音が気のせいじゃないことに緊張が走る。人気の多い大広間からはまだ遠く、閑静としたこの場にもしも一人でいるのなら、この通りは悪霊が通った可能性もあるし今後もある。

 もし二人以上でも自分を含め本物の悪霊が何体か街へ侵入してしまった状況なのだ、広場に向かうようにどう促そうなどと考え声の方へと向かうとひとつのランタンの灯火が見えた。

「ひとつ……? ひとり?」

「ひゃあ!」

 思わず声に出た言葉が女の子に届いたのか、鈴のような脅え声が路地に響いた。

 じり、と後退りする気配に、あわてて両手を振るがその手に女の子にあって自分には無いランタンの存在に気づく。ランタンが灯す範囲は狭く女の子にとっては闇と同化するクラウスは恐ろしい存在に見えるだろう。ただてさえどんな姿形なのか確認できないのに。

 出方を間違えたかと思ったが、最初から間違ってた。

「あの……!一人は危ないから、広場に向かった方がいいよ、いや向かってくれた方がこちらも安心出来るというか……」

 女の子が撤退してないことに望みをかけて声を掛ける。害を与える気は無いが無害の出張ほど疑わしいものは無いし、だからといって悪霊の存在を告げることも輪をかけて脅えさせそうで出来ない。だから説得するしか無かった。あとはこの声が怯えた彼女に届くか届かないか、聞くか聞いてくれないか。

 長い間、沈黙が降りた、撤退も喋りもしない彼女に向かって目を凝らす。ランタンによって照らされる女の子の表情は何かを迷ってるように見えた。

 そこでひとつの疑問が過ぎる。

「……君はなにかさがしてるの?」

「!」

 最初に聞こえた言葉の内容が引っ掛かって問い質したがどうやら正解だったようだ、一歩進展した展開を逃さずに提案を探しては投げかける。

「そっか、じゃあ一緒に探すか探し切れるまでここで見守ってていい? もちろん怖いなら断っていいけど、その場合は広場に戻って誰かを呼ぶか」

「さ、さがしものは、いいわ!」

「明るくなってから……て。えっ?」

「いいの……ありがとう。わたし、一人で行動しちゃいけないのを忘れてて今の言葉で思い出せたの」

 まさか提案の途中で逃げられるのではなく、遮られるように断られるとは思わず上げられた声に呆然としてたらランタンの光が揺らいで近付いできた。

 小さな女の子は小悪魔の仮装をしていた。彼女の歩みは手を伸ばせば届くといった範囲まで進み、狼狽える男の手をとって何か包みを握らせた。

「だから、ありがとうお兄さん! ハッピーハロウィン」

 小悪魔とは、愛らしい容姿や言葉で人を騙す存在と聞く。

 でも目の前の彼女は愛らしい笑顔でそう言ったきり、仕掛けや罠を施した様子なんてなく、にこりと微笑んで男の傍を通り過ぎた。

 暫く呆然としていた男は、手の中にある包の存在に気づいて踵を返して大通りに戻る、遠くに灯火がひとつ揺らめいでいてそれ目指して駆けていく。

 そのランタンの持ち主は先程の女の子だった、彼女は足音に気づいて振り返ると大きく手を振ってくれた。クラウスも手を振り返すとさらに大きくなった気がする。

 そうして歩き出した女の子が灯りの元に無事に向かうのを確認するまで見守っていた男は──だから後ろから歩いてくる二人組の存在に気づかなかった。

「よ! おにーさん!」

「うわぁ!?」

 がばり、と背後から抱きつかれる。意識をひとつに向けていたから完全に不意を突かれたクラウスは情けない声を漏らす。

「ふーん、怪しいと目星つけてたけどおにーさん良い奴なんだねぇ!」

 すぐ耳元で若い女性の声がする、むず痒さに身を捩るように振り向いてぎょっとした、女性が、声で抱いたイメージとはかけ離れた容姿だったからだ。瑞々しいはずの肌が緑に変色し、ところどころ爛れてる部分は目を逸らしたくなるほど痛ましい。

 予想通りの反応に満足気味なのか、女は逃すまいと更に腕を絡めた、にこりと白濁する瞳が細められクックっと笑う口元から歯並びが綺麗な白い歯が覗いた。

(そ、そうだ……今日はハロウィン、だから)

 全体的に腐敗で統一されてるのにひとつだけ綺麗さが保たれてるアンバランスさにはたと気付く、この女性はただゾンビの仮装を施してるだけだ。変装技術が凄まじいだけで中身はただの一般女性。そうと分かると竦んだ体が落ち着ちを取り戻してきた。

「あたし達ね、巡回してるの。わざと怖いフリして迷子の子供たちを広場に帰るようしてるんだけど、今回はおにーさんのお手柄だね」

「わ、わかったから。ちょっと離れて貰えたら」

「えー、つれないなぁ。そんなに怖い?」

 密着する身体に対する気恥しさからそうを訴えるとゾンビ女性は唇を尖らせて不機嫌そうに返した、覗き込むように傾けられた首が──ありえぬ角度に曲がりポロリと落ちる。

「ぎぁ!!?」

 あまりの展開に悲鳴を上げて、反射的に男は後ずさった、うまくたたらを踏めなかった足が滑り腰を打つ、衝撃に閉じた目を開けると視界に顔が転がってきてまた息が止まりかける。

「だ、大丈夫!? まさかそんな盛大に驚かれるなんて思わなかった」

 カッカッと靴音を鳴らしてゾンビ女が近寄った、首から上が無い状態で平然としているからこれも驚かし計画の内なのだろうか。

「く、首が……その、首は、くっつくんですか」

「え? あははっ大丈夫大丈夫、この博士さんにくっ付けてもらうからさ」

 博士? と聞き返す前にゾンビ女の背後から身に余るほどの白衣を羽織った女が現れた、ずるずると裾を引きずるのも構わずクラウスの前に立つと一礼をして顔を回収した。この女は肌のあちこちに縫い目があり縫い目を区切りに肌の色が変わっていた。

「くっつける所見られちゃまずいから、あたしらは行くね。それじゃあ! 色々ごめんね? おにーさん」

 顔が繋がっていて表情が見えるのならウインクでもしてそうな声の調子だ。ひらひらと手を振りながら男の傍を通り過ぎていく。

 軽快な足音が遠く離れていったのを聞き遂げてから、クラウスは大きく息を吐いた。ひどく疲れた。

 胸を抑える、ここに心臓が入ってたら二度は死んでたなと笑えない冗談を思う。

「異界の街と言われるほどでもあるなあ」

 最初に出会ったのが愛らしい小悪魔の女の子だったから油断していた、同時にこの街の住民が悪霊側にとって仲間だと勘違いするという話にも納得がついた。悪霊を逆に欺くという域を越して男は完全に腰を抜かしてしまう失態を晒してしまったが。

 いや、悪霊といっても元々は人間だし……などと言い訳をして。今度は気持ちを切り替えるために息を吸って顔を上げる──と、そこに。

「大丈夫?お兄さん」

 天使が立っていた。


 人間を攫いに来る悪霊が悪魔の形をすると言われたから人々も対抗して悪魔族に仮装をするハロウィン。

 しかしその数年後、悪霊が聖なるものに偽装してる可能性を誰かが危惧し、その意見を採り入れた街は仮装の幅が増えていった──実際にその提案がされた年に悪霊側でも神聖なる存在に扮するという策が練られてたので混乱したらしい。

 異界の街と称されるようになったのも、この頃からだ。


「だ、大丈夫?お兄さん?」

 だからこの場に天使が居ても何やらおかしくはないのだが。

 男は突然現れた天使に目を奪われていた、先程の一件でどんな事が起きても特殊な化粧や仕掛けが施されてるものだと強く頭に刷り込んだばかりだが、目の前の天使……少年の美しさが化粧でつくれるものとは到底思えなかったからだ。絹のような艶やかな銀髪、きめ細かな肌に愛らしく整った顔、シンプルながら上質なブラウスに、背から生えた羽は純白に煌めいてる。全てが一等級の仕上がりで絵画から飛び出してきた存在と言われた方が納得がつく。

 そんな聖なる存在は、こちらから投げ続ける視線に居心地悪そうに身を竦めた、肩口で切り揃えられた髪が揺れてキラキラと月光を反射して輝く。その人間らしい仕草にようやく我に返る。座り続けるクラウスに、少年は手を差し伸べた。

「さっきの見てたよ、災難だったね」

「さっきの……って、あぁ、とんだ醜態を」

「そんな」

 こちらを労わるように言ってくれたが、その口元には微笑みが浮かんでた。楽しそうな表情が年相応で、彼も仮装をしているだけの一般人なのだと思い直す。

 立たないの? ともいうようにずいっと更に差し出され、クラウスはすこし迷ってから手を伸ばした、好意を無碍にするのはいたたまれなかったからだ、灰と白の手が重なり、力が込められるが。

「ん………………!」

「…………」

「ん、………ん〜?」

 片手だけじゃ力が足りなかったのか、妙な間を得てから両手で引っ張られるか、大して変わらなかった。諦めて背を向けた少年の耳は少し赤かった。

「ご、ごめんね」

「え? なんのこと? 僕は声を掛けただけだよ」

 手なんて差し伸べてなんていないからね、と口早に言われて。なんだがその誤魔化し方が可愛らしくてふふっと吹き出した。

 むっとした少年は、こほんと空咳をひとつ払い平然とした様子で向き直った。

「ところでお兄さんはひとりなの?」

 うなずくと、目を剥いて驚かれた。

「ひとりで大丈夫なの? さっきの様子じゃ悪霊に襲われたら大変じゃない?」

 痛いところを突かれた、先程の一見じゃなく歩いてきただけの赤鬼にも脅えてしまったから否定したいのにできなかった。それに年下のこどもに心配されるのは精神的にも来る。

「同じ事を返すけど、君もひとりなの? 広場に向かった方がいいよ、危ないから」

「あ、はぐらかした、まあいいけど……僕はひとりだよ。さがしものしてて、ここにあるかもしれないかなって。直感だけど向かってたんだ」

「あるかもしれないって」

 曖昧な言い方に違和感を感じて尋ねると、少年は困ったように眉根を寄せた。

「さがしものが何なのか、わからないんだ。でもそれが大事なのって言うのはわかるんだ」

 大事なのに思い出せない、その言葉になにか引っ掛かりを覚えてその理由を探していると、じゃあ。と少年が傍を通り過ぎる。その先はクラウスが歩いてきた道で。

「まって、一人で行くの。さっき言ったこと覚えてる?」

「えーーー…………あぁ、じゃあお兄さんも一緒にさがしてくれる?」

 引き留めようと制止したら、そんな協力要請が投げられた。少年は我ながら妙案を閃いたとばかりに表情が明るかった。

「うんうん。お兄さんもひとりだし、ひとりより一緒に居た方がお兄さんも安心だしいいかなって思ったけど、……どう?」

「…………まって、なんか引っ掛かる言い方が聞こえたんだけど、気のせい?」

 気のせいだよ、と一蹴された。それからずいと近づいて顔をのぞき込む。サファイアをはめ込んだような瞳がキラキラと輝いてこちらを見つめる。

 その輝きに思わず足を引く、確かにひとりより複数人と行動してくれた方が安心だが何も自分が一緒じゃなくても、やることが。あるし。

 やること、頭の中でその言葉を反芻する。そうだ根本的に違うことが二人の間にはあった。

「簡単に言うけどもし、俺が悪霊だったらどうするの?」

「驚かれる悪霊なんて悪霊とは思えないけど」

「騙してるかもしれないって考えないの?」

「もし悪霊だとしたら何で警告するの、ほらここには誰もいなくて格好の的でしょ、でも襲ってこない」

 負けじと抗議してもひとつひとつ丁寧に手折らていく。他に目の前の少年を安全的に導く案が見つからなくて口を噤んだ。

「それとも。単に僕と行動するのは嫌とか?」

「そんなことはない!」

 突然悲しみを帯びた声に、咄嗟に声を上げる。俯きかけていた少年は驚いてこちらを見る。

「……いいよ、俺も、さがすのを手伝わせて欲しい、一緒にいるのなら安心だし、俺に協力できることがあるのなら、やりたい」

「ほんとに?」

 聞き間違いじゃないのを確認するその言葉にうなずくと、ぱっと花が咲くように笑顔が咲いた。

「やった! ありがとうお兄さん!」

 両手で手を包まれて嬉しそうにはしゃぐ少年に、大袈裟だよとむず痒さを覚えながらつぶやく。

 やがてそれじゃあ行こう、と弾むように駆け出した先は灯りが集う場所、広場へつながる道だった。

「待って、この辺りはいいの?」

「いいの! 賑やかな場所の方が刺激があって思い出せそう、ここはほら、なんだか寂しいし」

 渋るクラウスの手を少年はぐいぐいと引っ張った、その予想外の力強さに思わず前のめりになり、危うく踏みとどまって歩調を合わせるが。先程の非力さな少年像は一体なんだったんだ? 思わざるを得なかった。

 それにしても出会った時には神聖さを感じていた少年に、今ではすっかりペースを握られてる。

 それはなんだか不思議な心地だった。

 


*



 広場の光景を一言で言うならば称される通り、そこは異界だった。

 ゾンビ女の子襲来でわかったが、ただ外見を真似るだけじゃなくて中身もきちんと踏襲されて仮装する種族の性質通りの働きを、この場を行き交う誰もか違和感なく魅せていた。

 異質で美しくて、人……様々な種族が行き交うさまを眺めていると、ぎゅ、と手に力が込められてクラウスは少年を見た、その顔は輝いてて。何かを言っているが賑わいに掻き消えて聞こえない。

 ここは人通りが激しいから離れようとしたら、ふっと影が二人を覆う。

 大きなカボチャが目の前に浮いていた。 

「やあやあそこのご兄弟方、ハッピーハロウィン!」

 正確にはカボチャを被っている何かがそこに立っていた、目、鼻、口を表すようにようにくり抜かれた部分から煌々と青い炎が覗く。

「兄弟じゃな──」

「おおっと間違えた、あまりも仲がよろしいからつい勘違いしてしまったよ、どうぞお詫びのお菓子! 歓迎のお菓子でもあるよ、夜が去る前に召し上がれ」

 つらつらと、上機嫌な声を滑らかに発して、カボチャ男、ジャック・オー・ランタンは懐から取り出した飴を差し出す。反射的に出した手のひらにポポンと置かれ。満足そうにうなずく。

 表情は全く変わってないのに笑顔を浮かべているように見えた。

 そして優雅に一礼した。

「ようこそ、異界の街へ」



*



 露店が立ち並ぶ場所を回ってみたい! という少年の提案に。さがしものはどうしたのと言葉が出かけたか。少年のキラキラした表情によって呑みこんだ。曇らせてしまいたくないと思ってしまった。

 広場に繋がる通りのひとつに通路を挟むような形で露店が立ち並んでいる。悪魔が怪しげな装飾品を売り出してる横では妖精が対抗するようにキラキラと輝くを商品として並べ呼び込んでいたり、顔と胴体以外が鳥のモノであるハーピーが串焼き鳥を焼く隣では清楚な乙女が綿のようなお菓子を配ってる。

 乙女の衣装と一緒でメルヘンチックな色合いのそれは遠目にみても目を惹き、現にたくさんの子供たちが並んでいて恨めしがちにハーピーが睨めつけていた。

ほかにも魔女、エルフ、狼男にケットシー、スケルトン……。

 眺めていると繋いだ手が引かれた、視線を戻すと同行する少年は夜空に煌めく星々にも負けないぐらいに瞳を輝かせていて早く行こうと訴えていた。

 何度目かの根負けの頷きを返すと露店巡りが開催された、人の多い場所は避けるとなると消去法で訪れる場所が固定される。


 最初に訪れたのはグツグツ煮立つ大釜を、なにやら怪しい呪文を唱えながらかき混ぜる魔女の店。スープだろうかとひとり正解を予測してると木杯を差し出された。

底が見えないぐらいに赤い液体は受け取ってもグツグツと湯気上げている、が。持ち手に熱は全く感じられなかったのが不思議だった。

 少年をちらりと窺うと、同じく中身の液体の材料に疑問をもってるのか、眉根を寄せて香りを嗅いでいた。元気よく受けとったのは少年の方だと言うのに。

 それがなんだかおかしくて微笑んでいると魔女が怖い顔で急かしてきたので2人同時に飲み干した、見た目に反して冷えていて、甘酸っぱい味がした。


 二番目に訪れたのは科学者の店だった、白衣からゾンビ女と博士を連想し、なぜか懐かしさを抱きながら商品を見てぎょっとした、並べられる瓶には怪しい液体らしきものが詰められてて、その中に目玉が浮かんでいた。貼られているラベルに"お菓子"と記載されてるから、認めたくはないがお菓子らしい。

 驚くまでとは行かないが若干引いている少年に科学者はイシシと笑いながら瓶を渡す、そのままこちらにも渡してくるからやんわりと断ったものの「目玉はなんとチョコだよ」という新情報により目を輝かせた少年が受け取るように頼んだので結局手元に渡ることになった。


 その後は、狼男の店でお肉を貰ったり、ピクシーの店で妖精の粉が入った小瓶を貰ったり、タイミングよく広場で始まったセイレーンの歌劇を観たりなどした。

 今は歩き疲れだした腰を休めるためにベンチに座っている。少年はその際も骨型のクッキーを頬張っていた、スケルトンのお店で貰ったもので、受け取る際に「体がスカスカになっちゃう!」と楽しそうに嘆いてたのが印象深かった。その店主は今子どもたちに群がられて本気で嘆いていた、その横で子スケルトンがせっせと配給こと補充を行っている。

 行き交う種族を眺めながら、はっと思い出したように目を凝らす。途端に浮かび上がる魂の色は白、白……白。流石に密集するこの場で狙うなんてことはないのだろうか。

 軽く痛みを感じたところで目を閉じこめかみを軽く抑える。

(そういえば、すべての魂だから善き人たちもいるってことだよね、彼らも白なのかな)

「もしかして、それで警戒してるつもり?」

 図星を突くような唐突な切り出しにぐっと言葉を詰まらす。驚いて振り向くその反応は疑問を肯定するのも同じようなもので。やっぱり、と答えが当たって嬉しそうに笑う。

「もしそうだとしても、正直お兄さんの方が怪しかったけどなー」

「うっ」

「大袈裟にキョロキョロしたりするもん」

「そんな動きしてない!」

「ふふっ……でもちゃんと警戒してる人がいるから大丈夫だよ、ほら」

 と、少年は大通りの方に向けて指を指した「青い二人組」と補足されて通りの広場の邪魔にならない境目に警護の二人を見つけられることが出来た、青基調の襟詰め服を着て目深な帽子を被り、最低限の動きで辺りを厳重に見渡している、どうやら広場に来た瞬間目を惹くものが多くて気づかなかったらしい。

 丁度大通りから似たような服をまとった二人組がやってきて、一礼し合い、一言二言交わしてまた一礼してから場所を交換する。警備場所の交代だろう。

「今日はお祭りなんだから、楽しまないと!」

 明るい声が聞こえて視線を戻した、ベンチから降りた少年がくるりと周り両手を広げた、ふわさと羽が広がり辺りから歓声が湧く。クラウスもその神秘的な姿に見惚れかけて……慌てて首を振った。

「いやいや! さがしものは?」

「あ、そうだった」

「そうだったって、大事なものでしょ……?」

「…………でもまだ、何も思い出せないんだよね」

 クラウスの言葉はそこで止まった。

 悲しそうに言葉を洩らした少年の表情が焦燥に苦しんでいたから。

「思い出そうとしてるよ、ちゃんと、早くしないとって……ちょっと怖いかな」

 一瞬前まで浮かべてた朗がな表情が嘘みたいだ。賑やかな空気の中、ここだけが周りに切り離され別の空間に居るような重苦しさ。

 なんて言えばいいか言葉に迷っていると少年がパッと顔を上げた。そこには変わらない笑顔が浮かんでいる。

「──もう! そこは嘘でも励ますところだよ」

「言葉だけの励ましなんて、俺は簡単に言えないよ」

「そういうところ……うーん、時間が無いから行、こ……」

 歩き出した少年の声が不自然に途切れる、視線の先には紙を配り続ける仮面の男がいて。

「スタンプラリーの紙!補充してきたよ〜!

集めると豪華景品が貰えちゃうチャンス!タウン巡りもできちゃうよ〜!」

 なんて、誘惑の多いキーワードが立て続けに発せられたらその先はなにか起きるか嫌でも予想出来てしまう。

「ねえ! やろう、スタンプラリー! 商業区画も通るから、さがしものも新展開が見えるかもしれないよ!」

 嫌な予想は外れてくれなかった。



*



 嫌というのは振り回されることではなく、お祭りを楽しむ天使の少年と一緒に行動する時間に居心地の良さを悪霊であることを忘れて過ごしてしまうことを薄々と自覚して。手離したくないなと感じていたからだ。

「お待たせ!」

 教会から出てきた少年は台紙と砂糖菓子が詰まった包みを持っていた。教会内には黒一色の花嫁衣装に身を包んだ花嫁が静かに佇んでいた。天井のステンドグラスから差し込む月光に照らされる姿は妖しくそしてうつくしい。

「えーっと次はお化けのパン屋さんかな、行こ!」

 花形の、透明で綺麗なお菓子を一口だけ口に放り込むと残りをポッケにしまいこみ、当たり前のように手を引っ張ってきた、スキップするように進み出すその背を追ってると、むくむくと罪悪感が湧き上がる。楽しさを享受する自分を自覚してしまった今、ふたつの感情に押し潰されて気分が悪い。

 そんな心情を察したのか、くるりと向けたれた視線にどきりとして笑顔を貼り付ける。少年は微笑んだまま何も言わずに前を向いた。

 悪霊かもしれないと警告した時、自分みたいな情けない悪霊は居ないと一笑して気に留めなかった。そんな彼に正体を明かしてもまた同じような事になるのか、それでも告げて離れたくなった。

 ここはあまりにも明る過ぎる。

「……? あれ、どうしたの?」

 ふと腕が引かれる感覚に沈んだ思考が浮かび上がる、いつの間にか追い越してたらしく、見やると少年がひとつの大きな邸に目を釘付けにしていた。

 台紙の地図を確認する、スタンプラリーの位置とは程遠く、だか現在地と思しき場所に着注が書かれてる。読み上げるとこの邸の主は街の発展に貢献した貴族のひとつみたいだ。敷地の門は固く閉ざされて邸は立派にそびえ立っている。祭事に興味は無いのか敷地内に橙の明かりは見えない。

「まさかと言うけど入り込むつもりなんてないよね、流石に」

 いつまでも目を奪われ続ける少年がどんな反応をしてるかなんてこれまでの行動で予測できた。けれどそれはすぐに誤ちだと気付かされる。

「お、」

 目を奪われるなんて微笑ましい表現じゃなかった、恐ろしい物を見るように目は見開かれていて、震えて音を鳴らす口元からは砂糖菓子がぽろぽろと落ちていく。じり、と後退りするか目線を離せられないのか邸に固定されている。

「おもい、だし、た」

 抑揚のないその声が一瞬誰のものかわからなかった。

 するりと繋いだ手が抜けるように離れていく、もう片方の手からはランタンが抜け落ちて、地面に打ち付けられて一際強く燃え、じりじりと音を立てて弱々しくなる。そこにはらりと落ちてきた台紙が灯りを覆い隠す。

 それらを気にすることも無く自由になった両手で頭を抱えたと思うと、ぶわりと背中の翼が強く羽ばたいた。

 そこでクラウスはようやく我に返り尋常ではない少年に向かって手を伸ばした、けれど難なく跳ね除けられて、それでも繋ぎ止めようと伸ばした手は──宙を掴んだ。

 少年が、空に浮かんでいた。

「待って、ねえ、どうしたの!」

 そのまま浮かび続ける少年に声を上げる、何故浮かんでいるのかよりもこのまま放っていてはいけない気がして。もう一度手を伸ばすか寸のところで離される。

 少年は虚ろにある一点を眺め。

「いかなきゃ」

 そう言葉を残したきり、羽を羽ばたかせて更に浮上していく。

 人間が飛べるなんてありえない、ならば目の前では何が起きている……?

「待って」

 でも今はそんな事重要ではない、少年はゆっくりと遠くに離れていく、離れる度に焦りが強くなった、こんな別れは望んでない。

「待って!」

 薄闇に包まれそうになる純白を見失わないように走り出す、こっちは街中で向こうは障害物のない空の上。差がありすぎる。

 目を細めて少年に意識を集中する、ずきりと走る痛みを引き換えに純白の灯火が空に浮かぶ。

 今はこの術に感謝しよう、頭を押さえながら灯火の揺れる方へ向かい、ひたすらに足を動かした。



*


 

 頭と足の痛みが限界に達して、手近な壁に手をついて息を整える。魂の認識は道中に激しい痛みに襲われた以降集中させることが困難になってしまい。使えずにいる。

 けれど最後に確認できた魂の位置はだいぶ低くなっていた、少なくとも街の中には居るはずだ、距離がどのくらい離れているか目測できなかったのが絶望的だが。

 遠くで鐘の音が響いた音に顔を上げる、一定の刻が流れる度に鳴らされる音だ。

「あと、どのぐらい居られる……?」

 焦りが滲む、震える足を叱咤して壁から手を離す。ゆっくりでもいいから探索していこうと向けた視線の先に光るものを見つけた。

 気になって拾うと、それは花形の砂糖菓子だった。

 見覚えがある正体に光明が差し込む気配がした、周りを注視すると不定間隔に同じように光るものが見えた。

 道標のように落ちるそれを早る気持ちで辿っていくとひとつの小屋に辿り着く、開け放たれた扉は暗く不気味だったが、その中から物音がすることに気づいて転がるように入り込む。

「きみ…………!」

 踏み込む度に埃が立ち込めてくるので手で覆う、捜していた少年は小屋の中にいた、彼は一心不乱に何かを叩いている。あわてて振り上げた彼の拳を包み込んだ。

 驚いたように少年がこちらを見て、瞳孔か何度か収縮する。振り払われない手と光がもどりかける目を確認して安堵の息を吐いた、労わるように手をさすってやりながら優しく声を掛ける。

「いきなり居なくなるから驚いたよ……すごく、心配した」

「ぼ、ぼく……?」

 困憊する様子に、先程の憑かれたような態度の変化と行動は無意識だったものかと推察する。

「なにか大事なものを思い出しかけて、それで……それから、ここは?」

「わからない、そのから見たら小屋に見えたけど……?」

 何しろ暗すぎる、当たりを見渡すと窓がひとつも無かった、外から差し込む明かりのみを頼りに手掛かりを探すと埃をかぶる燭台とマッチが確認できた、僅かに逡巡してから顔も分からない持ち主に断りを入れてから蝋に火を灯す。

 どうやらこの部屋は物置小屋らしい、半分ぐらいを麻袋や木箱が占拠し壁には農業道具が吊るされている。随分古いのか、歩くと時々軋む音がする。

「ここに何かさがしものの手掛かりかありそう?」

「うーん」

 広くない小屋を一通り調べた少年に訊ねる。首を傾げる様子だと引っかからなかったのか。

 ただ、無意識にここに訪れたことと壁を叩いたことを思い出せばやはりそれらは気掛かりだ。何か隠されてるのだろうか。

 壁を重心的に詮索しようと照らしていると、あっと声が上がった。

「ここ、何かおかしい……」

「どんな感じに?」

 残念な事に蝋の残りも心許なく、手探りを続けながら聞き返す。吊るされた道具や立て掛けられた農業道具を念の為ひとつひとつどかしていって異変がないか確認する。

「えっと、変な溝があるの、なんだろうこれ」

「…………溝?」

 どきりとする。答えが返ってきた瞬間にこちらも異変に目を留めたのだ。

「それ、ここにもある──!」

 少年が伝えてくれたものとそっくりな不自然な溝を。

 勢いよく溝で囲われた部分を叩いた、するど綺麗に回転してレバーが現れる。

 伸ばした手が寸のところで止まった、引いていいのか、一見変哲のない小屋に施された仕掛けが何を隠しているのか暴いていいのか。

 すると、背中を押すように白い手が引きかけた手に重なった。そのまま取っ手部分に手を掛け引き倒す。

「僕は見るよ、大丈夫……」

 床下から音が響いて微かに揺れる、中央部分の床板が下がり、ゆっくりとスライドしていく。

 現れたのは石造りの階段だった、繋がれたままの手に力が込められ、傍に立つ少年の覚悟を受け止めて一歩謎が待つ階段へ踏み込した。



*



 一歩下る度に世界と隔離されていく感覚がする。

 この街で今開催されているお祭り騒ぎの内容も、じゅうぶんに異世界じみた異様さを醸し出していたのに、それとこれとは質が違う。同じ日常から非日常の転換でも先にネタばらしがされている祭日とは違う。

 埃の匂いに混じり、鉄のような香りが混ざった。温度が冷えたのは石造りのせいなのか、不安と緊張のせいなのかわからない。

 階段が終わるとすぐ目の前に木製の扉が待ち構えてた。打ち込まれた黒い鋲が重々しく、それを見て拘束具ににた黒色だと連想してしまい、身構える。

「開けるよ」

「……うん」

 錠がされてる気配はなく、軽く押すだけで開きそうだ。呼び掛けをしたのは、情けないことに隣に誰がか居なければ進むことが出来そうになかった。

 少年の方も怖いのか、クラウスに若干縋り付く体勢でくっついてた。だが、表情は引き締められて扉から逸らされない。

 自分がついてるよ、と宥めるように少年の頭を撫でてから、ぎぃ、と扉を押した。

 石造りの地下部屋で、真っ先に目に飛び込んだのは。

「棺…………?」

 他の物も点在してるか強烈すぎて意識が向かなかった。

 真っ白な、棺。そう呟いてから、身体が震えた。隠し部屋に置かれる棺から導かれる答えなんてひとつしかないのではないか。

 棺の蓋は一部がガラス製で、開けずとも中身が見えるような造りだった。だが上の小屋の状況と同じく埃が積もっており、払わなければ中がどうなのか確認できない。

 このまま引き返した方がいい、と頭の奥が警鐘をあげる。けど無視してはいけないと抗議の声も上がる。恐ろしい予想が入っていたのならば伝えなくてはいけない。

 確認しなくてはいけない。

 引こうとしたはずの足を前に出す。錘のように重かった呼吸をしてるはずが酷く息苦しい。

 ──これは、目を逸らしてはいけない真実。

 ゆっくりと膝を付いて棺に手を添え。労わるように表面を撫でた。

棺の中身に見えたのは。純白の百合たち、花たちに劣らないように綺麗な髪が覗く、そしてその姿形を確認し。無意識に言葉が零れた。


「──ユリ、ウス……?」


 棺の中の、人物は

 天使の少年と、まったく同じ容姿をしていた。

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異界の街 水咲 @m-misak

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