番外編 派生短編のご紹介
魔女のラーメンいかがですか――派生短編――
「なんで魔法使わないの」
俺の問いかけにラメンはつまらなそうにこう返す。
「別に」
ただそれだけ。深い意味はないよ、そんな付け足しもされた。
なぜか、ラメンはせっかく習得した魔法を一切使うことなく、彼女の長年の夢でもあったラーメン屋を開店しようとしている。食材の調達から始まり、麺は自家製か業者から購入するか、一杯の値段はどうするかまで、入念な準備を進めているが、肝心のスープの味付けに苦戦していた。
「魔法使ったら手っ取り早いじゃん」
「そんなズルはしません」ときっぱり言い切った。合わせるように、彼女の伝書蝙蝠も「ズルシナイ、ズルシナイ」とわめく。
ラメンは天才だ。ラーメン作りのじゃない。俺たちが暮らす大英連邦きっての魔法の天才。若干13歳にして既にその名は内外に轟いており、女王陛下からの覚えもめでたい。通常、15歳から入学を許される王立魔法学院に飛び級で入学を許されたほどの才女だ。
だが、彼女はそんな名誉を誇ることなく、粛々と学業に勤しみ、入学1年目にして上級生たちの魔力を軽々と超えていった。当初は上級生からのやっかみもあったのだが、その実力で次々と黙らせていった。創立以来の天才ともて囃され、16歳で卒業した暁には女王の魔法師範、軍の魔法参謀に就任するものと誰もが期待していたが、彼女が出した答えは。
「わたし、ラーメン屋を開店するから、イヤ」
だった。
その決断に誰しもずこーっとなったが、ただ一人、幼馴染の俺だけがそうなることを予期していた。なぜなら、昔から事あるごとにラーメン屋を開店すると熱く俺に語っていたからだ。
「それにしても勿体ないよな。せっかく上級魔法全部覚えたんだろ」
「魔力って一度減ったら戻らないし、味付けなんかに魔法使ってもね。それに、あの学校卒業したら家庭教師のバイトも高額になるし、いいことずくめよ」
にひひと笑うラメンだが、彼女は結構な苦労人でもある。早くに両親を亡くした孤児として修道院に拾われた過去を持ち、雨にも風にも負けず、持ち前の明るさでこうして人生を切り拓いていったのだ。
「はい、おまち! 粉が混じるようによくかき混ぜてね」
「おおっ! 旨そう……って、インスタントラーメンじゃねーか! しかも、粉まで客が混ぜるのかよ」
ばれた? にひひと頭を掻くラメン。
これは東洋の島国で開発された、誰でも簡単にラーメンが作れる即席麺と呼ばれるシロモノだ。乾燥させた麺を特殊な技術で加工したもので、蒸気で沸かしたお湯さえ注げばいつでもどこでも手軽に食べれる画期的な商品だ。別売りの小瓶に詰めた粉さえかき混ぜれば、わざわざ出汁をとる手間もなく、味も抜群に旨いとあって、国中のラーメン屋が秘かにコレを自家製麺と偽って売り出すほど。ラーメン自体も東の
「味付けがまだ決まってないんだし、当分はこれで勘弁してよ」
「まあ、俺はいいとして、これじゃあまだ開店はできないよな。ラメンもインスタント麺で開店しちゃえば? 案外、流行ってるからお客さんも喜ぶかもよ」
「だめだめ、わたしはそんなズルしないから」とウィンクされる。
ぶっちゃけ彼女は魔力もさることながら、その容姿も可愛いとあって、味付けなんか気にしなくても固定客は容易に確保できそうだけどな。
「じゃあさ、食材の調達にいってきてよ。さっきのお代はいらないからさ」
「はいはい」
やれやれ、いつもの俺と彼女のやりとりだ。
*
「ラメンは元気でやっていますか?」
ラメンの依頼に応えてマーケットまで食材を調達にいくと、シスターマゴニタに呼び止められた。彼女はラメンが暮らしていた修道院のシスターをしている、いわば母親代わりとも言える存在だ。
「まあ、ぼちぼちですかね。肝心の味付けで試行錯誤を繰り返してますよ」
シスターマゴニタは心配そうにこちらを見つめる。その理由は分かってる。だから、先手を打ってこうも付け加えた。
「安心して下さい。俺も出来る限りの協力はするんで。今、こうして買い出しも手伝ってますから」どんと胸を叩く。
「そう、ならよかった。あなたがラメンのパシリになっているなら安心ね」
うーむ、不本意なネーミングだが仕方ない。シスター曰く、パシリというのは伝説の魔女パッシに仕えた騎士を表す意味として、大変高貴な呼び名だと言う。無学な俺はほんとかよと眉唾もので、妙に引っかかる。まあ、それはいいとして、偶然ここで会ったのも何かの縁だし、それとなくラメンのことを訊いてみた。
それは――。
何で、ラメンはせっかく取得した魔法を使わないのか、だ。
魔法は万能ではないが、上級魔法は様々な種類があるのも事実。それこそ相手を魅了する「テンプテーション」なんかもあり、人気店の料理人は味付けに必ずこれを詠唱している。そのため、料理人は魔法使いが就く職業と相場が決まっているほどだ。
だからこそ、なぜ。
実力だけで勝負したいという気持ちがあるにせよ、この国の一番店を目指すなら、使わない手はないはずだ。彼女は全ての上級魔法を習得しているのだし。
だが、シスターマゴニタからその答えを聞かされた時、己の考えがいかに浅かったのかを痛感した。シスターは静かに、そして慈悲深く、ラメンが抱えてきた想いを俺に告げた。
なんで、魔法を使わないのか。
その事実はこの胸を揺さぶった――。
ラメンと出会った時を思い出す。俺の家はラメンが暮らしていた修道院に食材や生活物資を運ぶ運搬業をしていた。その関係もあって小さい頃からあの修道院に出入りしており、新しく施設に入ったラメンを見て一目惚れをしてしまった。彼女にカッコいいところを見せようと、獰猛な獣が跋扈する西の洞窟の最奥に咲く、ウツクシ草を取って渡そうと決めた。だが、案の定、狼の群れに取り囲まれて進退窮まる。天に祈りを込めて目を閉じると、突如として炎の嵐が吹き荒れ、あっという間に狼を追い払った。
「馬っ鹿ね、かっこつけちゃって」
俺はその時から、彼女のために何でもしようと心に誓った。
だから、尚更。
ラメンがずっと胸に秘めた想いを聞かされた時、彼女に尽くすと決めた過去の誓いを新たにしたのだが、またしてもドジを踏んでしまった。
彼女に内緒であるものを採取して、プレゼントしてあげようと北の断崖に向かった。それは、ラーメンの味付けの要となる伝説のコウミ草だ。この草さえあれば、魔法なんて使わなくても究極の味ができる。
そう思ったのだが、結果としてこのザマとなる。
コウミ草を採取できたはいいのだが、足を滑らせて崖から落ちてしまった。
*
どうやら右足を骨折したらしい。
全く動かない。なんてザマだ。こんなんじゃ、役に立つどころか彼女のパシリさえ満足に出来ないぞ。つくづくマヌケだなと自嘲気味に吐き捨てると、
「あっ! いたいた」
南の空からラメンが箒にのってひゅーんと飛んできた。
「ラメン……。なんで、ここが……?」
「だって、伝書蝙蝠が『マタヤラカシタ、マタヤラカシタ』ってうるさいんだもん」
どうやら各地に放っている彼らが俺のピンチを知らせてくれたらしい。
「全く、ほんと馬っ鹿ね。なんでこんなところにいるのよ」
「こ、これ」
握りしめたコウミ草を彼女に見せる。きっと、彼女は喜んでくれる。そう思ったのだが、なにそれって顔をされた。
「いや、これさえあれば究極の味が出来るんだぞ。知らないのかよ」
「いやいや、知ってるし。コウミ草でしょ?」
「へ?」
「これをすり潰した調味料がパン屋の隣の薬屋で売ってるよ。あんたに買ってきてもらおうと思ってたところ」
その返しに唖然となる。なんだよ、初めから言えよ。わざわざ原材料を取りにこんな危険な場所まで来るんじゃなかった。後悔先に立たずとは正にこのこと。
ラメンは「ぷっ」と噴き出すと、折れた右足に手をかざす。今からリカバーと呼ばれる上級魔法を唱えようとしている。
「いや、やめてくれ。そんなの使ったら、お前の魔力が減っちゃうだろ」
「じゃあ、なによ。ほっといていいの」
「いや……、俺のドジでお前の魔力を減らして欲しくないんだ」
俺は知ってる。
何で、お前が頑なに魔法を使わないのか。
さっき、シスターから教えてもらったぞ。
魔力というものには限りがある。人それぞれ一生のうちに使える量というものが決まってるらしい。だから、一度使った魔力は寝ても食べても回復することはなく、詠唱したぶんだけ減るのみである。
ラメンは蓄えた魔力である究極魔法を唱えようとしている。
その名は――「一度きりの復活」
死者を完全な状態のまま一日だけ蘇らせる究極の魔法だ。これは一部の偉大な魔女しか習得していない。しかも、生命の原理に反することを行うため、多大な魔力を消費する。余りの消費量にこれ以外の魔法は唱えられないとさえ言われている。
ラメンはこの魔法で、亡くなった両親を復活させようとしている。
一人でも莫大な魔力を消費するのに、二人もだ。両親が好きだったラーメンを振舞うために。開店に合わせて一日だけの幸せを得るために。それだけを夢見て、王立魔法学院で究極魔法を学び、魔力を蓄えた。テンプテーションに頼らずにラーメン屋を開店しようとしていたのだ。
「だから――お前の夢を壊したくない」
涙ながらの懇願に、暫し時が止まる。
そして、またしてもラメンは「ぷっ」と噴き出した。
「馬っ鹿ね。そんな魔法は唱えないよ」
「い、いや、強がるなよ」
「強がってなんかないよ。わたしはね、単純に自分の力だけでやっていきたいの。魔法使ってズルしている店なんかに負けたくないだけよ」
その言葉を最後に、彼女は深く息を吸い込み、詠唱を開始する。
温かな光が折れた右足を包み込む。
「まだ納得できる味には届かないから、当分あんたに出せるのはインスタント麺だね。美味しいから好きでしょ?」
彼女は俺を見下ろして、にひひと微笑む。
その直後、ぽつりとしょっぱいものが唇に落ちた。
その味に、その感情に、俺ははっとする。
「これを隠し味にすれば!」
「あんた、ほんと馬っ鹿ね」
にひひ。
了
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