第48話 いつからだろう

 嵐のように過ぎ去ったバザールから、翌週の日曜日。


 俺は徳梅さんからデートの誘いを受けた。


 待ち合わせ場所に指定されたのは、POS大から小一時間ほど郊外まで電車を乗り継いだ先にある小さな駅。そこから市営バスで十分もしないところだった。

 バスを降りてすぐに、こぢんまりとした事務所が見えた。



 石の表札には縁土霊園えんどれいえんと彫られている。



 彼女はシンプルなベージュのコートを身に纏い、霊園の入り口にひとり佇んでいた。もう既に十二月の中旬にさしかかっている。ダウンを着ても冷気が入り込み、少し肌寒い。時折、刺すような冷たく乾いた風が枯葉を巻き上げ、胸元まで伸びた彼女の黒髪を揺らしている。凛としたその姿に、いつ見ても胸がどきどきしてしまう。


 俺はお供えの花束をもって走り寄った。


「すいません、待たせちゃいましたか」

「ううん。私が早くきすぎただけ」

「ところで、この霊園は……どなたのですか?」



「ここはね……」彼女は風に揺れる艶やかな黒髪を耳にかける。「私のお父さんのお墓よ」



 なんとなくだが、そんな予想はしていた。それが、ご家族もしくは親友なのかは定かでなかったが、彼女にとってとても大切な人が眠る場所であると思っていた。


「一緒に、お参りしてくれる?」


 もちろんですと快く返す。


「じゃあ、行こうか」


 彼女に先導されるように霊園の奥へと向かっていく。周囲は雑木林に囲まれ、車が走る音も、生活音も聞こえない。静寂を纏った神聖な空間だった。至る所に花が植えられており、この時期でも色彩豊かなシンビジウムが見事に咲き、手入れの良さを感じさせた。さながら森の奥にひっそりとたたずむ秘密基地であるかのようだ。



「ここよ」



 徳梅さんが立ち止まった先に、『徳梅家』と彫られた黒い小さな墓石があった。


 彼女は無言でしゃがみ、線香を灯す。俺も花立に持参した花束をそっと入れた。

 俺たちは目を閉じて、そのまま手を合わせる。

 目を開けると、先に目を開けていた徳梅さんがじっとこちらを見つめていた。



「ありがとう」



「いえ、お礼なんて」

 彼女はゆっくり立ち上がり、「ふふっ」と意味深に笑った。


「今から変な話するね。もしよかったら聞いて」

「はい」

「棚森くんがいやだと思っても話すから」

「いやだなんて……。いくらでも聞かせてください」

「自分から約束しちゃったしね」



 咲き誇るシンビジウムの花言葉は――飾らないこころ。



 その花言葉に導かれて、



 彼女は自らの過去を紐解くように、静かに語り始めた。



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