第46話 魔法をかけて

 おおおおおおおおおおおおおおっ!!!



 開店十分前。レジ前に集合して行われるいつもの朝礼。角場店長の事務連絡をかき消すように、社員、パート、バイト、全従業員から地鳴りのような大きな歓声が沸き上がった。


 セっイっル! セっイっル!の掛け声とともに、愛してます、結婚してくださいなどここぞとばかりに愛の告白が乱舞する。


 皆の絶賛を浴びながら、スターのお出ましとばかりに徳梅さんがバックヤードから登場。彼女は注目を一身に浴びて、恥ずかしそうに自分の腕を掴んだ。



「こんなの初めてだけど、案外やってみたら面白いね」



 彼女は俺に向かって笑いかける。

 その姿は普段着用しているモリモリフーズの制服とは違う。


 頭にはフリルのついた白いカチューシャ。胸元に妖しげな呪術の文様が刺繍された紫色のエプロンと、レースをあしらった半袖の白いシャツ。下半身は見えちゃうんじゃないかってぐらいの黒いミニスカート。ダメ押しのニーハイソックス。これは智良志が愛して止まないアニメ、『魔女のラーメンいかがですか』のメインキャラクター、ラメンちゃんのコスプレなのだ。


 上半身に特筆すべきものはないが、腰回りやふとももにかけてほどよく肉付きがあり、なんとも言えない艶めかしさが感じられる。普段の味気ない制服姿とは全く違う表情を見せた。


 ちなみにこのアニメは、架空の国、大英連邦の王立魔法学院を卒業した魔女ラメンちゃんがせっかく習得した魔法を一切使わず、子供の頃からの夢であった妖しげなラーメン屋をオープンするという、最近人気がでてきたyoutubeアニメだ。



 俺はこのイラストパネルに細工をした。細工といっても何かを仕込んだわけではない。ただ単純に、『ラメンちゃん』のコスプレをした徳梅さんを描いたのだ。



 グローリー食品が小さな会社で芸能人も使えないのならば、いっそのこと徳梅さんを広告塔にしてしまえ。そして、さらにインパクトを加えるため、彼女と人気アニメをコラボさせようと考えた。そんなコスプレした徳梅さんが笑顔で梅ラーメンを食べている。『セイルさんの梅ラーメンいかがですか?』と丸文字で描かれたキャッチコピーを別個に制作して、イラストパネルと合わせてエンドの正面を賑やかに飾る。その背後にはカップラーメンで作られたエディンバラ城がそそり立つ。まさにアニメとマッチした演出。



 つまり、目指したのは店頭プロモーションの発展形。



 静止した売り場はPOPでアイキャッチを行い、実際の店員さん(コスプレした徳梅さん)が動く広告塔としてお客さんを売り場へ誘導する。



 梅ラーメンが磁石となるため演出を派手にしているが、実際のスペースは西洋食品が占める。つまり、両社がWINWINの関係になるためMD長の指示もクリアだ。



 恥じらう徳梅さんが我が子のように愛らしい。

 やっぱり彼女は何をしても綺麗で、可愛くて、魅惑的で、そしてエロい。それもぶっちぎりで。2位以下を大きく引き離して、だんとつのナンバー1だ。



「棚森くん。でもこれって梅ラーメンと関係なくない?」

「冷静に考えるとそうなんですが。でも……」

「でも?」甘えるように黒目を小さくさせる。


 どこまでいっても反則的なその眼差し。そんなに瞳ってうるうるするもんですか? 涙の成分多過ぎやしませんか? はっきりいって、わざと誘惑してるとしか思えない。でも、いつまでもそうやって誘惑して欲しい。もう、ずっとそれやっちゃってください。

 俺は声を大にして誇らしげに店外を指差す。



「反応はもの凄いですよ!」



 俺の声に反応して、皆はガラス越しに見える店外の様子へと目を向けた。


 そこには、人、人、人――人の群れがある。異様な熱気に包まれたお客さんたちがお店を完全に包囲していた。スマホや望遠カメラ片手に今か今かと開店を待ちわびて、獲物を狙うようにじっと徳梅さんに熱いエールを送っている。



「なんか……凄いよね。こんなの初めてかも」



 徳梅さんは少し引いている。

 よく見ると、この騒ぎを嗅ぎ付けたマスコミっぽいTVクルーや、youtuberの姿も見えた。バタバタバタバタと上空で旋回するヘリの轟音まで聞こえてくるが、これはたまたま……だよな?



「わたしからも一言っ!」



 ずいっと一歩前に飛び出したのはウリちゃんだ。ポケットからスマホを取り出して、じゃじゃーんと徳梅さんにある画面を見せた。


「棚森先輩が作ったこのイラストを『今日のセイルさん』にアップしたんです。それで、明日のオープン時には、セイル先輩も実際にコスプレして仕事するみたいよ!って打ち込んだら、あれよあれよという間に」


「ウリちゃんのインスタでも告知したんだよね!」


「よくぞ言ってくれました! 実はわたし、こう見て結構なフォロワーがいる隠れインフルエンサーなんです。わたしの友達にも協力してもらい拡散しまくったら、もうヤバイことになりまして!」

 ウリちゃん渾身のガッツポーズ。宝くじが当選したかのように瞳が七色に光る。


 マスに対する対策は、今あるSNSを最大限に活用した。モノも無い、販促物も無い、商品認知度も無い、ナイナイ尽くしの逆境と制約の中で、マクロとミクロの視点を掛け合わせて、多くのお客さんを俺たちのエンドに呼び寄せる。


 そして、これもダメ押しだ。がばっと徳梅さんの正面を向き、



「徳梅さん! 安心して下さい」



「あ、安心?」



「はい! このコスプレPOPは著作権の問題を完全にクリアしています。このPOPを作成する前に版元に問い合わせました。アニメのキャラクターをそのものずばりで勝手に使用するのは問題だけど、一般人の徳梅さんがコスプレするイラストは何ら問題ないと正式に回答頂いています」



「そ、そこまで確認したの?」



「しかも版元から、徳梅さんはちょっとした有名人なので、徳梅さんのコスプレで相乗効果が生まれたら、アニメの人気も出そうだから大々的にやって欲しいとお願いもされました! 当然、公式にもPOPがリンクされています!」



「そうそう、わたしグローリー食品のHP見たんですが、トップメニューでセイル先輩のPOPがでかでかと掲載されてましたっ!」ウリちゃんが割って入る。



「まじで!?」



 ウリちゃんからスマホの画面を見せてもらうと、簡素なHPの中で徳梅さんのPOPが大きく掲載されていた。これは、メーカーから広告塔として事実上公認されたようなものだ。さらなる追い風に、思わずウリちゃんとハイタッチ。そしてこの勢いのまま、徳梅さんが仰け反るぐらいに一気に距離を詰める。



「徳梅さんは思いっきり『ラメンちゃん』に成りきって、美しく、かつ可愛く、そしてエロくスカートを靡かせて、にひひとこの店内を闊歩してください! スカートはちょっとの揺れに反応する脆い親切設計なんで、ラッキースケベも全然アリです。むしろみんな期待してますんで、バンバンやっちゃってくださいっ!」



 ま、まじかよおおおおおっ!!!!



 ゲスい男どもは『ラッキースケベ』のパワーワードに過剰に反応。上へ下への大歓声が巻き起こる。再び、やっぱり俺たちのセイルさんだ!の大合唱。



 徳梅さんは短いスカートを押さえながら、そんなバカな男どもを一喝するようにキッと睨め付けた。



「ラッキースケベなんて、そんなもん地球が滅亡しそうになろうが、万に一つも起こらないわよ! わかった!?」



 魔王のような迫力にしゅんと静まり返る男たち。と………………棚森 創たなもり つくるくん。



 ふんと呆れ顔の彼女は何かを発見。「あっ、彼もいた」と、店外で待ちわびるお客さんの一群を指差す。


 そこには、瞬きせずこちらを凝視している山積みさんと智良志がいた。

 彼らは店外にいるため声こそ聞こえないが、二人の口の動きから察するに、徳梅さんに「ウツクシイ……」とため息を漏らしていることが伝わってきた。


「なんかリツイートがすごくて、『山積みさんの大量陳列』という『今日のセイルさん』のパクリサイトにまで飛び火したみたいですね。バザール初日なのに、自分の売り場より俺たちのエンドが気になっているみたいです」


「……まだ、彼の名前を覚えられないわ」



 そして――。



 定刻となり自動ドアが開かれた。



 オープンと同時にお客さんがなだれ込み、次々にメインエンドと徳梅さんの写真が撮られていく。お客さんはそのまま梅ラーメンをつかみ取り、あっという間になくなると、ついでに西洋食品のカップラーメンへと手を伸ばして、一時間待たず完売御礼となった。



 角場店長曰く、史上最速記録だそうだ。





 物語は終章へ――

 固く閉ざされた徳梅のこころの扉が開かれていく。


 残り5話。

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