第43話 いつか誰かと
バザールを明日に控えて、閉店時刻が迫る。ぼちぼちお客さんの入りが少なくなったのを見計らって、メインエンドの作成に取り掛かった。
徳梅さんから矢継ぎ早に指示が飛んでくる。メインエンドに売れ残っている商品の撤去を皮切りに、バザール対象商品の西洋食品のカップラーメン、グローリー食品の梅ラーメンの運び出し、彼女自身が作成する演出物の手伝い、段ボールくずの片付けなどなど息つく暇もない。エンドの責任者として、店長だろうが、誰だろうがお構いなし。このリーダーシップも彼女の魅力のうちの一つだ。
徳梅さんなら、どの仕事に就いても、どの職場にいようとも周囲を巻き込むリーダーになれると思う。優秀な経営者ほど異業種の社長を渡り歩くのと同じだ。仕事ができる人は、何をやっても応用できる。俺は徳梅さんのような人と出会えて、心から良かった。
今回、彼女は『城』を作ると言った。
なぜですか? そう問いかけると、
「だって、迫力満点でカッコいいじゃない」と、にっこりした。
ついでに、俺が衝撃を受けた、あのティラノサウルスを制作した理由も訊いてみた。
「だって、迫力満点でカッコいいじゃない」と、にっこりした。
まんま同じ回答と同じ仕草。
……彼女は迫力満点でカッコいいのが大好き。これは覚えました。
ちなみに、彼女はメインエンドを構築する際に、メーカーの販促物を一切使わない。それには理由がある。何故なら、グローリー食品のような小さい会社は販促物を制作していない場合が多いからだ。それでは豊富な販促物を取り揃える大手のみが優先される不公平な商品展開となり兼ねず、全てのメーカーに平等の機会を与えるためであった。
商品の空箱はどうやって仕入れているのか疑問だったが、それも今回のバザールで判明した。どうやらこれはメーカーのご厚意らしい。空箱は販促物ではなく、ただの業務資材。徳梅さんが巨大造形物を作り始めた当初は、空箱ではなく現物で創意工夫を凝らしていたが、今までの実績や考え方に共感したメーカーは、徳梅さんならと資材の提供を開始したらしい。
そして、西洋食品も快く今回の趣旨に賛同して頂き、今回の『城』に結実されたわけだ。
そうこうしている間に、一時間はあっという間に過ぎ去り閉店時刻へと。ウリちゃんには、あとでラインをすると約束して先に帰ってもらった。残ったのは俺と徳梅さんと、事務室で残務整理している店長だけだ。
「明日、売れるといいですね」
「そうね」彼女は額の汗を拭う。「てゆうか、必ず売れるよ」と白い歯を見せる。
柑橘系のリンスと甘い汗が混じった良い匂いが漂ってくる。いつ何時も誘惑するのを忘れない。四六時中良い匂いってするもんなの? 目も笑顔も匂いも全部反則だよな。ああ、この場で彼女を抱きしめられたら、バイト代も0でいいや。
そんな俺の不埒な心を見抜いたのか、徳梅さんはキンと冷たい視線を送ってきた。
「変なこと考えてないで、ぱっぱっとやっちゃうよ。わかった?」と背中を叩く。
「は、はい」
「よろしい。じゃあ、追加の商品補充よろしくね」
彼女に急かされるままに一旦バックヤードに戻り、荷物と格闘しながら販促物置き場に保管していたPOPと呼べるかわからない代物、そして紙袋を持ってくる。
メインエンドに戻ると、カップラーメンの空箱で制作された『城』がお出迎えしてくれた。天井を突き抜けるほどの巨大さ。その迫力に圧倒される。
「イメージは何ですか?」
「エディンバラ城ってとこかな」
エディンバラ城はスコットランドの首都、エディンバラのシンボルとしてイギリスのガイドブックに必ずといっていい程に紹介されている、最も有名な建造物の一つだ。中世の面影を残す歴史ある街並みは、そのまま世界遺産に登録されており、ハリーポッターに登場する魔法学校ホグワーツのモデルとなった場所でもある。岩山に築かれたその威風堂々とした姿は、天に突き出した孤城であり、まさにその通りの造形が演出されていた。城の陰影を、様々な味(色味)の空カップを繋ぎ合わせて巧みに形作られているのだ。
相変わらずの大迫力。これだけでも、ぶっちぎりで陳列コンクールは一位を狙えるだろう。
「いつか、こんな場所に行ってみたいわね。実物見たら、きっと大迫力よ」
徳梅さんは、出来上がった作品に満足するように目を閉じる。瞼の奥で、実物に思いを馳せているようだ。今回のエンドを機に俺の中でも、ここは死ぬまでに行ってみたい場所の一つとなった。きっと彼女と一緒なら楽しいだろうな、とも。
「俺、まだ海外って行ったことないんですよ」
「私も行ったことないかな。海外どころか国内だって大して旅行したことがないけどね」
「徳梅さんが行ってみたいところってどこですか? 俺は色々ありますよ。グランドキャニオンも見てみたいし、万里の長城だって興味あるし」
「そうね……」徳梅さんは暫し考える。「何で――」
「――そんなこと訊くのって言うんですよね」俺は笑いを堪えて、徳梅さんの決め台詞を奪った。「何回もやられていますから、流石にその続きはわかりますよ」
「ちょっ、なによ。揶揄ってるの?」徳梅さんは虚を突かれたように真っ赤になる。
「いやいや、別に揶揄ってないですよ。ただ、もっと色々と徳梅さんのこと教えてくれてもいいのにって思ったんですよ。謎、多過ぎですよ」
「そ、そんなこと……」若干狼狽えたあといやらしく反撃を開始。「まあ、でも棚森くんは、私に興味あるもんね」
「それ、もう勘弁してください」
場を濁そうと苦笑する。彼女は負けて終わるのが大嫌い。FPSでもKILLされたことがない程の腕前だ。そんな俺を見つめてくすりと笑う。
「……まあ、迫力あるところかな。エディンバラ城とかでもいいな。いつか誰かと行って、その景色に圧倒されてみたいわね」
いつか誰かと――。その意味深な一言。彼女はこの聳え立つエディンバラ城と同じく孤高の人という印象だ。その容姿、口調、立ち振る舞い全て。喜びも悲しみも、全て自分自身の内部で完結させている。強いようで、どこか寂しいようで。そんな陰と陽を内包する気高さがある。
あれこれ徳梅さんの隠された素顔に思いを巡らせていると、彼女は俺の意識を断ち切るように両手をパンと叩く。「はいはい、最後のPOP飾って完成させちゃおうよ」
俺はその言葉を合図に、バックヤードから持ってきた『それ』をお披露目した。
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