第42話 セイルさん、俺たちと一緒に!
「棚森くん!?」
徳梅さんは驚いて目を丸くさせ、店長は余計なことしないでと云わんばかりに、あたふたしている。
「誰だ君は」
MD長が俺を冷たく見下ろす。
近くで見ると恐ろしいほどの迫力。そういえば思い出した。MD長は昔、関東一円を取り仕切っていた暴走族『死すら恐れぬ、狂い咲き、うるせえ上等。通称SKU』の元特攻隊長だった。
……それ、噂じゃなくて本当ですよね。確実に、容赦なく敵をぶん殴っているその風貌。正直怖いけど、こうなったらやるしかない。
「はじめまして、棚森と言います。MD長、これを見てください! これは徳梅さんと一緒に考えたエンドの構成図です!」
願いを込めて頭を下げて、MD長にパワーポイントで作成した資料を手渡す。
「えっ!」徳梅さんの素っ頓狂な声が響く。「企画書なんて、いつ作ったのよ!?」
どれどれと皆がMD長に集まり、企画書を覗く。
すると、
「ちょっと! なにこれ! 私、聞いてないわ!」
真っ先に徳梅さんが奇声を発した。そんな彼女にはお構いなしだ。マーケティング理論に基づく計画を、懇切丁寧に、ありったけの情熱を込めて、こんこんと皆に説明した。上手くプレゼン出来たかなんて知ったこっちゃない。言葉で伝わらないなら身振り手振りも交えて、俺の全てを……っ!
説明を終えるや否や、またしても徳梅さんが激しく反応する。顔は沸騰したように真っ赤だ。
「なにそれ! そんなの私、絶対イヤだから!」と声を張り上げて、俺に詰め寄った。
その狼狽した彼女の様子に、MD長は大きな口で「がははははは」と笑う。
「いやあ、それおもしれえわ。俺もそのエンド見てえな」
「もしかして、MD長もアレをご存じですか?」
「君より少し下の息子が妙にはまっててね。しかし、それを店頭でやるに当たって、根回しはしてるんだろうね。下手すれば撤去になるぞ」
「大丈夫です、許可は取り付けています!」
赤面する徳梅さんを無視して、MD長に念を押す。
「おい、角場」
「はい!」
「前にお前から、梅ラーメンの割り当てを増やしてくれって言われてたよな。色んな店長から、角場から在庫くれってしつこいぐらい電話きてたって聞いたぞ」
「す、すみませんでした」
「そこまで手を回すんだったら、一言俺に言えよ。あれ、増やしておいたぞ。あと、追加で今から調整させて、更に割り当て増やしてもらうようにするわ」と肩を叩く。
「本当ですか!? ありがとうございます」
徳梅さんを無視して次々と話がまとまっていく。彼女は可愛らしくおろおろするだけだ。
「角場、計画は承認するぞ」
採決は下った。
「ありがとうございます!」
俺と角場店長は、ほぼ同時に言った。
「徳梅さん」MD長は困惑する彼女に居直り、神妙に頭を下げた。「エンドをよろしくお願いします。俺もね、やるからには一位になりたいんだよ。厳しく言い過ぎたかもしれないけど本気なんだよ。俺も皆も徳梅さんを頼りにしてるんです」
徳梅さんは困ったように俺を見つめる。
その長い睫毛からのぞく潤んだ三白眼。焦点が頼りなく揺れ動き、まるで少女のようだ。
あなたのその瞳って不思議ですよね。なんとなくですが、やっと俺はわかったんだと思います。その瞳に映ってるのは、俺自身なんですよね。その時の心境に応じてがらりと印象を変えていきますよね。だから、自分の心がありのままに映し出されて、全て見透かされる錯覚に陥り、どこまでも吸い込まれそうになってしまうんです。
今のあなたの目に、俺はどう映っているんですか?
あなたに見惚れている間抜けな顔しているんですか?
あなたのために懸命な、少しだけ男前な顔付きをしていませんか?
普段はクールで涼しい顔しているのに、今は困った顔で、俺に助けを求めて。誰もが唸るエンドを作り、皆から頼りにされているのに、そんな縋るような目で俺を見ないでください。こればっかりは助けてあげられませんよ。それに、いつもこっちの心を覗き込んでくるくせに、こっちの質問には内緒か、得意の『何でそんなこと訊くの』ときますよね。そのことに突っ込んでも、本人は至って冷静で無自覚ですし。しかも、そんな仕草や口調が、いちいち可愛いってどういうことですか。
意味わかんないよ。こんなの、好きになるなって言われる方が無理ですよ。秒で落ちたし、知れば知るほど、その魅力の虜になってしまいました。
もうね、それ反則なんですよ。
本人に自覚はないかもしれませんが、俺はずっとやられてきてるんです。
だから、今回は俺も反則させてもらいました。
だって、俺は彼女も、
「徳梅さん!」
彼女のエンドも好きだから、
「このエンドやりましょうよ!」
俺の『好き』を全部詰め込んだエンドを見せますよ。
「セイルさん! 俺たちと一緒にこのエンドに全てを注ぎましょう!!」
一堂の注目を浴びる徳梅さん。いつの間にか、事の成りつきを陰で見守っていた売り場の皆が俺たちを取り囲んでいた。唾を飲み込む音さえ聞こえてくる、異様な熱気に包まれるなか、彼女は観念した様子で目を閉じて、深く息を吸い込んだ。
そして――ゆっくり目を開くと、ぐっと大きな意志を瞳に込めた。
「そうね。やってやるわ!」
互いの想いを理解し合い、俺たちは力強く頷く。
皆のありったけの想い、願い、情熱を乗せたエンドの狼煙が上がった。
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