第26話 人の想いがつまった場所
一旦休憩とばかりに適当なカフェでお茶をすることになった。乾いた喉にアイスコーヒーが染み渡る。大した金額ではないがお会計はきっちり割り勘。コーヒーぐらいご馳走するよと言われたが、それは断り、逆にこちらが出しますと返すが、いいよと首を振られた。
「私ね、お店の売り出しを見るのが好きなの。ここなら色んなジャンルがいっぺんに見えるでしょ」
促されるように周囲のテナントを見渡す。見える範囲だけでもバリエーションは豊富だ。
「エンド作成のインスピレーションを得るためってことですか?」
彼女はうーんと唸り、唇に人差し指をあてる。
「それもあるけど、私はエンドが好きなの。エンドって面白いよ。あそこにはね、色々な人の想いが詰まってるの。この商品を売りたい、この商品の良さを伝えたい、お客さんはどう思うのってね。色んな想いが形になった場所がエンドだと思ってる」
徳梅さんは無邪気に声を弾ませる。
「色んなエンドを見るたびに、そこまでに至る過程が想像できてしまう。ああ、この売り場はこんな想いが込められてるんだなって。そういうのを思い浮かべるだけで、なんだか楽しくなっちゃう。私もそんなエンド作りたいなってね」
そうなのか。エンドってそんなに人の想いが詰まった場所なのか。
「まさか、こんなこと棚森くんに言っちゃうとはね」
徳梅さんは少し照れ臭そうにはにかむ。
真顔では美人、頬を赤く染めると少女の様に可愛いってどんな高スペックなんだよ。一瞬で虜になっちゃうだろ。相変わらず存在自体が卑怯すぎるんだよな。
彼女がここに来たのは、趣味も兼ねた市場偵察だった。でも、デートみたいなもんだから得したのかな。それに、少しだけ彼女との距離が近くなった気がする。彼女の価値観、大切にしているものの一端が垣間見れたからだ。周囲からはエンドの女王なんてもて囃されているが、それは不断の努力の積み重ねに他ならない。徳梅さんのひたむきな姿に接すると、何か一つのことに真摯に向き合う大切さに気付かされる。
俺は以前から疑問だった。何故、彼女はエンドにそこまで拘るのか。エンドなんて単なるスーパーの売り出しだよな。そんな、どこか冷めた目を持っていた自分がいた。だって徳梅さんクラスなら何でも出来ると思うし、それこそ、その情熱を別の方向に向けてもきっと大成するだろう。だからこそ何故。でも、それがやっと自分も分かってきた気がする。
人の想いが詰まった場所。
エンドとは徳梅さんにとって特別な場所なんだろう。
「エンドってそれぞれの視点に立つと表情が全く変わりますよね。客の視点に立てばただの売り出し。推された商品が安いか欲しいかの二択ぐらいですが、エンドを作る側の視点に立てば、どうやってお客さんにアピールするか試行錯誤してるんですよね」
「そうね」徳梅さんはにこりと笑う。「仕事って、裏方に回ると全体がわかるから面白いでしょ」
「はい、ほんとにその通りです。俺が裏エンドを作ってた時も同じことを言ってましたよね。『私とお客さんのコミュニケーション』って」
「うーん、そんなこと言ったかな。よく覚えてない」
「言いましたよ。俺、徳梅さんから言われたことって、ずっと覚えてるんです」
「……ほんと?」じっと見つめられた。
「ほんとですよ。『あなたのエンドを見せてよ』とか、『エンドのひとつも満足に作れない男なんて、文字通り終わってる』とか。腹にズドンときました。まだまだ徳梅語録はいっぱいありますよ。あとは――」
「なんか、少し引いたんだけど。てゆうか、気持ち悪い?」
「うえっ、な、何で?」
「私だって、何でもかんでも計算して喋ってるわけじゃないわよ。中には、冷静に第三者から聞けば、恥ずかしいことだって言ってると思うし、さらっと流して欲しいところは流して欲しいじゃない」
「ええっ、そうなんですか。俺は衝撃でしたよ。特に初めて出会った時に言われた『あなたのエンドを見せてよ』と、『エンドも満足に……』」
「だから、もうやめてよ。恥ずかしいじゃない」徳梅さんは丸めたレシートを投げつけてくる。
そんな、あたふたする彼女を初めてみた。貴重な表情かもしれない。いつもクールで慌てる様子なんてほとんど見せないのに。
「徳梅さんって、本当にエンドが好きですよね。いつも楽しそうです。初めて出会った時からずっとそうでした」
「ちょっと、まだ続けるつもり?」
「いや、そんなんじゃないんです」誤解されぬように両手を振る。「俺もエンドが好きになったんです。初めは、徳梅さんのエンドを眺めて、すげーって感想しか持てなかったけど、俺も皆が驚くエンドを作りたいって本当に思ってます」
なんだか熱っぽく語ってしまった俺に、徳梅さんは曖昧な笑みを浮かべる。
「棚森くんも作ればいいじゃない。私がびっくりするような、あなたのエンドを」
俺のエンド――。
その言葉は、俺の始まりであって、ここから全てが始まったのであって。うまく言い表せない感情が渦を巻き、そのまま吐き出そうとするが、言葉として表に現れたのは、「品出しぐらいしか役立ってないから、まだまだ先かもしれません」
そんな自嘲めいた吐露だった。はははとごまかす様に頭を掻く。
「それも大事よ。人それぞれね、役割ってものがあると思うし。販売計画立てる人、商品補充する人、エンドを作る人、みんな等しく大切な存在なのよ」
「そう言ってもらえると良かったです。自分でも自覚してますけど、地味な仕事してる地味なやつですから」
「うーん、仕事はそれぞれあるから地味も派手も無いけど、棚森くんが地味っていうのは当たってるかもね」
竹を割ったような性格も魅力の一つだが、ずばり言われてしまうと、まあ少しがっくしはきた。わかっちゃいますが。
「まあ、なんだ……」徳梅さんは何かを言い澱み、視線を逸らす。「どうしようかな」
「いやいや、そこまで言いかけて止められると逆に気になります」
珍しい。彼女が言葉を詰まらせるなんて。
徳梅さんは心を覗くように黒目を小さくさせる。「知りたいの?」
「そりゃあ……」ですから、その目。身動き取れなくなっちゃいますから。
「そっか、じゃあ」彼女は軽く息を吸い込み、呼吸を整えた。「棚森くん、バイト中に持ち場を離れて店内を色々見て回ってたでしょ」
どうやら彼女は、俺が仕事の合間にエンドや商品構成を調査していたことを知っていた。こちらに気付かれずに、離れたところで様子を見守っていたようだ。
「だから今日誘ったのよ。私も棚森くんと一緒にお勉強しようかなってね」
「そ、そうなんですか」
そこまでお見通しだと、少し恥ずかしくなった。
「裏エンドの時も、私に注意されてからちゃんとお勉強してたよね。意外とそういう姿って、本人が思ってる以上に人から見られてるのよ。棚森くんって頑張ってるよね。ちょいちょい自己評価が低い発言が出るけど、そんな風には見えないかな。自分で言うほど低くはないと思うよ。まあ、地味なんだけど」
さらりとした口調でそう告げられた。最後の地味まで含めてワンセット。俺なんて特に取り柄もないし、人様に誇れるものは何もない。だけど――。
「俺、今も頭から離れないんです。徳梅さんから言われた、『あなたのエンド』って」
「またそれ? ちょっと、しつこいでしょ」呆れたような口調で、腕を組む徳梅さん。
「す、すいません、でも、俺はあの日から、ずっとその言葉が頭に残って離れなくて……。その、つまり、お、おれも徳梅さんとエンドで熱くなりたいんです」
この告白に彼女は困った笑顔を見せた。その困惑した表情に「はっ」と我に返る。またしてもやってしまった。俺だけ勝手に盛り上がって、こんな寒い告白を。せっかく仲良くなりかけたのにウザい奴って感じで、ラインは速攻ブロックされるかも。絶望に暮れる俺に徳梅さんは笑いを堪える。
「私の台詞はさておき、そういうのはいいと思うよ」
「ええっ」まさかの肯定?
「私ね」彼女はふふっと口角を上げる。「そういうこと言う人は嫌いじゃないよ。いいじゃない。熱くなってムキになるのって。単純明快だし、分かりやすいし、裏表なさそうだし、良く言えばバカだし、悪く言っても頭悪そうだし。あれ? 同じ意味か。つまり棚森くんって、地味で空気読めない頭悪いバカってことでいいのかな?」
これは褒められているのか、貶されているのか判断が難しい……。地味で空気読めないっていうのも、いつの間にか付け加えられているし。
「まあ、そういうのは個人的に好きよってこと」
個人的に好き?
今度は徳梅さんが自分の発言に驚き、顔を赤くする。「私、なに言ってるんだろうね。ごめんね、忘れて。大体こんなところで話す内容じゃないよね?」
「はい」おっしゃる通りです。
「そういえば、あの時もお店の搬出口で変なこと言ってたよね」
「徳梅さんに興味がありますって言いました」
「そうそう。今思い返しても面白いよね。何でもかんでもストレート過ぎでしょ」
徳梅さんはあの時と同じく、くの字になり笑いを堪えていた。
彼女に合わせてこちらも笑う。なんとなくだが、ラインはブロックされなさそうだ。もっともシフト調整以外で連絡したこともないのだが。
「棚森くんって、面白いよね」
彼女は揶揄うようにもう一度繰り返した。
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