第24話 一生懸命
徳梅さんの力になりたい。
今のところ在庫整理が目的の裏エンドを任せてもらってるが、それ以外は重い荷物を運んだり、商品補充したり肉体要員がメインだ。それも大事な仕事なので、彼女から「いつも助かるわ」と感謝されている。だがそんなことより、上下関係を超えた頼れる存在になりたいと思っている。
でも、こんなことを徳梅さんに言ったら、
「棚森くんって、クロスMDの意味も分からなかったじゃない。ちゃんと、POS大で勉強してる? 大学生は勉強が第一よ。わかった? よろしい。じゃあ、商品補充よろしくね」
といつもの定型文句で突き放されてしまうのがオチ。
彼女に認められるため、まずは売り場とエンドの調査に重点を置こうと、休憩時間も惜しんで店内をぐるぐる見て回ることにした。
改めて眺めているとスーパーの売り場というのは全て理論詰めで構成されている。
菓子棚一つとっても計算尽くだ。子供が手に取り易いように下段には玩具菓子が配置され、上段にいくに従って値段の高い菓子が並び、最上段にはファミリーパックが親の目に止まる。
客の心理を研究して、POS実績を織り交ぜながら商品の改廃を行い、飽きさせず買い回りを向上させている。つまり、マーケティングの塊。
感心しながらメモ帳に定番棚の特徴と、自分だったらこう展開するエンドの構成図をスケッチしながら店内を見て回ると、近くで騒がしい声が聞こえた。
「すみませんっ!」
その甲高い声の主はすぐにわかった。謝っている理由も、この後の展開も容易に想像がつくので、バックヤードに走りモップとバケツを取りに行く。
現場に急行すると、すみません、すみませんと米つきバッタのようにぺこぺこ謝るウリちゃんを見つけた。どうやら荷台に商品を乗せ過ぎて、酒瓶の雪崩を引き起こしたようだ。辺り一帯に強いアルコール臭が漂い、お客さんの足元も濡れていた。ちょっとした騒ぎに角場店長も飛んできて、丁寧にお客さんを事務所にお通しする。
俺たちはお客さんの邪魔にならないように、割れたガラス片を慎重に片付けて、濡れた床を丁寧にモップで拭いていく。
「わたし、だめですね。スーパーで働くのは向いてないかもしれません」
はあぁぁと切ないため息を吐くウリちゃん。いつもの陽気な彼女から想像できない意気消沈したご様子。
「気にすることないって。ウリちゃんは一生懸命やってるし、成長への糧みたいなもんだよ」
誰でも失敗の一つや二つぐらいあるよと、沈んだ彼女にフォローを入れる。
「ありがとうございます。なんか、棚森さんから慰められると、納得って感じちゃいました」
……。少しだけ眉間を揉む。うん、なんか言葉のチョイスが変なんだけど。
彼女は天然なんだと目を瞑り、中腰になりガラス片が残ってないか確かめると――
「ヤスウリじゃん。なに、あんたスーパーで働いてるの?」
「うわっ、くっさ。何この匂い」
誰だろうと顔を上げると、派手な化粧の子とスカートが短い子のJK二人組が侮蔑するようにこちらを見下ろしていた。
「ちょっと、このバイト、掃除する振りしてスカート覗こうとしてるんだけど」
濡れ衣なんだけど。
嫌疑を晴らすため突っ込もうかと思ったが、床の状況を説明して、丁重にお詫びを申し上げる。だが、こちらの丁寧な接客は功を奏さず、さらに軽蔑した目を向けられた。ひそひそ声で、なんかヤバくないと聞こえてくる。
いやいや、そんな高度なテクを持ってるなら君たちじゃなくて徳梅さんに使うわと、カッコ悪い文句まで喉から出そうになる。巧妙な奴めと怪訝な顔した二人組は俺を無視して、ウリちゃんの前に仁王立ちする。明らかに不穏な空気が立ち込めた。
「あんた、色んなところで迷惑かけてるよね」
「あー、そういえばヤスウリと同じファミレスでバイトしてたよね」
「そうそう。あの時も大変だったんだ。ヤスウリが辞めてくれて良かったーって、皆でカラオケ行ったもんね。その日、あたし初めて満点とったし」
「まじ? うける」
下を向いて耐えるウリちゃんに次々と嫌味を浴びせてくる。どうやら、彼女達はウリちゃんと同じ高校のJKであり、過去に同じバイトをしていたらしい。ウリちゃんはそこで、お荷物だと陰で罵られていたようだ。傍から聞いていても、あまり気分がいいものじゃない。
「一生懸命やるのってさ、器用に出来て初めて感謝されるからね」
散々、ウリちゃんを小馬鹿にした後、最後にこんなセリフを吐いた。ウリちゃんは黙って震えていたが、どうやら彼女より俺の方が無意識の内に反応してしまった。
「君たち、何のつもりか知らないけど用が無いなら、早く帰りなよ」
完全に部外者だと思っていた俺からの一言に、JK二人組はぽかんと顔を見合わせると、ほぼ同時に眉を顰めた。
「……なんなの、あんた?」
「君たちは何しに来たの?」
「何しに? スーパーに買い物に来ちゃだめなの?」派手な化粧の子が挑発するように口火を切る。
「ダメじゃないけど、さっきから君たちのやりとりを聞いてたら、どうもお客さんじゃなさそうだし」
「は? なんであんたがそんなの決めてるのよ。ちゃんと買い物してるけど」スカートの短い子がシールの貼られたペットボトルを見せつけて参戦する。
「いや、買い物とかじゃなくて、人のミスを揶揄うような人はここに来なくていいって言ってるだけだよ」
「はあ? なにこいつ」
二人組は語気を強めて口を尖らせる。ただのバイトなくせして、パンツ見ようとしたくせして、などなど○○のくせしてが続く。ああ、もう変態でも何でもいいよ。実際、ちらっとは見えたし。でも――。
「器用に出来なくても別にいいじゃねーかよ」
あの言葉だけは撤回しろ。
「嫌味を言ってる自分らだって何でも出来るのかよ。みんな、自分が思ってるほど大した人間じゃないよ。俺だって君たちだって」
俺の気迫に空気が張り詰める――といったことは起こらず、これに対する回答は無かった。「なんかうざくない」「こいつモテなそう」「面倒くさいから帰らない?」といった、罵倒含めた冷めた視線だけ向けられた。
そして、「実際、迷惑かけられたんだけどね」と捨て台詞を吐いたあと、JK二人組は白けた顔でどこかへ消えていった。
その場に残された俺とウリちゃん。ウリちゃんはゆっくりと立ち上がり、俺を見つめてぺこりと頭を下げる。
「棚森さん、ありがとうございます」
「気にすることないよ。どこにでも嫌な奴はいるからさ」
「でも、あの子たちに迷惑をかけたことは事実ですから……」
どうやらファミレスでのミスは尽きず、皿を割るのはしょっちゅう、レジで会計を間違えて、レジ締めの際に金額が合わないと全てのレシートをチェックさせたこともあったらしい。つらつらと吐露される過去の失敗談を訊くと、JK二人組が嫌味の一つでも言いたくなる気持ちも分からなくはない。でも――。
「一生懸命なのって素敵なことだと思うよ」
こんな歯の浮いた台詞がぽつりと零れ落ちた。上手くいく、いかないは関係無い話だよ。そんな言葉が何で口から出てしまったのか、自分でも不思議だった。それはウリちゃんに言っているようで、自分自身に言い聞かせているようで。じくりと胸が痛み、いつかの光景がフラッシュバックする。
「棚森さん、どうしたんですか……?」
ウリちゃんが心配そうな面持ちで俺を見つめていた。どうやら彼女を不安にさせてしまうほど暗い顔をしていたようだ。彼女を励ますつもりが、なぜかこちらが心配されてしまう始末。心の靄を振り払うように、何でもないよ、と軽く手を振る。
「でも、次は割らないようにしなきゃね。焦って荷物を台車に乗せすぎなければいいだけだよ。重たい商品は俺が運ぶからさ」
ありがとうございますと頭を下げるウリちゃん。なぜか頬は赤く染まっており、もじもじと体をくねらせている。「あの……」と何かを言い澱む。
「わたし、棚森さんのこと……」
あれ? もしかして、この流れって。
ごくりとつばを飲み込み、彼女のぷるんとした唇が音をたてて開く。
「見直しましたっ!」
はい?
「棚森さんって地味ってゆうか、冷めてるってゆうか、淡々と商品補充してるセイル先輩の手下ってゆうか、そんな冴えない感じだったんですけど、本当は優しくてカッコいい人なんだと思いましたっ!」
「あ、ありがとう」
これは間接的に、いや直接的かつ猛烈に俺をディスっているのでは……。
「これからは棚森先輩と呼ばせて頂きます! わたしばりばりの体育会系なんで、上下関係わきまえてますからっ!」
「そ、そう。よろしくね」
溌溂とした笑みと意味不明なガッツポーズをされた俺は喜んでいいのか悪いのか。とりあえず見直されたのなら、マイナスからプラスになったってことでいいの?
「棚森くん、やるじゃない」
振り向くと徳梅さんが両腕を腰に当てて微笑んでいた。つかつかとパンプスを鳴らして、こちらに近づき。
「棚森くん、私と付き合ってよ」
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