第20話 予感

 徳梅さんは資料を片手に押し黙る。その目は鋭く、少しばかり空気が張り詰めた。


「梅ラーメンってなんですか? わたし食べたことないかも」


 ウリちゃんが首を傾げながら徳梅さんにレクチャーを求める。だが、その視線は無視され、問い掛けには無言だった。彼女は自分の世界に入り込み、食い入るようにエンド計画書を見つめていた。


 角場店長は顎に手をやり、徳梅さんの代わりにウリちゃんの疑問に答える。

「結構、マイナーな会社だよね。知る人ぞ知るみたいな感じかな。変わった商品だしてるイメージだね。自分も梅ラーメンは食べたことはないな」

「セイル先輩には負けますけど、さすがですねっ」

「まあ、俺も一応、加食主任を兼務してるからね……。って――全部、徳梅さんに任せちゃってるけど」角場店長は苦笑いをして頭をぽりぽり掻いた。


「梅ラーメンを食べたことある人っていますか?」


 俺も流れにのって皆に問い掛けた。正直、見たことも聞いたこともないカップラーメンだ。会計処理をしている事務員さんも聞き耳を立てていたようで、こちらを見ることなく首を振る。



「めちゃ美味しいわ」



 ここで徳梅さんが反応。真っ直ぐ前を向いてそう断言した。


「徳梅さん、食べたことあるんですか?」

「もちろん、あるわ」

 気のせいだろうか、彼女は『もちろん』の部分を強調したように感じた。

「梅ラーメンってネーミングからして邪道というか、旨いんですか?」


「もちろん、美味しいわよ」


 またしても、『もちろん』が強調される。

「邪道でもなんでもないわ。むしろコクがあって酸味が苦手な人も食べやすい王道よ。それに具材も豊富。丸ごと紀州の梅が入ってるし、チャーシューもちゃんと分厚いし、ネギとかメンマも手抜きせず入ってるしね。一度食べたらその美味しさに気付くと思うわ。大手と差別化するためランチェスターの戦略を採用してるわけね」


 一堂、徳梅さんの論評に、「おおお」「さすが徳梅さん」「セイル先輩ってなんでも知ってるんですね! ヤバすぎっ!」となる。やっぱり徳梅さんクラスになると、こんなマイナーな商品も熟知しているのか。加食に関しては誰よりも守備範囲が広い。メーカーが新製品の試食をこぞってお願いするわけだ。商品バイヤーやMD長も頭があがらない所以がここにあるのだろう。


「まあ……。いくら美味しくても食べてもらえないとダメなんだけどね……」


 盛り上がる一堂をよそに、彼女はぽつりと漏らす。それに気付いたのは俺だけだろうか。ちらりと様子を窺うと、彼女は自分の発言を悟られぬように、すぐにいつもの涼しい顔に戻った。

 俺はこのバザールの仕組みをまだ完全に理解していない。改めて角場店長に訊いてみた。


「すいません、そもそもメインとリコメンドって何ですか?」


「ああ、そうか棚森くんやウリちゃんは知らないんだよね」

 こくこく頷く俺とウリちゃん。

「バザールってさ、ようは食品スーパーが一斉に拡売しようってイベントのこと。でも、普段はお互いの会社がライバル関係にあって、し烈な争いをしてるわけじゃない。例えば、うちとデリシャスみたいに。やり方もバラバラだし」


 デリシャス……。そういえば、山積みさんがいるチェーン店か。


「だから、統一したテーマを決めないと、うまくまとまらないし、盛り上がりも欠ける。なによりお客様にとっても分かりづらい。そういう理由から、バザールの期間だけは『この商品を売りましょう』って決めるわけ。それがメインと呼ばれる、必ず売り込む商品」


「それが西洋食品のカップラーメンなんですね。じゃあ、リコメンドってなんですか?」


「リコメンドは推奨って意味。つまり、この店はこれを推奨してますよってこと」


 リコメンドが生まれた背景は独自性を持たせるため。各社が意思統一するためにメインを売り出しても、お客様にとっては全部の店が同じ商品を同じ時期に展開している退屈な売り場に映る。そうなると、行き着く果ては価格競争という悪手に繋がってしまう。


 統一した企画は諸刃の刃であり、その欠点を補うものがリコメンドだ。


 統一した商品と各社で特色を持たせる商品の二面性で、業界全体を盛り上げる。これがバザールの仕組みである。通常、メインはいわゆるメジャーな商品が選ばれる。そして、リコメンドは次に売れそうなものが選ばれるらしい。

 このリコメンドがバザールの成否を決める鍵だという。


 じゃあ、梅ラーメンはネクストブレイクの商品ってところか。


「まあ、いくらリコメンドっていっても、普通は若干でも知名度がある商品が選ばれるんだけど……。今回は意外だね。まさか、グローリー食品――」



「今回のうちのメインは、グローリー食品の梅ラーメンよ」



 角場店長の話を遮るように、徳梅さんは力強く言い切った。


「えっ!」と皆は一斉に彼女に視線を向けた。


 その瞳はどこか遠くを見ているようであり、何かを予感させる強い意思が込められているようでもあった。

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