第19話 梅ラーメン

「バザールの対象商品が決まったよ」


 角場店長はデスクトップからプリントアウトした資料をしげしげながめる。

 小さな事務室に、俺と徳梅さん、ウリちゃんといった加食担当が一堂に集められた。店長と事務員さんのデスクを取り囲むようにキャビネットが密集し、この人数が集められると少々暑苦しい。


 ちなみにこの店には、加食主任のような責任者は存在していない。正式には角場店長が加食主任を兼務している。てっきり徳梅さんが加食主任なのかと思っていたのだが、どうやら彼女は加食主任でもなければ社員でもなく、フルタイムのパート社員であった。徳梅さんがエンド作成含めた棚割構成、POS分析のスペシャリストなので、いつしか徳梅さんが売り場の責任者のような立ち位置にいるのである。


 なんとなく徳梅さんに、「加食主任っぽいことしてるなら、どうして社員にならないんですか?」と訊いたのだが、

 相変わらずの「なんでそんなこと訊くの?」と潤んだ瞳を向けられて、

「責任だけ降りかかって、時給も増えないのは勿体ないじゃないですか」と返して、

「大した金額じゃないけど、別途手当もらってるからね」と冷えた口調で返された。


 流れるような一連のやりとり。彼女は積極的に自分のことを話したがらない。


 角場店長は徳梅さんにエンド含めた売り場の全てを任せていることを、心苦しく思っているようだ。「徳梅さんには頭が上がらないんだよね」と、缶コーヒーを奢ってくれながら苦笑いされた。


 ちなみに、頭が上がらないのは、何も店長だけではない。


「特にエンドに関しては本部バイヤー、それにMD長だって意見言えないよ。誰も彼女には敵わないんだよね。一応、つけ足しとくと面倒な人だと思われてるわけじゃないよ。実績を残しているから頼られてるんだよね。ちなみに、MD長なんて鬼みたいな超怖い人だからね」


 本部バイヤーとは、チェーン店の商品受発注を取り仕切る人だ。つまり、店に並ぶ商品の採用権を握っているとても偉い人。また、その本部バイヤーに選定された商品をもとにエンド構成など販促計画を立案するのがMD長。これまた店舗従業員から見たらもの凄く偉い人らしい。そのお偉方、二人を差し置いても徳梅さんには意見が言えないのだ。



 と――話しは回想から加食担当者の打ち合わせに戻る。



「徳梅さん、今回はこれに決まったよ」


 角場店長はプリントアウトした資料を彼女に手渡す。徳梅さんはそれを受け取ると淡々とした口調でこう答えた。


「西洋食品のカップラーメンですか」


「そうです。今年はカップ麺を売ります。去年はポテトチップスだったけど、まあ、定番っちゃ定番ですかね」

「西洋食品のカップラーメン、ちょーおいしーですよね」ウリちゃんがずいっと顔を突き出し、目を輝かせる。「皆さん、どっち派ですか?」


 経理作業をしている中年女性の事務員さん含めて、シーフード派の勝利となる。ちなみに俺はしょうゆ派だ。あの塩辛さがたまらなく、敢えてお湯を少なめにして汁なしそば風に食べる。嬉しいことに徳梅さんもしょうゆ派だった。ウリちゃんが顔を近づけてその理由を問うと、彼女は少し恥ずかしそうに頬を赤らめた。



「まあ、その……、あの肉が好きなだけよ。謎肉っていうのがまたいいじゃない。謎って感じで意味わからないし。なにそれって、食べながら突っ込めるのがまた面白いじゃない」



 ……そっちですか。



 さりげなく貴女のS気が入っているのもミソですね。稀に素の部分を見せる彼女は乙女のように可愛らしい。


 徳梅さんは、「んん」と喉に絡まったような咳払いをして話題を戻す。

「それで店長、計画書もありますよね」

「ええ、勿論ありますよ。でも、MD長からのエンド計画書は……見ないよね?」

「いつも通り自分で考えて決めますが、一応確認はします」


 どうぞ確認してくださいと角場店長は分厚いエンド計画書を彼女に手渡す。

 彼女は慣れた手付きでぺらぺらと資料を確認していく。肩書上の加食主任は店長だが、大規模な企画も徳梅さんに採決を仰がなくてはならない。これも、彼女が事実上のリーダーで、信頼されていることの証である。

 俺とウリちゃんは徳梅さんの肩越しに資料を覗き込む。売上目標メインの数字の羅列に頭が痛くなりそうだ。

 ぺらぺらと資料をながめていた彼女の手がとあるページで止まった。



「グローリー食品……」



「そう」角場店長は腰に手を当てる。「今回のリコメンドは、グローリー食品の梅ラーメンです」


「なるほどね……」

 徳梅さんは何かを悟ったように目を伏せる。腕を組み、何か深いことを考えている。


 グローリー食品……?


 しかも、梅ラーメン……?


 俺はその会社と、そのラーメンを聞いたことがなかった。


 一瞬、彼女の顔が険しく見えたのは気のせいだろうか。

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