第21話 怖くない
「グローリー食品の梅ラーメンをメインで売るわ」
異論は認めないとばかりに、もう一度同じ言葉を繰り返した。
この宣言に苦笑したのが角場店長だ。言うなれば、徳梅さんは暗黙のルールを破ろうとしているため、責任者としても黙ってるわけにはいかない。店長は頭をぽりぽりと掻きながら、徳梅さんの機嫌を損なわないように慎重に言葉を選ぶ。
「一応、メインだけは西洋食品のカップラーメンにしてくれると助かるんだけど……。これだけは上から決まって降りてくるから」
「うちのメインはグローリー食品の梅ラーメンです。この商品を全面的に展開します」
そうですかと一旦折れる素振りを見せるが、拝みこむように両手を合わせる。
「この売上だけは上から結構厳しく言われちゃうから、お願い!」
徳梅さんはひれ伏す店長を見下ろして口を堅く閉じている。どっちが店長かわからない。自分の意志は一歩も曲げない強い信念が感じられる。
尚も引かない徳梅さんに、角場店長はそれならばと泣き落としにかかる。
「あのMD長が怖いのよ。徳梅さんも知ってるでしょ。数字が未達になったら、毎日レポート書かせられるし。想像しただけでも胃が……」
「MD長なんて、怖くないですよ」徳梅さんは、平然と言い放つ。
「いやあ……、徳梅さんは怖くないと思うけど、自分にとっては鬼のように恐ろしい存在で……。いつもエンドは徳梅さんにお任せしてますが、バザールだけは! そこをなんとか! お願い! 徳梅さん!」
大柄な店長が小動物のようにぺこぺこ頭を下げる姿に、流石の彼女も心を揺さぶられたようで、少しばかり唸りながら腕を組む。
「分かりました。私も店長を困らせるつもりはありません」
「えっ、じゃあ」蜘蛛の糸に角場店長は目を輝かせる。
「店長を困らせるつもりはないですが、梅ラーメンをメインでやることは変わりません」
「いやいや、徳梅さ~ん。ちょっと油断したじゃな~い」と涙目。
「心配しないでください。西洋食品のカップラーメンの売り上げは達成しますから。数字で店長にご迷惑はおかけしません」
徳梅さんはそう言い残すと、軽く頭を下げて事務室を後にした。
角場店長は困ったように眉をしかめて、徳梅さんが退出しても、ずっとその後ろ姿を目で追っていた。小さな事務室は、行き場を無くした甘い残り香だけが漂う。
「徳梅さんって、エンド決める時はいつもあんな感じなんですか?」
うーんと店長は顎をさすりながら、「同じと言えば同じだけど、違うと言えば違うかな」と、どっちにもとれる回答をする。当然よくわからないので、どっちですかと追加注文。
「徳梅さんって、見た感じ竹を割ったような性格っていうの? 元々リーダーシップがある人なんだけど、基本的に協調性はあるし、決して皆を困らせることはしないんだけどね……」
そうそうと思わず相槌を打ってしまう。彼女は女優顔負けの美人で、口調もはっきりしてるから、傍から見るとキツい印象を持たれがちだけど、いざ接してみると常に空気を読み、それでいて優しく心が温かい人だ。
「だからというか、今回は全然引かないから珍しいね。まあ、俺もエンド計画の全てを任せてるし、彼女には彼女なりの考えがあると思うから、好きなようにやってくれたらいいかな。売り上げいかなかったら、俺がMD長に怒られるだけだし……」
「MD長って、そんなに怖いんですか?」
「怖いよ。だってMD長は若い時、関東一円で悪の限りを尽くした暴走族『死すら恐れぬ、狂い咲き、うるせえ上等。通称SKU』の元特攻隊長って噂だからね」
角場店長はぎゅっと目を閉じて身震いする。
店長の立場になって想像してみた……。血塗れの釘バットを持ち部下を叱責している姿が浮かび上がる。あまりの恐ろしさにこちらも背筋が寒くなる。チーム名からして頭がイカレタ人しかいなそう。あれほど必死に徳梅さんに頼み込むわけだ。
「店長、大丈夫ですよ。セイル先輩が売り上げは心配ないって言ってますから」ウリちゃんがガッツポーズをして店長を励ます。
「そうですよ、徳梅さんが言うんなら間違いないですよ」ウリちゃんに次いで俺も渾身のエールを送る。何の力もない俺たちの熱い眼差しを受けて、角場店長は生気のない笑みで「ありがとう、ははは……」と応えた。
「徳梅さんのことだから、きっと何かやってくれるってことで、信じるしかないか」
一堂は店長の言葉に、うんうんと頷いた。
きっと徳梅さんの方針に間違いはないのだろう。今までの実績や、周りの信頼関係からも実証されている。今までもずっとバザールを成功に導いたわけだし。
だが、俺は少しだけ気になっていた。
どうして徳梅さんは梅ラーメンにこだわったんだろう。
冷静に考えれば西洋食品のカップラーメンの方が圧倒的に売れる。しょうゆにシーフード、カレーなど種類も豊富でエンドが組み易いはずだ。マイナーな梅ラーメン単品を全面的にPRするのは難しいんじゃないか。
それに――彼女は芯の強い女性だと思うけど、店長の言う通り少し引かないというか、ムキになっている印象を受けた。それだけ自分のエンド計画に自信を持っていることの表われかもしれないけど、なぜか気になってしまった。
「失礼します」と事務室を後にして彼女を追った。商品でごった返すバックヤードに彼女の姿は見えなかった。となると、売り場かな。そう思った矢先、わずかに開かれた搬出口の隙間から彼女の後ろ姿が見えた。
うろこ雲が流れる夕空を見上げて、一つに束ねられた美しい黒髪が秋風に揺れている。
いつものことだが、可憐なその姿に胸は熱くなる。
だが、美しさと爽やかさが同居する彼女の後ろ姿が、今日は違って見えた。
夕日に照らされたその姿は、どこか影のある、寂しさが感じられた。
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