第6話 売れるから

 うおりゃあああああああああああああああああああああああああああああ! ていていていてい! やあやあやあやあ!


 ……。


 まあ……。


 実際のところ、彼女は叫びながらやっていない。むしろ、無口で淡々とこなしている。あくまで動作を言語に置き換えた場合の、勝手な予想だ。格闘漫画の見過ぎかもしれないが、近からず遠からずといった感じかも。


 徳梅さんの細く引き締まった白い手が、縦横無尽に動き回る。彼女の右手が『チュニジア産パスタ』を掴むと、振り子の如く左手で『カレールー』を平台に、空いたスペースが出来ると、ぽんぽんと『揚げせんべい』が投げ込まれ、狭いスペースに『五目飯のもと』をぴしっと立たせ、それらが納まりよく並べられる。

 そして、何を思ったのかパスタの商品棚へ素早く移動してから、『パパーのパスタ』を二,三個持って、『チュニジア産パスタ』の右隣に置く。


 一切の無駄がない。黙々とスピーディーに、かつ流れるように美しく、裏エンドが作られていく。

 時間にして、わずか二十分ほど。俺が一時間も格闘して未完成だったのに比べると、驚異的なスピードだ。


 神の手――大げさかもしれないがこう思った。

 俺は職人芸ともいえるその姿にすっかり魅了されてしまった。


「できたよ」

 彼女は「ふうっ」と手の甲で汗を拭い、溌溂とした笑顔を見せた。


 全体像はこうだ。

 メインに『チュニジア産パスタ』と『カレールー』を配置。一番在庫が多い『揚げせんべい』と次に多い『五目飯のもと』は、申し訳程度に端に置かれた。そして、なぜか『チュニジア産パスタ』の右隣に『パパーのパスタ』がちょこんと配置されている。


 それらがまとまりよく配置され、整然と裏エンドを形成。


 一言でいえば小ぎれい。だが……。正直なところ、テンポよく商品を並べる徳梅さんの動きが驚異的と思っただけで、この売り場構成に目新しさはなかった。整然と陳列された裏エンドは見た目こそ綺麗なんだけど、それ以上でも以下でもない。特別な何かを感じることが出来なかった。

 反応鈍く呆けている俺を見て、徳梅さんは目を細めて突っ込んできた。


「普通じゃんって思ったでしょ」

「いや、そんなことは」

「棚森くんは、顔に出やすいタイプかもね」


 徳梅さんはS気を混ぜて、人差し指をこちらに向けてくるくる回す。


「いや、すいません。正直なこと言えば、徳梅さんのエンドを作る動きがすさまじいって思いましたが、売り場の違い、すごさはわかりませんでした」

 彼女のご指摘通り、俺は顔に出易いのかもしれない。さっきの不埒の思惑も見透かされてたし、彼女には正直に話した方がいいのかも。恐る恐るではあるが、今までのに比べると地味だと伝えた。

「なるほどね。ぱっと見地味だし、そう見えちゃうかもね」

「正直、徳梅さんならもっと派手にエンドを作ると思っていたので……」

「拍子抜けしちゃった?」

「いえ、拍子抜けというか。もっと……」


「もっと?」潤んだ瞳をこちらに向け、雄弁なぐらいに涙袋を膨らませている。


 いやいや……。反則ですよ、その目は。


「もっとすごくて、周囲を圧倒するようなエンドを見てみたかったです。あの日、俺が見た恐竜みたいなやつを」

「うーん。でも、スペース的にそれは無理じゃない? 裏エンドだよ。メインエンドに比べて広さも棚の段数も違うし」

「……はい」おっしゃる通りです。

「エンドってね。派手なやつが全部正しいってわけじゃないのよ」

「そうなんですね」



「ようはね、『コミュニケーション』なのよ。お店とお客さんとの」



「コミュニケーション……」

「そう、お店とお客さん……」彼女はここまで言うと、「ふふっ」と笑って訂正した。


「てゆうか、私とお客さんのね」


 彼女は両手を腰に当てて、にやりと笑う。「まあ、見ててよ」

 自信に満ち溢れたその表情に、何故かぞくりと産毛が立った。

 彼女の目がきらりと妖しく光る。



「売れるから」

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