第7話 モノを売る喜び

 自信満々の「売れる」宣言を確かめるため、俺たちはお客さんの邪魔にならないように、少し離れた場所で様子を窺うことにした。


 改めて観察すると、この場所が裏エンドと命名された所以がわかった。確かに表エンドに比べて人通りが少ない。お客さんの流れを観察すると、目には見えない一本の太い線があることに気付く。店内に標識があるわけではない。見えないベルトコンベアが敷かれたように、自然な形でお客さんの進む方向が決まっていく。


「これが客導線ってやつね」


 俺を見つめる彼女との距離が近い。心なしか、いや間違いなくいい匂いがする。世の男を死ぬほど勘違いさせてしまう甘い匂い。つまりフェロモン。毎度のことながら、彼女が近くにいると無駄に緊張せずにいられない。


 二か所ある店内入り口のうち、お客さんは主に野菜売り場から入店していく。表玄関ってやつだ。野菜、鮮魚、肉と外周通りに進み、チルド、総菜へと流れていく、その外周の間に伸びる各コーナーへ、買い回り品があると方向を変えていく。


 これこそが「客」を「導く」見えない「線」だ。


 裏エンドはその各コーナーの中通路に突き出た、棚の先端(エンド)になる。路地裏って表現がぴったりだろう。通りかかるお客さんは、地味で狭いスペースの裏エンドなぞ見向きもせずに通り過ぎる。


 なぜなら、裏エンドに陳列された商品は、いわば売れ残りの在庫処理であり、旬な売り場ではないからだ。


 しかし、徳梅さんの作った裏エンドは違った。お客さんの大半が、そこを通ると一瞬立ち止まった。そして、何かを考えたあと並べられた商品を手に取り、無造作に買い物かごに放り投げていく。


 なぜだ。その答えが知りたくて、彼女の横顔を見つめる。


 彼女は俺の視線に気付き、ゆっくりと顔を向ける。はっきりとした二重の魅惑的な三白眼がそこにあった。  

 どう? 言った通りでしょ。声には出さず、得意気に目で訴えかけてくる。

 その潤んだ瞳に吸い込まれそうになる。俺は胸の高鳴りをおさえて咳払いをした。


「なんで、徳梅さんが作ったエンドだけ売れるんですか? 他は素通りされているのに」

「なんでだと思う?」

「……見た目がいいからですか?」正直、今の俺にはこれしか思いつかない。

「んー」と彼女は目を閉じて「惜しい」と小首を傾けてそう告げた。

 首の傾く角度といい、男心をくすぐる仕草を自然に身に着けている気がする。徳梅さんはいちいち仕草が素敵だ。


「クロスよ」


「すいません、さっきからクロスってなんのことですか?」

「棚森くん、POS大だよね」

「はい」


「マーケティングって習ってないの?」


「うっ」思わず後ずさる。痛いところを突かれた。習ってはいますが、なんせ俺は友達の智良志ちらしとだらだら講義に出席しているだけで、ろくに内容なんて聞いちゃいない。単位が危なくなれば、講義が終わると真っ先に教授がいる檀上へと向かい、取ってつけたような質問をして、さも熱心に『講義を聞いていますアピール』をしていただけなのだ。

 我ながら情けない。てゆうか、俺の泥みたいなキャンパスライフって……。



「クロスってね、クロスMDのことよ」



 彼女は「ほら」と裏エンドを指差す。

 通りすがりの主婦が、その場に立ち止まり何やら思案している。

 買うのか、買わないのか。固唾を呑んで見守る。喉が渇くのは、主婦の次の動きが気になるからだけではない。きっと徳梅さんが近くにいるせいだ。ずっと甘い匂いが俺を包み込んでいる。


 立ち止まっていた主婦は何を思ったのか、『チュニジア産パスタ』と『五目飯のもと』を手に取り、その足で野菜コーナーへと向かった。

 お次に現れた、子連れの若い母親が、磁石に吸い付けられるようにぴたりと立ち止まる。その客は迷わず『カレールー』と『チュニジア産パスタ』を手に取り、踵を返すように野菜コーナーへと向かっていく。


「売れてますね……」

「でしょ」徳梅さんは嬉しそうに声を弾ませた。

『チュニジア産パスタ』。なんで、こんなマイナーなものが……。

 彼女は「ふんっ」と鼻を鳴らして、親指を突き立てる。


「やったね」


 そんな笑顔で見つめられと、こっちまで嬉しくなってしまう。これがモノを売る喜びなんだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る