第17話 ダンジョン四十層 魔瘴気(2/5)
俺たちは、ペースを落とさずに進む。早ければ、俺たちが二十層にたどり着く頃ぐらいから、突入してくる可能性が高い。俺たちの速度で、二十層まで約十時間。そのタイミングで潜るとするならば、こちらの動向を注視していたはずだ。
つまりその時間だと、一日程度不在にしたのと同じなので、いなければ怪しむ。それならば、俺たちがダンジョンに向かったと考えても妥当性があるからだ。なので、このままペースを落とさず進むと、おおむね最終層にきたとしても奴らはまだ到達できない。当然難易度も上がるから、一攫千金狙いの賞金稼ぎには、不向きなミッションになる。
今回はエルの天使結界のおかげで進行速度は早く、かなり有利に進んでいく。襲撃者にとって罠にハメやすくもありながら、自身でも討伐しながら進む必要があるので、疲労は絶えない。
これならば先に、目的は果たせそうな気がしていた。
今までと同様に進んでいき、再び階層主の扉の前に辿り着いたのは、二十層から出て十時間ほど経過してからだ。
「もう四十層か……」
「ええ。思った以上に順調ね」
「これは凄い早さだな!」
リリーの変わらないテンションは、どこか救われる気がしてくる。この早さだと、単に道を歩いてきただけの速度になる。本来は幾多もの魔獣に襲われたりするわけが、何も起きずにこれている。
目の前にある扉は、二十層の時と同じくなんら変わりはない。扉だけを見ていたら、また戻ってきたのではないかと思うぐらい瓜ふたつだ。
ダークボルトを試してみたいところではある物の、ここで使ったらこの層を出た途端に強力な魔獣に襲撃されたら目も当てられない。それはエルも理解していて、残念ながら今回も俺の出番はなさそうだ。その代わり、いよいよリリーが活躍できそうな雰囲気だ。
何やら、やる気満々なリリーに声をかけてみた。
「魔剣、いけるのか?」
「レン! いけるとも! そうだよな、エル!」
「ええ。以前の半分ほどなら、解放しても大丈夫よ」
「な! 大丈夫だろ! レンの分、私が頑張るから、気にせず見ていてくれ!」
「お、おう……」
なんだかやたらとリリーが張り切っている。思わず圧倒されてしまうほどだ。それもそうだろう、魔剣が封じられて何もできずにいたのは、何より彼女にとってかなり酷だったんだろう。
俺はあの魔剣の力は、詳しく知らない。その力が半分ほどと言葉ではいも簡単に出ているのは、一体どれほどの物なのか気になるところだ。
「エル、リリーはあのような様子だけど、大丈夫なのか?」
「ええ。おそらくレンは、驚くかもね」
「そうなのか? 期待しておくよ」
「レン! 期待していてくれ!」
なんだか、眩しいぐらいの笑顔で言われた。ここまで清々しくさせるのは、いつぶりぐらいだか。リリーは、心の清涼剤のようだ。俺も思わず、ぎこちないながら、笑顔を作ってしまう。
今回は前衛がリリーで中衛がエル。俺は端っこで不参加、という形でなんとも情けないような気もしてきた。意気揚々とリリーは扉を開けて、魔剣を背負ったまま突き進む。
前回は巨大な白熊の魔獣だ。今回は、どうしてここにと思える奴が現れた。それは、騎士だった。
ただの人のなりではない。どうみても五メートルは優に超えており、鎧は黄金色に包まれた金ピカの奴が現れた。兜からは何も素顔は見えず、表情は窺い知れぬ。巨大な縦と豪奢な装飾の施された片手剣をもち、全身からこれもまた、金色のオーラを放っている。
一言でいうなら、只者じゃない。
リリーの両手もちの魔剣が奴と比較すると短剣にすら見えてくるぐらい、大きさが違う。ところがこれをみたリリーの表情は背後からなので窺い知れない。ただ、あの全身から溢れる気配は、勝気がする。
まずは、リリーが何も持たず一気に踏み込み気がついたら、振り下ろす時にすでに魔剣を握った状態になっていた。軽く盾で弾かれると思いきや、豆腐でも切るように滑らかに盾を横一文字に切り捨てる。上半分がずれ落ちた盾は、かろうじて取手は残っており、つかめている状態だ。
リリーはそのままもう一段階速度をあげたようで、素早く次の攻撃に移っており、上段から振り下ろす。さすがにこれは、俺でも速いと思うほどの速度だ。もし俺がいま対峙したら、ギリギリ避けれていたぐらいのすごさだ。
ただ今度は、騎士もそれに反応して動く。
手元の片手剣でいなすと、そのまま剣の間合いでショルダータックルを仕掛けてきた。これにはさすがに避けきれず、激突してしまう。奴も生半可には行かない百戦錬磨の騎士なのだろう。
そのままタックル後に仕掛けてくるかと思いきや、後方に下がり中段の構えで迎え撃つつもりのようだ。一体何者なのか得体がしれない。一方リリーは、何ごとも無かったかのように飛び起き、再び正面から踏み込む。一瞬にして加速すると、目にも止まらぬ剣筋を八の字に振り回し、切りつけていく。
その速度は加速する一方で、最後には軌跡の光の筋だけとなる。これには奴も対応仕切れないのか、切り裂かれる一方となり鎧は崩壊していく。するとそのしたの体は、かなり分厚い筋肉が見えてくる。
騎士はまったく手足も出せないままリリーに押し切られ、最後に首をはねられて倒れる。
すざまじいまでの加速力で、あの早さはこれまでにみたことがない。さらにいうなら、横に並べる奴はいないだろうというぐらいの者だ。しかもあれで”五十%とは、どういうことだ”と言わざるを得ない。
今回のこの動きは、率直に言って感嘆する。
「リリー、やったな!」
「レンやったぞ! 見ていてくれたか?」
「ああ。もちろんだ。剣技もさることながら、すざまじい速度だな」
「そうだろう! そうだろう! 私はついに、この領域にきたんだ!」
「そうね。魔剣にも、感謝しないとね」
「そうだな! 魔剣ありがとう! 君は最高だな!」
屈託ない笑顔が、先の戦闘から予測できないほどだ。
倒れた騎士は鎧だけ残して肉体と思わしき部位は、光の粒となり霧散した。一体どういうことなのか。
「これは、魔瘴気ね。意識はどこに行ったのかしらね?」
「そうだよな。当人も想定外の状態なんだろう」
「レンなんだ? その魔瘴気とは?」
「ああ。俺のいたところは、当たり前のようにあったからな。わかりやすくいうと、自分の意識を霧のようにして別の体に移す物さ。これはその移したあとの体だ。そうした体には目印となる魔瘴気が色こく残る」
「それってどういうことなんだ? 私にはよくわからないぞ」
「そうだな……。リリーは、リリーの意思で動いているだろ?」
「それは、間違いないぞ!」
「その意思が今の肉体を離れて、別の体に移せたらどうなると思う?」
「なんだか変な感じだな。そうなると移った後の体はどうなるんだ?」
「それが今倒した奴だよ」
「これがか?」
「そうだ。残滓は残るけど、本人とは異なる。おそらく、なんらかしらの都合で、元の体に戻れなかったんだろう。本来は術式で体本体はどこか、本人しか知らない空間に隠しておくもんだけどな。悪魔なら、よく使う手だ」
「なんとも、敵とはいえ、いたたまれないな」
「……そうだな」
俺の転生も実は、これに近い方法だ。俺の本体は、ある空間にしまってはいる。ただ、ここからは取り出せない。
ここの敵が魔瘴気での抜け殻だとしたら、時間がたてばこの肉体もダンジョンの都合で再生されるのだろうか。疑問がすぎると、エルが何かを感じたのか答えてくれた。
「レン、これはおそらくこのダンジョンの特性で、この体は再生されるわ」
「なるほどな、この持ち主は考えたな。隠さずとも、ダンジョンの特性で常に再生しておけるわけだな」
「そういうことかもね。維持はダンジョンがしてくれるし。ただ本人の意思がまだ存在していればね」
「ああそうだな。これじゃここまでくるのは至難の業だぞ。それこそ焼印師でもないと……」
「レンもしかして……」
「ああ。俺も今思った」
「レン二人で何を納得しているんだ? 私にも教えてくれ」
リリーはキョロキョロと俺とエルを見比べる。どこか小動物のようで可愛らしい。
「ああ。こいつはもしかする焼印師かもしれない」
「レン、それはどういうことだ?」
「ここまでこれるのは、相当な実力者である必要がある。その内の一人が焼印師だ」
「うん。そうだな」
「そこでだ。何かの事情で、今の肉体を離れる必要がでたとする。いずれもどることを想定してな」
「ああ。それで?」
「ここにちょうどいい肉体維持の装置がある。ダンジョンだ。しかも階層主だ」
「うん。そうだな」
「これで肉体維持は担保できた。その後、意思となる精神を魔瘴気にしてどこかに去った」
「それは理屈としてわかるんだけどな。なんでここなんだ?」
「俺たちの目的は焼印師に会うことだ。今はその手がかりを探している。その可能性がこのダンジョンの最奥だ」
「つまり、一部の焼印師がここで肉体を安置していることなのか?」
「ああそうだ。戻るべき場所の近くでな。帰還場所が占拠されていたことも想定して、わざわざ近くに安置したといえば、それなりに筋が通るだろう?」
「そうか! それなら納得だな。するとこの体がある以上は、このダンジョンは”当たり”なのか?」
「そうとも言えるし、違うとも言える」
「まだ、わからない。そういうことよ」
「ああそうだ。俺たちは彼らのことは、ほんの一部しか知らないからな」
「うん。わかったぞ! ありがとう」
今回は残念ながら、宝箱は存在しなかった。このまま次の扉を開いて、可能性に期待しながら突き進んだ。
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