第18話 ダンジョン六十層 悪魔と擬態(3/5)

 二十層ではシロクマ。四十層では魔瘴気の騎士。どれも取り止めの無い組み合わせだ。法則性などまったくの無視で、好き勝手に現れているとすら思えるぐらいだ。ただ騎士の方は、焼印師の可能性がある。もしかするとこの先の階層主は、すべてが焼印師かもしれない。


 今目指しているのは、六十層の階層主だ。


 先の魔瘴気はある意味、焼印師の謎解きに近い物もある。どれもが仮説でしかない物の、確度は状況から高そうに思えてならない。生きている焼印師に出会せば一番の幸運だ。


 ただ、そう簡単にも行くとは思えない。相手もかなり用心をしているだろう。いなかった場合は、何か次の目的地になる痕跡が見つかればいい。どの程度の物で、どんな物が残っているのか皆目検討がつかない。


 俺は、そんな雲でも掴むようなことを、ここで追い求めているのかもしれない。どんな状況であっても可能性があるなら、すべてやれることはしておきたいと考えている。後悔なんぞ、すべてやれることをしていたら”やっておけばよかった”などは、まずない。


 ダンジョンを進み続けて行くうちに、今では普通の感覚でいる奇妙なことが、いくつかあるのを思い起こしていた。


 天使結界のおかげで、平和に歩み進めているからだろう。気がついた中からいくつかあげてみると、光源があって階層により空があり雲もある。太陽なような物すら存在する。他には木々が生い茂り、本当に地下にいるのか疑いたくなる。さらに昼夜が存在する。これほどの変化の顔を見せるこのダンジョンは、ここが地下世界であることを、忘れてしまいそうになるくらいだ。


 さらに気になる点は、ここの魔力により魔獣たちが作り出されているとしたら、相当な魔力貯蔵量か生産量になる。その中で、徘徊する魔獣たちを眺めてのんびりができるのは、俺たちぐらいだろう。


 天使結界が強固すぎるぐらいなので、近くで魔獣を観察することもできる。生み出すのがこのダンジョンなだけであって、それ以外は普通の魔獣の行動と同じだ。一階層分でどの程度存在するのか、数えてはいない物のこの広さからすると、千はくだらないだろう。


 そんな中で一度も魔獣との戦闘は起きず、さらに神経質にもならずに、気軽に歩いているだけという状態だ。本当に”天使結界”は、破格のスキルだ。


 こんな平和な状態が続く中で、いよいよあのアゴ指輪が反応を示しはじめる。まるで、指に食いついたかようなままでいて、中指を我が物顔で支配しているようだ。微量に魔力を吸い、すくすく育ったという感覚に近い。この魚顎の骨格指輪から、いよいよ何か圧を感じるところまできた。これから俺に何をさせようと画策しているのか、この魔法生物と呼ばれた指輪は蠢く。


 そして今回も扉の前に、ようやく辿り着いた。


「なんだ? これは……」


 俺は思わず言葉を漏らすほど、扉が異質に見えた。羊皮紙のような皮の質感をもち、色は艶が消された黒で一部に滑りがある。さらに血管が浮き出ており、脈動すら見える。


「この波動は……。レンの元の種族かもしれないわ」


「むっ! これなら私にもわかるぞ! この独特な感覚は!」


 仮に予想通りだとすると、リリーにはまだ部が悪い。エルが全面的に対応が得策だ。今回ばかりは俺も参戦だ。どこか、そうでないこと願う俺自身がいる。もしそうだったとしても、俺は歩みを止めるつもりはない。


――例え、かつての大事な者でもだ。


「よし、行くぞ。皆いいな?」


「ええ、大丈夫」


「私も問題なしだ!」


 俺は扉に手をかけると、思いっきり押し込んだ。それに答えるかのように、押す力に呼応して、天井まである扉はゆっくりと開いていく。するとそこには、俺の故郷の奴がひとり、中央にたたずむようにいた。


「リーナ……」


「……」


 彼女は何も答えない。全員が入ると数分後、扉がしまった。


「こいつは、悪い冗談だな……」


「……」


 変わらず、何も返答はない。


 リーナは突如舞い上がり、魔力の塊を雨のように降らす。逃げることも叶わないこの攻撃は、リーナの得意技だ。だが、いつもと少し様子が違う。ただ魔力の塊が、落ちてくるだけだ。本来は、弾丸のように回転した塊が抉るようにくる。それがないのだ。


 今回はそれだけでなかった。魔力の壁面を作り出して、押しつぶすかのように頭上から迫る。これはエルの魔剣によって切り裂かれ霧散する。この場面であの技を出すのもおかしい。


 さらに切り替えてきた次の攻撃は、水平に無数に飛んでくるカマイタチだ。これはエルの天使結界により、防ぐ。また違う魔法を繰り出してくる。


「おかしい……」


 俺は戦闘中だというのに、思わず吐露する。普段のリーナらしくないのだ。よくよくみると普段身につけている物が異なることにも気が付く。

 この時、脳裏によぎったのは擬態だ。悪魔の中でも有名で、誰しも知る存在。しかも、数々の技も有名だ。もちろん身につけている物も、ある程度は割れている。となると、似せた何かと思える。


 こうなると、確認する手段は一つしかない。


「エル、リリー、しばらくは手出し無用だ」


「わかった」


「了解した」


 俺は今の体で、リーナに瞬時に詰め寄る、そしてゼロ距離から放つ。


「ダークボルト!」


 轟音とともにリーナの全身が、黒い雷に飲み込まれる。その後、背中から爆散し臓物を振りまくと仰向けに倒れてしまった。これで確信した、擬態であることを。なぜなら、本物のリーナならダークボルトが唯一効かない存在だからだ。


 俺の攻撃で終わりが見えたので、エルとリリーが駆け寄ってくる。するとリリーが心配そうな顔で俺をみる。


「レン、いいのか? 知り合いじゃ……」


「いや、知り合いに似せた何かだ」


「どういうことだ?」


「やはりそうなのね、ここは巧妙ね」


「ああ、そうだな」


「ちょっと! 何二人して納得しているんだ? 私にもわかるように説明してくれ」


「擬態だ」


「擬態?」


「そうだ。ここの階層主自体はいなく、来訪者の思念を読み取り、再現するだけだ」


「そうね。この仕組みは、私のいたところでは、罠としてあったわ」


「となると、やはり焼印師がいた可能性は高くなってくるな」


「ええ。そうね」


 俺は、先ほど倒したリーナもどきの擬態をみると、いつの間にか霧散しはじめて、跡形もなく消えた。


 数々の魔法を思いおこすと、細かい再現まではムリなんだろう。ただあの精度でも、再現できるは驚異的だ。こちらが負傷していたら、間違いなくやられる。たまたま今回は、疲労も損傷もない状態だからこそ、太刀打ちできたのだ。


 そう考えると、これから先も予想とは異なる階層主が、現れてきそうだ。


 俺はそんな予感と、ひしひしと迫りくる焦りに、追われていた。

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