私の幸せなんてこんなもの。

満つる

大教室

 


 ひだまりの中で香南かなの髪の毛が柔らかく光ってみえる。ふわふわと風になびいて、光がうっすらと透けるようで、甘くていい匂いがしてそうで、だから思わず手が伸びた。上からそっと触るだけで、ただもうそれだけで、何か特別な綿毛を手にしたような幸せな気分になれる。でも私、もっと幸せになりたいんだ。だから香南の頬の横から指を差し入れ、ぐしゃっぐしゃっと髪を掴んでかき混ぜる。こんなことくらいでこんなにも簡単に幸せになっちゃうって我ながらどうなんだろうって思うけど、実際そうなんだから仕方ない。



「もう、結妃ゆきったら」

 香南が困ったような顔して笑ってる。

「髪、ぼさぼさになっちゃう」

「ごめん。このあとまた編み込みするからさ。だから許してよ」

「いいよ。しなくって」

「なんで?」

「だって最近の結妃ってば、凝りすぎってくらいどんどん凄くなってるんだもん」

「え? ダメなの? それ。香南に似合うの選んでるつもりなんだけど」

「ダメじゃないよ。ダメじゃないけど、ほどく時いっつも、もったいないなあ、って思っちゃうから」

「そんなの。気に入ったやつがあったら何度だってしてあげるから、もったいないとか思わなくっていいのに」

「でも、」

 香南の目が頼りなく揺れて、視線が後ろの方へとわずかに逸れた。つられて、ふ、と目を動かすと。

 

 また例の四人組がこっちをちらちらと見ているのが視界に入った。それだけでせっかくの幸せな気分が根こそぎ吸い取られるようなのに、私が目を向けたのを声をかけてもいい合図だとでも勝手な解釈したのか、「あ、結妃ぃ」なんていかにも今、気が付いた風を装って、手なんか上げながら四人してこっちにやってくる。こういう所が大教室での授業のうっとうしさ。とにかくひとが多すぎる。


「久しぶりー。元気? 今日は仕事、ないの?」

 四人のうちでも一番押しの強いメイが、周りに筒抜けの大きな声で隣に座り込んできた。

「ん。まあ、適当に?」

 それこそ適当な返事しかしなくても、それでもメイは気にする風もない。

「いいよねー、結妃みたいな売れっ子だと、適当、って言ってもそりゃもう全然色々と私たちとは違うんだろうなー」

 どくモだけあって、メイは即座に作り慣れた笑顔を浮かべてる。他の三人も似たような顔して、

「ほんと羨ましいぃ」「っていうか、メイだって十分、人気あると思うけどぉ」「そうだよ。ふたりとも素敵」

 口々に言いながら頷いてる。

「今度の『MELSSIA』、また日向ひなたさんが結妃のこと撮るの?」

「んー。どうだったかな。覚えてない」

 何食わぬ顔してメイの問いかけにお茶を濁す。で、あとはだんまり。それで諦めて消えてくれれば御の字だけど、さすがにそんなに甘くない。

「結妃ってば信じらんない。あんなひとに撮ってもらえるのを覚えてないとか平気で言っちゃって。でもそれじゃ困るでしょ? 何なら一緒に仕事しながら私がマネージャー代わりもしよっか?」

「え? でも結妃くらいになればマネージャーってついてるんじゃないの?」

「うーん、モモ。悪いけど、さすがに結妃でもマネージャーはついてないと思うけど?」

 訳知り顔でメイが説明し始めた。

 なんでひとのことをこうもまあ勝手に話したがるんだろう。理解に苦しむ。でも、それ以上に分からないのは、どうして香南が端っこで小さくなってなきゃいけないのかってこと。ほんと訳分かんない。


「え? なに? 結妃、どうしたの?」

 黙って立ち上がった私にそう言って目を丸くしてるのは、えーっと、誰? 名前も出てこない。その隣も分からない。いつもメイと押しかけてくるからなんとなく見覚えがあるってだけのひとたち。

「ごめん。香南と次、もう、行かなきゃ」

 手を伸ばして香南の手を握って、「ほら」と引っ張る。香南が目をしばたたかせてる。いいのいいの気にすることなんて何もないの、そう目で伝えながら、「じゃあ」って反対側の手をひらひらと四人に向けてお愛想代わりに振ってやった。

「ちょっ、結妃、待ってよ?」

 慌ててメイが何か言おうとしてるけど、聞こえないふりしてぐいっと香南を引き寄せて、そのままふたりで教室を出る。さすがに席を立ってまでして四人で追いかけてくる気配はなくって、ふふふ、と自然と笑みが零れた。















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