Track 02. 灼熱と太陽

 今を去ること三十五年前。電気街からオタク文化サブカルチャーの街へと変貌を遂げつつあった東京・秋葉原の片隅で、一つのアイドルグループが産声を上げた。

 小さな専用劇場で僅かなファンを相手に興行を始めたそのグループは、アイドルの定義を遠き憧れの偶像から身近な恋の対象へと書き換え、瞬く間に国中を席巻。結成から五年を数える頃には、ヒットチャートの首位にその名を見かけぬことはなく、テレビで彼女らの声を聞かぬ日はないという程の国民的グループへと変貌を遂げていた。

 時代がそれを望んでいたかのように。名古屋、大阪、博多と、国内の主要都市に次々と支店を展開し、指数関数的に人気を増大させていく彼女らの勢いを止められるものは最早何もなかった。2030年には遂に国内の全都道府県に彼女らの旗がひるがえり、総勢一千名を超える天使達の輝きが国中の隅々までもを照らし出す、未曾有のアイドル全盛時代が到来した。

 そして2030年代末。世代が一巡し、いつか来るとわかっていた「その時」は遂に訪れた。グループの黎明期を支えた伝説のOG達の娘世代――「七光ななひかり」と呼ばれる少女達が、一人また一人とメディアに姿を現し、綺羅きら星の如く輝きを放ち始めたのだ。

 ある者は母の足跡そくせきを追って劇場ステージに立ち、ある者は女優として国内外で名を馳せ、ある者は声優として全国一千万人の萌豚オタクを骨抜きにし、ある者は単独の歌手アーティストとして武道館に美声を轟かせ――。国中のメディアが称賛の声を惜しまぬ彼女らの後ろには、まさしく親の七光の如く、天下を制するアイドルグループの名が燦然と威光を放っていた。誰もがおそうらやむその光の名は、秋葉原エイトミリオン。

 そして今、火群ほむら結依ゆいが挑むスクールアイドルの戦場にも、「七光」の名を背負う一人の強者がいた。名古屋エイトミリオンの伝説のセンターの血を引き、その魅力の全てを受け継いだ少女。その二つ名を「あかつきのルリ」――!


春日かすが……瑠璃るり……」


 マリナの友人達と別れて仲間達と控室に戻り、再びステージ衣装に袖を通す最中さなか、結依は倒すべき宿敵の名を声に出して呟いていた。隣で着替える華子はなこがそれに気付いて顔を向けてくるのがわかる。

 まただ、と結依は思った。本気で感情が高ぶると、ついつい独り言が口をついて出てしまう。それを聴き取る力を持っていた頃と変わらぬ炎が、今も己の中で消えていないことを、無意識に確かめるように――。


「華子さん」


 結依は優しい先輩の顔を見返し、その名を呼んだ。着替えを終えた華子の表情は少し強張っていたが、その目には健全な闘志が宿っているように見えた。「一緒に勝とうね」と、彼女のスミレ色の言葉が目の前に映った。

 この人に出会えてよかった。彼女の手製の衣装に身を包み、彼女と一緒にステージに立てば、自分は一人の時よりも強い自分で居られる気がする。


「マリナさん。レオンさん。あいりちゃん――」


 控室に居並ぶ仲間に次々と視線を送り、結依は彼女らの名を口にした。「何よ」と照れ隠しのように突っ張るマリナの。頼もしく頷いてくれる怜音レオンの。「はいっ」と多分裏返った声を上げたのであろうあいりの。仲間達の三者三様の反応が、結依の心をふわりと弾ませてくれた。


「勝ちましょう。みんなで」


 自分の声が笑っているのは聴こえなくてもわかった。「もちろんだよ」「当たり前じゃない」「任せてくれ」「頑張ります」――補聴眼鏡グラスのVRレイヤーに我先にとポップアップしてくる色とりどりの文字列が、結依には世界を形作るたくさんの元素エレメントのように見えた。



 ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆



『続きまして、先攻、双柱ふたばしら学園高校アイドル部「ELEMENTSエレメンツ」! 後攻、鳥居坂とりいざか女学院高校アイドル部「花鳥かちょう風月ふうげつ」!』


 競技ステージの中央で向き合ったとき、相手チームのキャプテンらしき三年生は結依に微かな笑みを向けてきた。

 東京都下で十指に入るという「花鳥風月」のことは多少調べて知っていたが、事前情報などなくとも、目の前の五人が相当な経験と実力を備えた強豪チームであることは一目見ればわかった。先程、客席で少しばかり顔を合わせた時と同じだ。こちらを見下すでもなく、さりとて恐れを抱くでもなく、良い意味で淡々と勝利を確信している態度。

 この三回戦に勝った方が、続く準々決勝で「Marbleマーブル」と戦うことになる――。


「あいりちゃん。自然体でね」


 結依が声を掛けると、あいりは「うん」と頷きで答えた。

 先攻こちらの一曲目は、怜音レオンとあいりのデュエット「ナイト・バタフライ」。お姉様役と妹役の背徳的な掛け合いが魅力の曲。舞台の上手かみてから眼鏡グラス越しに見ていると、ステージ上での怜音の振る舞いは二回戦の時よりもエスカレートしていて、くすりと笑みがこぼれてしまう。

 しかし、変化の度合いではあいりも怜音に負けてはいなかった。怜音にいいようにされているのは相変わらずだが、どこかその状況を楽しむ余裕というか、お姉様の所業を焚き付けているように見えなくもない不思議なあやしさが表情に垣間見えるようになっている。何か意識して演技しているわけではないのだろうが、彼女がステージを楽しんでくれているのが、結依はなんだか自分のことのように嬉しかった。

 曲が終わり、怜音とあいりが笑顔で上手かみてに戻ってくる。

 続く相手チーム『花鳥風月』の一曲目は、キャプテンの三年生によるソロ曲だった。眼鏡グラスの音楽解析システムがそのメロディを楽譜に変えてVRレイヤーに表示してくるとともに、AIによる楽曲検索が始まる。検索で該当ヒットする曲名は――無し。あのチームのオリジナル曲だ。

 BPMテンポは160。ホ長調Eメジャー、4分の4拍子のアップテンポな曲。Aメロまでの歌詞を見るに、初恋を軸としたサマーチューンだろう。あのダンスのステップは秋葉原エイトミリオン黄金期の2010年代アイドルポップスを彷彿とさせる。しかし、それにしては、ソロというのが妙だ。これは一人で歌うような曲ではないはず――。

 結依のその違和感は僅か数秒で氷解した。曲がBメロに入った途端、新たに二人のメンバーがステージに合流し、一糸乱れぬ動きでセンターのパフォーマンスを引き立て始めたのだ。一人一人が歌割りを分担するのではなく、歌い手を一人から三人に増やして曲の賑やかさを上げる狙い。そうなれば、当然、次のアクションは……。

 その直後に起こったことは結依の想像通りだった。サビに入ると同時に、残り二人が更にステージに加わり、五人全員フルメンバーとなった「花鳥風月」は見事な隊列フォーメーションで客席を沸かせた。何より凄いのは、歌唱メンバーの増加と歌詞の内容がリンクしていることだった。一人の男子を巡って、三人、五人と増えていく恋のライバル達が、可憐にして熾烈な少女の戦いを繰り広げる――。そのオリジナル曲の世界観を見事に五人で表現してみせる、あの子達のレベルの高さはどうだ。どんな作詞家、演出家がバックに付いているのかはわからないが、とても高校生アマチュアがやるレベルのパフォーマンスではない。


「……二曲目で、取り返さなきゃ」


 また知らず知らずの内に独り言が声に出ていたらしく、傍にいた華子とマリナが同時に「えっ」と驚く声がレイヤーに映った。


「まだわからないよ、判定が出るまでは――」


 華子は横からそう言ってくるが、結依にはわかっている。怜音とあいりの「ナイト・バタフライ」は二回戦の時よりも進化していたが、残念ながら僅かに「花鳥風月」のオリジナル曲には及ばない。

 客席全域の反応を見れば一目瞭然だ。恐らく、相手チームの曲は今が初披露だろう。強力なバックアップ体制と経験豊富なメンバーを擁する強豪チームにとって、大会で歌う曲全てを別の新曲で揃えることくらい容易いに違いない。対するこちらは、他にどうしようもないとはいえ、同じ曲を同じメンバーが二度続けて歌ってしまっている……。客席と審査員の四分の三はそれを初めて目にするのだとはいえ、両者の実力が互角であれば、この僅かな不利はたちまち勝敗に直結する。

 案の定、判定は僅差で相手チーム「花鳥風月」の勝ちとなった。


「大丈夫。あとの二曲は勝てます」


 謝りグセを発動しそうになっているあいりのケアは怜音に任せるしかなかった。すぐに先攻こちらの二曲目が始まる。二曲目は、マリナ、華子、結依の三人ユニット。ユニットの組み合わせは二回戦と同じだが、曲は数少ない持ち歌の中から試合前の時間に三人で別のものを選んでいた。

 もう結依の眼鏡グラスで視界を塞ぐ必要はないと華子は言った。頼もしい仲間の笑顔が結依は嬉しかった。

 センターのマリナに思う存分、女王クイーンの風格を発揮してもらい、それを自分と華子で横から支える――。限られた手札を組み合わせて最善の策をぶつけるにはこれしかない。


「マリナさん――全力全開、お願いしますね!」


 曲の始まりと同時に結依は言った。眼鏡グラスを仕舞い込んでしまったので、マリナの背中がどう答えたのかはわからない。いや、そんなの、聴こえなくたってわかっている。


 ――当たり前じゃない。あたしを誰だと思ってるの――。


 ステージに躍り出てスポットライトを浴びた瞬間、結依には、センターに堂々と立つマリナの心の声が確かに伝わってきた。

 マリナの自信満々の笑顔が最大限に引き立つよう、結依もその横でパフォーマンスに力を尽くした。華子も今や緊張を吹き飛ばしてその動きに付いてくることができていた。

 当然だ、と結依は思う。出会った頃の華子は、弱者の立場に潰され、己を殺すことに慣れてしまっていたようだったが――本来、アイドルが好きで五年もスクールアイドルをやっている人が、ステージに立つことが楽しくないはずがないのだ。

 敵が強いのは百も承知だ。だけど、アイドルが大好きな気持ちなら千葉ちば華子だって負けていない。世界の中心で輝きたがる気持ちならみなとマリナだって負けていない。今こそ、わたし達「ELEMENTS」が、ただの寄せ集め集団なんかじゃないことを見せるとき――!

 怒涛の勢いでサビを歌い上げ、三人はステージの中心で見得を切った。客席からの歓声と拍手が自分達を包んでいることは空気でわかった。マリナも華子も、そして自分も、今日の大会始まって以来最高のパフォーマンスができたという自信がある。これなら、相手がどんな曲を出してきても負けない!


「なんかさ……まだ勝ってないのに言うのもナンだけど」


 上手かみてに戻り、結依が眼鏡グラスを掛けるのと同時に、マリナが額に汗を滲ませて言った。


「ちょっと楽しくなってきたかも、アイドル」

「『ちょっと』? 『ちょっと』って何ですか?」


 言葉では突っ込みながらも、結依は自分の口元が相当ほころんでしまっているのを知っていた。


「そうだよマリナさん、『ちょっと』じゃダメだよ」

「まあ、五番手のマリナ先輩ではそのくらいが関の山でしょう」

「わたくしは、ちょっとじゃなくて大好きですよ、アイドル」


 仲間達が口々に言い合うのをききながら、結依の目は自然と、ステージで繰り広げられる相手チームの二曲目に向けられていた。今度は奇をてらわない三人ユニット。先程の爽やかなサマーチューンと打って変わり、今度はバレンタインをテーマとしたキュート系の曲のようだった。

 なるほど、と結依は得心する。「花鳥風月」と言うからには、誰かが花で誰かが鳥、各々が異なる美観を持ち寄って一つの景色を描き出すという趣向のチームなのかと思っていたが、どうやらそうではないようだ。各々の個性エレメントの集合体である結依達とは異なり、彼女達は、五人全員が千変万化の万華鏡。言うなれば一人一人が花であり、鳥であり、風であり、月であるのが「花鳥風月」なのだ。

 相手チームのパフォーマンスが終わる。今度は少しだけ点差を付けてこちらの勝ち。敢えて勝因を考えるなら――くるくるとキャラを切り替えてみせる相手のよりも、いつもの湊マリナそのままであるマリナのがより審査員と観客の心を震わせたといったところだろうか?

 だとすれば、マリナに感謝しなければならない。結局は自分自身のキャラを貫ける者が強いのだと、彼女が証明してくれたのだから。


「ユイちゃん。信じてるからね」


 華子達が笑顔で結依を送り出してくれた。一勝一敗で迎えた三曲目。先攻こちらの曲は結依のソロだ。眼鏡グラスを外し、ステージに飛び出す直前、結依は下手しもてに下がった「花鳥風月」の面々の顔をしっかりと目に焼き付けた。

 相手にとって不足はない。太陽に挑む前哨戦には丁度いい――。

 敵が野に咲く花ならば、その大地ごと焼き払え。敵が空舞う鳥ならば、灼熱の火矢で撃ち落とせ。

 風にも負けぬ炎であれ。月をも焦がす炎であれ。皆に味わわせよう、「灼熱のユイ」の二つ名の所以ゆえんを!


「みんなの心に、火をつけます!」


 自分の声が人にどう聴こえるのか、結依は知っている。どんなふうに歌えば、どんなふうに心に響くのか。目を閉じていても踊れるほど身体に染み込ませたダンスのステップと共に、結依は自分が信じる自分の歌をマイクに吹き込んでいく。

 結依の頭の中ではしっかりと拍節器メトロノームの針が揺れている。芸能界を離れてからの‌‌空白の三年間、ひたすら無音の世界で修練に励み、身に付けた力。今、曲はどこを走っているのか。自分の歌声はどんな音程で響いているのか。声量は、表現は、ビブラートは――。結依には全てが手に取るようにわかっていた。

 会場の熱気が。スポットライトの熱さが。手にしたマイクのずっしりとした重みが。華子の手製の衣装の肌触りが。こめかみを伝う汗の感触が。少し心地良い舌の乾きが。客席から浴びせられる無数の視線が。何も聴こえなくても、身体じゅうで感じる情報の全てが、結依に進むべき道を教えてくれる。


 ――ああ、今、お客さんが掛け声コールを打っている――。


 眼鏡グラスが無くたってそんなことはわかる。歌詞の区切りに合わせ、満員の観衆が自分の名を叫んでいる。子役アイドルをやっていた頃を思い出すようで、少しくすぐったかった。


 ――超絶チョーゼツ可愛いカワイイ、ユイちゃん!


 AメロからBメロへ。スタジアムに溢れかえる大音響のサウンドが、ダイレクトに全身を、心臓を揺らしてくる。聴こえている人にはわからないのかもしれない。音波が鼓膜を叩かなくたって、この世界はこんなにも身体を弾ませる振動に溢れている。

 サビに差し掛かる頃には、客席の熱気は先程の何倍にも高まっていた。結依がその歌声に、ダンスに、笑顔に乗せた灼熱の熱波が、満員のスタジアムを包み込み、紅蓮一色に染め上げている。

 結依はマイクを握り直した。まだだ。まだ止まらない。渦巻く炎を纏って――もっと前へ!

 一曲を歌い切るだけじゃない。敵の進軍を阻む炎の砦をステージに築くように。その残り火で敵を焼き払い、いかなる反撃をも許さぬように――!


『以上、二対一で、双柱学園高校アイドル部「ELEMENTS」の勝ち――』


 拍手を贈ってくれた「花鳥風月」の面々にぺこりと一礼して競技ステージを降りてからも、結依はいつにない心の高揚と身体の火照りを鎮めることができなかった。

 長い沈黙のさやを払い、夢のルートへの復帰を目指す戦いに舞い戻った興奮か。素晴らしき仲間達との出会いに恵まれ、皆と一緒に勝利する喜びを知った感動か。

 己の中の意志の炎が、これまでよりも一層強く燃え上がっているのを感じる。この火勢なら、きっと、あの太陽をも焦がせる――!



 ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆



 五人でひとしきり喜びを噛み締めあってから、結依達が控室への廊下に出ると――。

 廊下の先には、キャプテンの大宮おおみや冴子さえこを筆頭に、「Marble」の面々が堂々たる佇まいで結依達を待ち受けていた。


「『ELEMENTS』の皆さん。三回戦突破、おめでとう」


 大宮冴子が笑顔で声を掛けてくる。どう答えたものか考えている間もなく、春日瑠璃が冴子に代わって前に出た。

 上級生への遠慮がどうとか、彼女達の関係がとうにそんな次元を超えていることは、先程のパフォーマンスを見てもうわかっている。「Marble」の上級生達は、一年生の瑠璃にチームの命運の全てを託しているのだ。華子達が結依の夢を応援してくれているのと同じように。


「『灼熱のユイ』ちゃん。あなたはきっと、わたしの前に立つと思ってたわ」


 僅か一メートルほどの距離を挟んで向き合い、瑠璃は結依の目をまっすぐ見て言ってきた。上品な色合いのセミロングの茶髪が、僅かに汗を吸ってきらめいていた。


「あのライブで向かい合った時から……。ううん、あなたが芸能界テレビから姿を消した、その時から」


 瑠璃の発言をきいて、結依はハッとした。彼女は、自分のことをそんなに前から意識してくれていたのか――。


「去年の全国中学生大会インターミドルは敵がいなくてつまらなかったわ。なんであなたが出てくれないんだろう、って、ずっと思ってた。……わたしは、名古屋エイトミリオンに入る前に、対等な相手と互角の勝負がしてみたかったのよ」


 直接言葉を交わすのは、まだこれが二度目なのに。

 結依には、眼前に立つ瑠璃の言葉が全て本音であることが、何故かハッキリとわかった。


「そうだよね……。ルリちゃんは、名古屋エイトミリオンに入るって決まってるんだもんね」


 先日の「Marble」のライブの壇上で、名古屋エイトミリオンを日本一のグループにすると啖呵を切った瑠璃の姿が思い出される。スクールアイドルとしての目標なんかではなく、当たり前のようにプロ入り後のことを語ってみせた瑠璃。事実、彼女にとってそれは当然のことなのだろう。出任せでもハッタリでもない、ただの既定事項――。

 結依わたしがまともにオーディションを受けさせてすらもらえない一方で、世の中には居るのだ。生まれた時からエイトミリオングループの名簿に名前を載せられている子が。


 ――いやいや、と、結依は心の中で首を振った。

 血統とか才能とか、どうにもならないことで他人を羨んでも始まらない。自分がするべきは、自分の力を信じて戦うことのみ。

 だから、結依は、瑠璃のきらきらした瞳を見上げたまま、ふわっとした笑みで言葉を包んで告げた。


「ごめんね。名古屋のファンの人達には悪いけど、名古屋エイトミリオンは今後も日本一のグループにはなれないよ」

「え?」

「わたしが秋葉原本店に入って、トップに立つんだから」


 ごう、と炎の波が渦を巻いて相手に殺到するのが、結依には見えるようだった。

 この太陽がそんな炎に怯むような相手ではないこともわかっている。瑠璃はくすっと楽しそうに笑うと、「楽しませてね」と言い残し、上級生達と一緒にきびすを返して廊下を去っていった。

 前哨戦は終わった。あとは勝つだけ――。


「ユイちゃん。ユニット曲のセンターは返すわ」


 瑠璃達の背中を見送った後、マリナが横からぽんと結依の肩に手を乗せ、そう言ってきた。えっ、と結依が彼女の顔を振り返ると、マリナは自信に満ちた顔で続ける。


「あたしを見くびらないでよね。今度こそ、ちゃんとあなたを引き立ててみせるわよ。華子ちゃんもそうでしょ?」

「……うん。サポートはわたし達に任せて、ユイちゃんは全力で戦って」

「マリナさん……華子さん」


 二人の目は炎の色をしているように見えた。そうか、自分の炎が彼女達にも燃え移っていたのかと、結依は今更ながらに気付いた。


「自分達も今度は負けない。ね、あいりちゃん」

「ハイ。三回目は二回目よりもっと素敵に歌ってみせます」


 怜音とあいりも前向きな闘志の炎に目を輝かせていた。結依は、ふっと笑って四人に応える。先程、控室で言ったのと同じ言葉で。


「わかりました。勝ちましょう、みんなで!」


 灼熱の血がこの身にたぎる。立ちはだかるは、万物を焼き尽くす紅蓮の太陽。

 こんなところで負けるわけにはいかない。部活動の地方大会如きで勝てないで、どうして秋葉原エイトミリオンのトップになんて立てるものか。

 必ず勝つ。勝って証明してみせる。今日まで自分が歩んできた日々の――逆境の中で燃やし続けてきた炎の、その価値を――!

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