その9 列叙法


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 彼女達をアキバのオタク向け集団から国民的アイドルに変えた「RIVER」か、全国にAKB旋風を巻き起こした「ヘビーローテーション」か、日本中を踊らせた「恋するフォーチュンクッキー」か。

 いや、数多の名曲ひしめく中で私は敢えてこれを推したい、夢見る少女達の汗と涙を描いた「初日」という一曲を。


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 私達はこれまでに見てきました。美しく文章を彩るレトリックの御業みわざの数々を。

 直喩シミリが誰も気付いていなかった物事の関連性を創り出すさまを。隠喩メタファーが真実よりも鮮やかに物事の輪郭を描き出すさまを。転喩メタレプシスが暗黙の秘め事によって筆者と読者の絆を深めてくれるさまを。諷喩アレゴリーがおとぎ話のような言葉遊びの楽しさを与えてくれるさまを。

 そして、このように、同じカテゴリーの言葉を次から次へと並べ立てることで文章に一種の情感をもたらす技法もまた、しっかりと修辞技法の一つとして知見が蓄積されています。そう、列叙法れつじょほうaccumlationアキュムレイション)です。


 日本語で「1」は「一」、「2」は「二」、「3」は「三」と表記するわけですが、幸い、漢字を生み出した古代中国の人達の工夫により、私達は「7」や「48」や「1830」といった数を表記する際に、紙に収まりきらないほどの棒線を引く必要はありません。それどころか、二万年や一億光年といった途方もない数値、果ては永遠や無限といった概念さえも、ただ一言の言葉の中に包み込んでしまうことができます。有限の語彙ごいをもって無限の事象に対処するという言語の在り方を考えれば、これはきわめて自然な進化といえるでしょう。

 それに引き換え、「RIVERか、ヘビロテか、恋チュンか……」と具体物を連ねていく言葉遣いの、なんと不経済なことでしょうか。しかし、それにも関わらず、私達は時として、「無数の」とか「多くの」といった経済的な言葉遣いの代わりに、その「無数」が内包する要素を一つ一つ数え上げていきたくなるものです。

 列叙法とは、そのように、ある集合に属する要素を「Aとか、Bとか、Cとか、Dとか……」と次々に並べ立てていく修辞技法であるといえます。集合にくくって一言で表すこともできる「無数の」モノたちを、あえて一つ一つ挙げていくことで、その集合の巨大さや、構成要素の豊富さ・多彩さなどを引き立たせることができるのです。


 とはいえ、ある集合の要素の「全て」を挙げきることなど、通常はできません。AKB48の関連楽曲を全て挙げることなど秋元康氏にも無理でしょう。

 しかし、それで構わないのです。そもそも、列叙法の効果は、「ここに挙げられたものが全てではない」という点に立脚しています。「AやB、それにCやDといったものがある」と例を挙げられたとき、読者は「他にもEとかFとかGといった無数の要素があるのだろう」と自然に想像します。「既にこれだけ多くの例が挙げられていながら、まだ果てが見えない」という読者の認知をもって、たかだか紙面に収まる程度でしかない要素の羅列は、初めて「無数の」という一言と置き換えられるわけです。


 さて、AKB48には、一般によく知られた「RIVER」や「ヘビーローテーション」、「恋するフォーチュンクッキー」などの曲の他にも、「大声ダイヤモンド」「重力シンパシー」「僕の太陽」「君のことが好きだから」「only today」「純愛のクレッシェンド」「最終ベルが鳴る」「ゼロサム太陽」「彼女になれますか」「ファーストラビット」などなど無数の名曲があるわけですが……

 この先どれほどの神曲が世に出たとしても、永遠に覆ることのない私のイチオシは、2008年初演のチームB 3rd「パジャマドライブ」公演にて初披露された「初日」という曲です。名も無き少女達が汗と涙の果てに夢のステージに立つさまを描いたこの曲は、時を経てSKE48やNGT48にも歌い継がれ、私に限らず多くの48グループファンが不朽の名作として讃える一曲となっています。


「一人だけ踊れずに帰り道泣いた日もある

 思うように歌えずに自信を失った日もある」


「怪我をして休んだとき悔しくて泣いた日もある

 学校とレッスンの両立に諦めた日もある」


 どこに●ASRACの回し者が潜んでいるか分かりませんので、あまり長くは引用できませんが、秋元氏がメンバー達の実体験から書き起こしたというこの曲の歌詞には、列叙法が巧みに用いられています。

 彼女達が高倍率のオーディションや過酷なセレクション審査(レッスンの仕上がりが悪いとクビにされる)をくぐり抜けて「初日」を迎えるまでには、それこそ無数の艱難かんなん辛苦しんくがあったことでしょう。歌詞に挙げられた四つの例が私達に伝えてくるのは、単なる四つの悔しい出来事の羅列ではなく、彼女らがこのステージに立つまでに流してきた無数の汗と涙の軌跡なのです。


 なお、列叙法には、「AやBやCやDや……」と複数の異なる要素を並べ立てていく用法だけではなく、「Aというものは、Xであり、Yであり、Zであり……」と、ある一つのものの特徴を並べ立てていく用法もあります。「アイドルへの道は細く狭く険しい」とか、「だからこそ、その輝きは明るく美しく気高い」とか。

 ネガティブな特徴やポジティブな特徴をいくつも並べることで、そのものの性質がより引き立てられることがおわかりでしょう。



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 以下、実践編です。



【実践例1】


 だが、感傷的になっても仕方のないことだった。カスガには自分の人生を走り続けるだけで精一杯だった。友の涙を思うことよりも、誰より多く配信動画の再生数を稼ぎ、誰より強く握手会でファンの心を掴み、誰より可愛らしくコンサートで歌い踊ることのほうがずっと大事だったのだ。

 (『48million ~国民総アイドル社会~』 第4話「ルームメイト」)


 いつの時代もアイドル稼業は大変なもので、このカスガちゃんも、親友に同情する時間すら惜しんで厳しい努力を続けているようです。動画配信と握手会とコンサートだけが彼女の日常の全てということはないでしょう。ダンスのレッスンとか、ボイストレーニングとか、現代で言うところのSNS活動とか、グラビアの撮影とか、バラエティ番組の雛壇ひなだんに座ったりとか、他にも無数にあるはずの彼女の活動が、ここではただ三つの例によって代表されています。


 注目して頂きたいのは「誰より多く~」「誰より強く~」「誰より可愛らしく~」と、全ての箇所で同じ語形が繰り返されていることです。こうした小技を組み合わせることで、列叙法の効果はさらに引き立ちます。

 以下のような例もあります。


 腕組みを解き、マグカップのミルクをぐいと飲み干してから、白山は告げた。

「『本採用見送り』などと巧みに言葉を言い換えて労働者を騙す違法企業を許してはならない。万引きが窃盗であり、援助交際が売春であり、カツアゲが恐喝であり、いじめが暴行・傷害であるように――『試用期間後の本採用見送り』は、不当解雇という名の違法行為なのだ」

 (『ブラック企業をぶちのめせ!』 第3話「無知あるいは悪意」)


 この台詞では、「XがYであり」という語形が繰り返し用いられています。Xには「万引き」や「援助交際」など、犯罪行為を軽い言葉で言い換えた日常語彙が入り、Yにはそのものズバリの罪名が入っています。この白山という弁護士は、ブラック企業の詭弁きべんが実は違法行為であることを強調するために、いくつもの犯罪を同じ言い方で並べ立て、「世間で軽く思われているが実は重罪である行為はこんなに沢山あるのだ」という事実をあらわにしているのです。



【実践例2】


「だからさぁ、前のときに言ったじゃん。ジャリばんはこれっきりだって」

 高級ホテルの一室の高級ソファの上で偉そうに足を組み、高級スーツに身を包んだ高級スターは高級サングラス越しに南川みながわを見下してきた。

 (『美女と野獣の仮面武闘スーツアクト』 第7話「スターとジャリ番」)


 ここでは、「高級●●」という言葉をこれでもかと並べ立てることで、このスターがどのような人物なのかを描写しているのですが、一文の中で異彩を放っているのは「高級スター」という部分です。「高級ホテル」や「高級ソファ」は普通にわかります。「高級スーツ」や「高級サングラス」も特におかしな表現ではないでしょう。しかし、「高級スター」などという言い方があるでしょうか。

 これは、列叙法を隠れみのにした一種のユーモア表現であるといえます。前後の文脈なく「高級スター」と言われても意味が通じませんが、高級ホテルや高級ソファや高級スーツや高級サングラスで彼を取り囲むことで、「身の回りの全てを高級な物で固めた嫌味なヤツ」くらいの意味を「高級スター」という造語に即席で与えているのです。

 こうした言葉遊びを仕込みやすいのも、列叙法の特徴の一つといえるでしょう。



【実践例3】


 瞬間、ツバメの五感は、意識は、あの日の記憶に塗り潰された。

 炎に飲まれる地下空間。逃げ惑う人々の鬼気迫る表情。

 人々の悲鳴と怒号。鳴り響く警報。獣の如く唸りを上げる炎。

 人間の身体が焦げる臭い。

 口腔を侵掠する煤煙の味。

 母の手が離れる瞬間の、最後の温もり。


 (『48million 〜アイドル防災都市戦記〜』 第19話「青春の時計」)


 これは列叙法の中でもテクニカルな例です。奇しくも、前回の「誇張法」でも同じツバメちゃんの五感について検討しましたが、今回の彼女の五感はしっかり五つとも機能しているようです。

 一文目にある「五感」というワードをキーにして引用文を点検してみると、

 「炎に飲まれる地下空間」「逃げ惑う人々の鬼気迫る表情」は彼女の視覚が捉えた光景であり、

 「人々の悲鳴と怒号」「鳴り響く警報」「獣の如く唸り(を上げる炎)」は聴覚が捉えた音であり、

 「人間の身体が焦げる臭い」は嗅覚、

 「口腔を侵掠する煤煙の味」は味覚、

 「母の手が離れる瞬間の、最後の温もり」は触覚がそれぞれ捉えた情報です。

 つまり、この部分は、幼き日の彼女が捉えた災害の記憶を、五つの感覚ごとに分類して列挙しているわけです。



【実践例4】


「労基署は労働関係の警察と言われる。それはただの比喩ではなく――労働関係の犯罪事案について、彼女らは強力な捜査権限を与えられているのだ。事業所に臨検し、証拠物を押収し――時には違反者を逮捕する権限さえもな」

 白山が彼女を振り返ってさらりと告げたその説明には、静かな怒りが込められているように聴こえた。

 (『ブラック企業をぶちのめせ!』 第26話「労働基準監督官」)


 レトリックの巧みな使い手である白山弁護士が、労働基準監督官の権限の幅広さを三つの例によって説明している台詞です。

 これまでに見てきた列叙法の例文と一味違うのは、「事業所に臨検し」→「証拠物を押収し」→「時には違反者を逮捕する」と、述べる権限の強さが順を追って増大している点です。事業所に捜査に入るだけよりも、物を押収してしまう方がさらに強烈ですし、まして人を逮捕するというのはそれ以上に強力な権限です。


 このように、小さな内容から順を追って大きな内容にシフトしていく列挙の仕方は、列叙法の中でも、特に「漸層法ぜんそうほう」(climaxクライマックスあるいはgradationグラデイション)と呼ばれる技法にあたります。漸層法の「漸」という字は「次第に」「段々」という意味ですから、少しずつ階層を上がっていくさまがイメージできるでしょうか。

 なお、漸層法という分類を採用する場合、漸層法ではない普通の列叙法のことは「列挙法れっきょほう」(enumerationイニュメレイション)と呼ぶことがあります。



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 以下、演習編です。お時間のある方はコメント欄にてどうぞ。


【演習1】

 「誰より多く配信動画の再生数を稼ぎ、誰より強く握手会でファンの心を掴み、誰より可愛らしくコンサートで歌い踊る……」や「万引きが窃盗であり、援助交際が売春であり、カツアゲが恐喝であり……」といった例にならい、共通の語形で複数のフレーズを並べ立てる列叙法の表現を作ってみましょう。


【演習2】

 小さな内容から順を追って大きな内容へとシフトしていく「漸層法」を用いた表現を作ってみましょう。

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