その8 誇張法
◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆
二万年に一人の美少女と呼ばれる
◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆
前回の更新から少し間が空いてしまいました。万が一、
一日が千の秋にも等しく思えるということですから……、この「秋」は「一年」を表す
……などと馬鹿馬鹿しい言葉遊びはこれくらいにして、今回は「
これまで皆さんは、レトリックの王道たる「比喩」について、
今回取り上げる「誇張法」は、その名の通り、物事を事実以上に
先程のくだらない言葉遊びを遡って検討するまでもなく、皆さんも普段から、「死ぬほど疲れた」とか「万感の思いを込めて汽笛が鳴る」などといった誇張表現のお世話になっていることでしょう。「目に入れても痛くない」とか「ほっぺたが落ちるような美味しさ」など、慣用句として定着している誇張表現も星の数ほどあります(私達の銀河系には2,000億もの恒星があり、地上から肉眼で見える1等星~6等星に限っても約8,600個あるそうですから、どう考えてもこれも誇張表現でしょう)。
ハリウッド映画の宣伝文句に「全米が泣いた」というお決まりの表現があります。この「全米」とは、「アメリカ合衆国の全土に居住する人々」を表す
これは、物事を事実以上に過大に述べる誇張表現です。「とにかく沢山の人が感動した」と言うかわりに、明らかにウソであるとわかる「アメリカの全国民が……」「AKBファンが一人残らず……」という巨大な主語を置くことで、その程度を引き立たせているわけです。
もちろん、それとは逆に、物事を事実以上に過小に述べる誇張表現もあります。「猫の
全国100万人の中二病
まあ、そうは言っても、日本中をくまなく探せば、「刹那」という単語を使ったことのない中二病作者もいくらかは居るでしょうから、「一人の例外もなく~」というのは「刹那の瞬間」に負けず劣らずの大ウソ、もとい誇張法です。
物事の珍しさを表すのにも誇張法は効果的です。「十年に一人の逸材」とか、「
恐らく、博多のローカルアイドルから一躍全国スターとなった
これに悪ノリを重ねるような形で誰かが言いだしたのが、同じチーム8の
地球から最も近くで起こったガンマ線バースト(宇宙で起こる爆発現象)が1億2200万光年ほどの距離だったそうですから、その辺りまで飛んで行けば彼女と同等の美少女がもう一人いるのかもしれません。さぞ眩しい笑顔を放つアイドルなのではないかと思います。
ところで、「二万年に一人」の小栗有以は、よくファンに向かって「皆のハートを取っちゃう取っちゃう」などと言っているのですが、いくら彼女が
このように、単純に数や量を拡大縮小するだけではなく、現実には有り得ないような結果をもたらしたり、過程を飛ばして結果に辿り着いたりといった「ウソ」を平然と述べるのも、また誇張法のなせる
その昔、板野がCDで聴いた落語に、女性が美形の男性を見て「なんだか顔を見てるだけで妊娠しそうだわ」なんて一節がありました。
◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆
以下、実践編です。
【実践例1】
チクサの言葉に観客は全力の拍手と声援を贈った。この国のすべての人の声を合わせたよりも大きいのではと思うほどの大声援が、広大なスタジアムにチクサの名を何度も何度も共鳴させた。
(『48million ~国民総アイドル社会~』 第19話「見たかった景色」)
作中の描写によれば、このスタジアムには5万人の観客が集まっていたようです。一方、別のエピソードでは、この国の総人口が約1億4千万人であることが明かされています。実に2,800倍も大袈裟なことを言っているのですが、こうした極端な数字を一言で飲み込んでしまえるのが誇張法の力であるといえます。
【実践例2】
「皆さん、こんばんは」
たった九文字の挨拶のはずなのに、その言葉を聴いただけで嗚咽を漏らす観客もいた。ツバメもステージの袖から、衣装の下で鳥肌が立つのを感じながら、じっと彼女の姿を見ていた。釘付けなんてものではない。ツバメの視界には、五感には、いま、彼女しか存在していなかった。
(『48million 〜アイドル防災都市戦記〜』 第19話「青春の時計」)
ご承知の通り、五感とは「視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚」の五つを言うのですが、このときツバメちゃんの五感は「彼女」しか捉えていなかったといいます。もちろん、それは、嗅覚や味覚を含む五つの感覚の全てで「彼女」の存在を味わっていたというような意味ではないでしょう。「彼女」の神々しい姿を捉えるので意識が精一杯になり、五つある感覚の内、視覚(それとせいぜい聴覚)くらいしか機能しなくなっていた――ということが言いたいのだと思います。
現実には、どんなに感動的な光景を目にしたところで、嗅覚や触覚が機能を止めてしまうというようなことはありませんので、これは誇張法に基づく表現ということになります。
なお、この例文の前半にある「たった九文字の挨拶のはずなのに、その言葉を聴いただけで嗚咽を漏らす観客もいた」という部分は、恐らく誇張法ではありません。その観客は本当に「皆さん、こんばんは」という挨拶を聴いただけで嗚咽を漏らしたのでしょう。ガチのアイドルファンというのはそういう生き物です。
【実践例3】
消え入るようなチクサの声を聴くまでもなく、男性が彼女の父親であることはツルマにも直感でわかった。大昔のドラマのようにビンタが飛ぶのかと思ってツルマは息を呑んだが、さすがの男性も娘に向かって暴力に訴えるまでのことはしなかった。かわりに飛んだのは、このあたりの街路全てに響き渡るのではないかというような怒りの罵声だった。
(『48million ~国民総アイドル社会~』 第3話「パーソナルライン」)
これは明らかな誇張表現です。この男性がどんなに大声の持ち主だったとしても、街路全てに怒声が響き渡るはずはありません。
……という説明でよかったでしょうか?
いやいや、待てよ、と。人の叫び声が全域に響いてしまうくらい狭い路地だった可能性はないのか、と問い詰めたくなる方もいるかもしれません。
しかし、それであれば、作者は「街路全てに響き渡るのではないかというような~」などと書かず、「街路全てに響き渡る罵声だった」とストレートに書くはずです。「~のではないかというような」と書いてあることによって、読者は、この街路の広さを知らなくても、とりあえずこの部分は誇張表現であるということがわかるのです。そして、そこから逆順を辿り、この街路がそれなりの広さであるという事実が読者に伝わります。
誇張法に限ったことではありませんが、レトリックには、このように、ウソだと明示した形式でウソを述べることにより、逆接的に事実を伝えるという利用法もあるのです。
【実践例4】
「……あの、梅野さん。わたし、酒田監督のことが週刊誌に出るって見たんです。それで――」
「知ってるわ。……きっと、レナちゃんもその話でわたし達を呼んだのよ」
後部座席で隣に座る梅野もまた、サヤカが見たこともないような緊張を顔に貼り付けているように見えた。病院に着くまでの僅かな時間が、サヤカには一本の映画よりも長く感じられた。
(『美女と野獣の
タクシーで病院に向かうシーンです。「病院に着くまでの僅かな時間」が具体的に10分か20分かは書かれていませんが、前後の文脈から、少なくともそれが一本の映画の上映時間よりはずっと短い移動であったことがわかります。陰鬱な時間を長く感じたり、充実した時間を短く感じたりするのは人類普遍の真理のようです。
ここでは、映画の制作に関わる人達の話なので「映画(の上映時間)」を比較対象に使っているのですが、時間にまつわる誇張表現は他にも無数に考えられます。
ちなみに、もし彼女らがタクシーで都内の病院に移動するのではなく、上越新幹線で2時間かけて新潟にでも向かったのであれば、この表現は誇張法として成り立たなくなる可能性が高いでしょう。その移動には現実に一本の映画よりも長い時間がかかることになり、大袈裟でも何でもなく普通に所要時間を説明しているだけになってしまうからです。
これと同じ作品の劇中劇から、誇張法のようで誇張法ではない表現を一つ見ておきましょう。
【誇張法ではない例】
「シェエリャアッ!」
閃光一瞬、彼のかざした
希望と驚きに満ちた視線で自分を見上げてくるシュンに、軽やかに親指を立ててみせてから、エイトは音をも追い越す速さで青空へと飛び立った。
(『美女と野獣の
ここで颯爽と変身を遂げた「エイト」とは、本作の劇中劇に出てくる巨大ヒーローです。要はウルトラマンのようなものだと思ってください。
その彼は「音をも追い越す速さ」で空へ飛び立ったとあります。普通の
もし、これが人間の徒競走の話や、現実的なバイクレースの話などであれば、この一節は誇張法に基づく表現として解釈されることでしょう。どんな人間もバイクも、マッハ1を超えるような速度で疾走することはないからです。
しかし、相手はウルトラマンのような巨大ヒーローです。マッハ3やらマッハ7やらの速度で空中を飛び回るのが当たり前の連中です。そうなると、「音をも追い越す速さ」で飛び立ったというのは誇張でも何でもなく、本当にマッハいくつかで飛んでいったのだと解釈するべきでしょう。つまり、これは誇張法ではありません。作者はただ、「エイト」がマッハ1以上の速度で飛び立ったという事実を正直に書いただけなのです。
◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆
以下、演習編です。お時間のある方はコメント欄にてどうぞ。
【演習1】
題材・形式は問いません。誇張法を用いた面白い表現を見せてください。
【演習2】
一見すると誇張法のように見えるが、実は誇張法ではなく事実を述べているだけ……という文を作ってみましょう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。