その7 諷喩(アレゴリー)


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「12時まで魔法は解けない」――この言葉を口にするのも今夜が最後。劇場の片隅から駆け上がったシンデレラガールが、 ガラスの靴を脱ぐときが来たのだ。


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 今回紹介する「諷喩ふうゆ」(allegoryアレゴリー)は、この上なく「物書き好み」の技法といえます。


 アイドルを星に、顔の怖い男を野獣に、太った男を豚に、難解な話を連立線形微分方程式に……。ある物事を別の物事にたとえて表現する直喩シミリ隠喩メタファーの技法について、皆さんは既に十分な理解を深められていることと思います。

 しかし、言うまでもなく、物書きの仕事は一文だけをつづって完結するものではありません。ある一文の先には、それに連なる文章があり、それらが織り成す一編の物語があります。そうなると、せっかく思いついた秀逸な比喩ひゆを、一つの文でしか使わないのは勿体無いと思ってしまうのが物書きのさがではないでしょうか。


 例えば、あるアイドルを夜空に輝く星にたとえたとします。すると、彼女がチームメイトやファンを導くリーダー的な人物であれば、その存在感を「北極星」にたとえたくなるかもしれません。彼女が他のメンバーと比べて際立った魅力を有しているなら「一等星」と呼びたくなりますし、そんな彼女と互角の輝きを放つメンバーがいれば、二人揃って「連星」と呼ぶのもいいですね。颯爽さっそうとデビューを果たした彼女の新人時代を「超新星」とたとえても面白そうですし、惜しまれながら引退する彼女の姿は「流れ星」と表現されるのかもしれません。

 このように、ある一つの比喩を起点として、それと同系統の比喩を続けざまに繰り出し、たとえ話を連ねていく技法を、諷喩アレゴリーといいます。


 実は、これまでに見てきた各種の比喩の例文の中には、この諷喩アレゴリーの要素を併せ持っていたものが少なくありません。

 例えば、直喩シミリの項で検討した、

恒星こうせいとしての寿命を終えた後も、赤色せきしょく巨星きょせいの如く輝きを放ち続けるかと期待された前田敦子だったが、現実には白色はくしょく矮星わいせいが関の山であった。」

 という文章は、前田敦子を一度「星(恒星)」にたとえたことを皮切りに、赤色巨星、白色矮星という同系統の比喩を続けざまに繰り出し、彼女の芸能人生を天体の末路になぞらえた諷喩アレゴリーだったのです。


「12時まで魔法は解けない。ガラスの靴は脱ぎません」

 とは、SKE48を支えたダブルセンターの一角、松井玲奈が劇場公演での名乗りに使っていたキャッチフレーズでした。

 デビュー当初から最年少センターとして持てはやされていた松井珠理奈と異なり、劇場の片隅のポジションからそのキャリアをスタートさせた彼女は、絶対的エースと同じ名字に生まれついた1%の幸運と、99%のたゆまぬ努力で徐々に頭角を現し、いつしか珠理奈と並ぶツートップの座を不動のものとしていきます。そんな自分自身の姿をシンデレラになぞらえていたのか、彼女はある頃からこのフレーズを好んで用いていました。

 冒頭の文の「ガラスの靴を脱ぐときが来たのだ」という一節は、このフレーズを下敷きにし、シンデレラにたとえられた松井玲奈の卒業を「ガラスの靴を脱ぐ」という言葉で言い換えた諷喩アレゴリーです(前回取り上げた、「ユニホームを脱ぐ」や「バットを置く」で引退を表す転喩メタレプシスとの合わせ技です)。


 ところで、SKE48の一期生にはシンデレラだけではなく白雪姫もいました。「名古屋の白雪姫スノーホワイト」こと大矢おおや真那まさなです。SKEの屋台骨の一人として多くのファンに愛された彼女は、この秋にいよいよ卒業を予定していますが、もちろん、彼女がマイクを置くさまを「ガラスの靴を脱いだ」と言い表すことはできません。「ガラスの靴」のたとえは、あくまでシンデレラを名乗っていた人物に関してのみ成り立つのです。

 つまり、諷喩アレゴリーとは、前提となる比喩(「シンデレラ」)と、それに連なる比喩(「ガラスの靴」)の間に繋がりが見出せる場合にのみ認められる修辞技法ということになります。


 18世紀にクレヴィエがあらわした『rhétorique français(フランス語レトリック)』では、17世紀の詩人マレルブの「そなたのいかずちをとれ、ルイ王よ、そして獅子のごとく進め」という一節に関して、「雷」と「獅子」では比喩の系統が一貫していないから良くないという指摘がなされています。ここで「獅子のごとく」ではなく「ユピテルのごとく」と書けば、雷の神であるユピテルのイメージが雷と繋がって、諷喩アレゴリーが成立するというのです(なお、この例は、故・佐藤信夫教授の『レトリック認識』からの孫引きです)。


 その点、

「玲奈ちゃんと私は対照的だから、よく玲奈ちゃんが月で私が太陽みたいな存在ってたとえられることが多いけど、私にとってはずっと玲奈ちゃんが太陽のような存在でした」

 と述べた松井珠理奈は、まことに優れた諷喩アレゴリーの使い手であったと言えます。


「月は、太陽の太陽になった。」

 さかえのダブルセンターの絆をつづったこの一節は、月と太陽という対になる概念を対置した諷喩アレゴリーです。これが、もし、

「かすみ草は、太陽の太陽になった。」

 とか、

「シンデレラは、太陽の太陽になった。」

 という文であったらどうでしょうか。松井玲奈は確かに「SKEのかすみ草」であり「シンデレラ」でもありましたが、彼女がいかに多くの肩書きを持っていようとも、ここには「月」しか入りようがないことがよくわかると思います。



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 以下、実践編です。



【実践例1】


 冷たい秋の風が彼の武骨な顔面を刺す。手すりから身を乗り出して覗き込んだ先は真っ白な路面だった。無人自動車が行き交う高層道路。我が国の地上交通のすべてを手中に収める、柏崎かしわざきの主君は、これからも全国の工場で無数に自動車を生産し続ける。だが、彼が第二の家族と思って付き合ってきた仲間の半数は、その王国から無慈悲に追い出され、苦しい暮らしを強いられることになる。

 (『48million 〜アイドル防災都市戦記〜』 第6話「リストラクション」)


 この柏崎かしわざきという男性は、国内で唯一にして最大の自動車メーカーの社員です。つまり、文中で「主君」とあるのは、文字通りの王様や殿様のことではなく、彼の勤める会社やその経営者を言い換えている隠喩メタファーです。

 続く一文では、その「主君」の君臨する領域が「王国」と呼ばれています。同系統の隠喩メタファーを連続で繰り出し、会社組織からのリストラを王国からの追放になぞらえている諷喩アレゴリーです。仮に、会社や経営者を「神」と言い換えていたなら、ここは「天国」や「楽園」とでもなるところでしょう。

 なお、この類似構造を逆用すれば、文字通りの王国から国民が追放される話を、会社からのリストラにたとえて説明することもできそうです。



【実践例2】


「その子とあなたじゃ、立場が全然違うでしょ」

 クリスはさらりとした口調でカスガのことを切って捨てた。チクサはそんなことをなるべく意識したくはなかったが、しかし彼女の言いたいことは否が応でも理解できてしまう。

 親友をふもとに置き去りにして、チクサは山巓さんてんへ駆け上がってきたのだから。

 (『48million 〜アイドル防災都市戦記〜』 第16話「伝説のアイドル」)


 ここでは、国を代表するトップスターの地位まで上り詰めた芸能人が、ごく平凡なアイドルとして芸能生活を終えた親友のことを「ふもとに置き去りにした」と表現しています。山の頂上を意味する「山巓さんてん」をこれと対置して、同系統の隠喩メタファーを連ねる諷喩アレゴリーを構成しているのです。

 古くから人にとって身近な存在であった「山」は、同系統の比喩を連ねやすい題材です。もし、トップアイドルを目指したが夢半ばで挫折した……という人物がいれば、その人生は「五合目」や「遭難」といった言葉で表せそうです。また、トップスターが「頂上」への「登頂」を果たすにあたり、その「登山」を親身に手伝ってくれた人物がいるなら、その人を「シェルパ」などとたとえてみるのもいいかもしれません。



【実践例3】


「試用期間の趣旨とやらは、それだけか」

 白山しろやまは腕組みをしたまま、とんとんとん、と右手の指で自身の左の肘を叩いている。ごくりと息を呑む志津しづの眼前で、ハゲ校長は見苦しくもう一度、「お見合いだよ、試用期間は」と繰り返した。

「潰れろ」

 辣腕弁護士の口から、冷ややかな言葉が重たい響きで発せられたのを、志津は確かに聞いた。

「違法企業が一人前の綺麗事を叩くな。何が見合いだ。貴様のしたことは、嫁入り前の娘のもとに夜這よばいをかけて手籠てごめにした挙句、やはり具合が気に入らんからと責任も取らず放り出したに過ぎん!」

 (『ブラック企業をぶちのめせ!』 第5話「お見合い期間」)


 中小ブラック企業の経営者は、よく従業員の試用期間をお見合いにたとえるようです。会社と従業員が互いを知り合うという建前の「試用期間」と、男女が互いを知り合う「お見合い」の間に、彼らなりの類似性を見出しているのでしょう。

 この場面では、ブラック企業の天敵である白山弁護士が、この隠喩メタファー詭弁きべんであると切って捨てます。「お見合い」という平穏で合法的なイメージのたとえを踏み台にして、「夜這よばい」「手籠てごめ」という野蛮な隠喩メタファーを繰り出し、経営者の所業を糾弾きゅうだんするのです。

 経営者の行為を単に隠喩メタファー で言い換えるだけなら、「拾ってきた子犬をやはり飼えないからと雨の中に放り出した」とか、言いようは他にもあります。しかし、ここでは、相手が先に会社と従業員の関係を男女の縁にたとえてきたので、その言葉尻をとらえ、諷喩アレゴリーの構造で反撃しているわけですね。



【実践例4】


 白山しろやまの鋭い双眸はかつてない怒りに燃えていた。全身真っ白な彼の姿を赤く染め上げるかのように――揺れる炎を宿した怒りのオーラが、その足元から静かに立ち上っている。

 志津しづは奇しくも目にすることになったのだ。小説の題材取りの最後の最後に、正義の白き狼が真の牙を剥く姿を。

「断じて容赦などせん。叩き潰してやる」

 (『ブラック企業をぶちのめせ!』 第26話「労働基準監督官」)


 引き続き白山弁護士の登場です。「法曹ほうそう界のホワイトウルフ」を自称する彼は、作中でもよく「白き狼」にたとえられています。そこで、彼が怒りを燃やすさまを「牙を剥く」と表現すれば、狼の隠喩メタファーから連なる諷喩アレゴリーが完成します。

 人を動物にたとえるという技法はよく用いられますが、その隠喩メタファーを利用してさらに諷喩アレゴリーを連ねていけば、その人物のことをより生き生きと描写することができるのです。



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 以下、演習編です。お時間のある方はコメント欄にてどうぞ。



【演習1】

 人間の死や引退、組織の解散など、何らかの物事の終焉しゅうえんを、諷喩アレゴリーを用いて説明する文を作ってみましょう。


【演習2】

 ある人物を何らかの生き物にたとえ、そこから連想される比喩を連ねてその人物のことを説明する諷喩アレゴリーの文を作ってみましょう。

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