その5 提喩(シネクドキー)
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我が国では、「熱いものが頬を伝う」といえば、その「熱いもの」は太陽フレアや充電直後の携帯電話ではなく「涙」であると伝わります。同様に「空から白いものが降り積もる」といえばそれは「雪」のことですし、同じ「白いもの」でも「母の髪には白いものが混ざり始めてきた……」といえば「
これらの表現は先人達が蓄積してきた慣習に沿っている面が大きいと思われますが、そもそもその慣例を成り立たせているのは、
反対に、
イエス・キリストは「人はパンのみにて生きるにあらず」という聖句を残しましたが、これはパンがなければお菓子を食べろということではなく、「パン」という言葉一つで「食べ物全般」、ひいては「(神の教えという精神的領域に対する)物質的領域全般」を表しています。
このように、
抜群のセンター適性を持つアイドルを前にして、「彼女はまるで前田敦子のようだ」と書けば
ここで「前田敦子」の名前は、時に巨星であり時に豆電球である彼女本人を指しているわけではなく、「センター向きのアイドル」または「現にセンターを張っているアイドル」という意味の修飾語として機能しています。そのような人物は前田敦子に限らず何人でも存在しているはずですが、ここでは前田敦子という
囲碁の名手が「
もちろん、逆の例もあります。「
このように、一般名詞が特定の人物を指す固有名詞に成り代わってしまうのは、
こうした、一般名詞で特定の人物を表す
なお、古来より、
皆さんにご理解頂きたいのは、修辞技法の定義は「この表現は絶対にこの分類」とハッキリ定まるものではなく、同じ表現でも見方によっては
さて、ここまで駆け足で「類似性の
そこで、三大類型のおさらいとして、毎度おなじみ、故・佐藤信夫教授の『レトリック感覚』より、おとぎ話の主役達の名付けをこの三つの比喩で説明するくだりをご紹介しましょう。
まず「白雪姫」です。これは
対して、「赤ずきん」は
最後に、「人魚姫」は
白雪姫は
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以下、実践編です。
【実践例1】
「式はわたしの誕生日に挙げようね」
わたしの無茶振りに彼は当惑しながら、それでも最後は隣で強く頷いて笑ってくれた。
(『女神のウェディングベル』 第2話「百億分の一の君へ」)
作品のタイトルを見るまでもなく、この微笑ましい二人が、まさか葬式や入学式の準備を始めるところだとは誰も思わないでしょう。二人が彼女の誕生日に何をするつもりなのかは、「挙式」という言葉が一般に結婚式を意味することからも明らかです。
これは「式」という
【実践例2】
じきに兄のコーヒーとツルマの炭酸が運ばれてきたので、緊張でからからの喉をひとまず潤してから、ツルマは改めて「これからどうしたらいいのかな」とチクサに切り出した。
(『48million ~国民総アイドル社会~』 第6話「芸能プロダクション」)
明治生まれの宮沢賢治は三ツ矢サイダーを愛飲していたことで有名ですが、未来の人はどんな炭酸飲料を飲むのでしょうか。25世紀の若者達が「お茶する」様子を描いたこの場面では、主人公が注文した「炭酸」がコーラかサイダーかレモンスカッシュか、はたまた私達の知らない未来の飲み物なのかは明かされません。ただ、それが少なくともアルコールではなく、かつ庶民が手を出せるごく普通の品物であって、そして恐らくは若者好みの冷たい飲み物なのだろう……ということは、それとなく伝わってきます。
このように、
もちろん、この手法は未来の話のみならず、歴史物やファンタジーでも有効です。以下の例はどうでしょう。
俺が着の身着のまま故郷の村を飛び出し、見知った道を走り続けて辿り着いた隣町の酒場には、なんだか奇妙な甲冑を着たまま一人で酒盃を傾ける壮年の男の姿があった。
酒場の主人にその男との相席を案内され、俺は脊髄反射のように
(『全部転生×憂鬱信長 ~続き、続きと、どいつもこいつも~』)
ここでは「安酒」と書いて「エール」とルビを振っていますが、ここで出されるものがエール(ビールの一種)であることに作劇上の意味はなく、むしろ伝えたいのは「安酒」という情報のほうです。このルビを消してしまえば、「炭酸」の例と同じ
ファンタジー世界で飲まれている酒が具体的にどんなものなのかを知らなくても、とりあえず「安酒」とか「上等な酒」と書いてしまえば話は通じるわけですね。
食べ物、乗り物、服装、髪型、化粧、職業、地名……などなど、具体名を出す知識が作者になかったり、具体的に説明することで却ってチープな文章になってしまいそうな場合には、
【実践例3】
「そして、レナちゃんの卒業コンサートの日。最後にひと目、レナちゃんの姿を見送ろうと、会場には国じゅうから何万人ってファンが駆けつけたの。たった一人の女の子のために、何万人だよ。卒業コンサートのクライマックスでは、ひろーい会場が、お客さんの
(中略)
楽しそうに話すチクサの笑顔の向こう、ツルマの脳裏にもその光景が目に浮かぶようだった。幾万のファンに名残を惜しまれ、ガラスの靴を脱いだシンデレラ。夜闇に包まれたコンサート会場を照らし出す無数の緑色。その一本一本が、会場に集まった一人一人のファンの思い……。
(『48million ~国民総アイドル社会~』 第11話「おとぎ話」)
古のアイドルを「シンデレラ」になぞらえるのは
レナちゃんを照らしていた「緑色」とは何でしょうか。たぶんメロンパンとかではないでしょう。恐らくカメレオンでもないし、東北新幹線「はやぶさ」でもない。この話をここまで読んできた読者には、「無数の緑色」の指すものが「観客が振るサイリウム(手持ち照明)の光」のことだとわかっているはずです。
何万本ものサイリウムの光が渾然一体となって、一面の光の海を作り出している光景を、作者は
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以下、演習編です。お時間のある方はコメント欄にてどうぞ。
【演習1】
「熱いもの」で「涙」を表したり、「白いもの」で「雪」を表す例にならい、
【演習2】
具体的な人物名を用い、「第二の●●」や「●●の再来」という形で別の人物を形容する
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