その2 直喩(シミリ)
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全盛期の前田敦子は星の如き輝きを放っていたが、今の彼女は豆電球ほどにも光れるかどうか。
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あらゆるレトリックの基本形にして、私達が最もよく目にする比喩表現、それが「
前回述べた通り、直喩とは、物事の「類似性」に基づく比喩の内、「ように」「如く」「まるで」「あたかも」などの語を用いて、比喩であることを言葉の上で明示している表現のことでした。
「リンゴのように赤い頬」「動かざること山の如し」「ウチの上司はまるで鬼だ」など、私達は、別の物事の特徴を借りて、ある物事を形容するという言語表現を日常的に見聞きしていますし、自分でも使っているはずです。
現実には、人間の肌の色調がリンゴと同様のRGBになることなどないでしょうし、武田信玄が山ではなく人間であることもみな承知しています。人の頬がリンゴほど赤いはずはないし、いかな猛将でも山よりは
冒頭に掲げた文を検討してみましょう。
「全盛期の前田敦子は星の如き輝きを放っていたが、今の彼女は豆電球ほどにも光れるかどうか。」
この文には二つの直喩表現が使われています。「星の如き輝きを放つ」という部分と、「豆電球ほどにも光れるかどうか」という部分です(同時に「対比」という技法も使われていますが、それについては別の機会に述べます)。
そもそも人間は星や電球のように光を発したりはしないのですが、ここでは、前田敦子という人物の、ファンや芸能界に対する影響力を、「星」や「豆電球」が光を放つさまに
前田敦子のことなど全く知らないという方でも、この文を見れば、かつての彼女が非常に強い影響力を持つ存在であったこと、そして現在の彼女がそうではなくなってしまった(と、少なくともこの文の筆者が思っている)ことは容易にご理解頂けるでしょう。
「星」と「豆電球」はともに光を放つ物体であり、かつ、夜空に輝く「星」は強い光を放つものの代表格であるのに対して、「豆電球」は(星と並べるまでもなく、懐中電灯やLED照明と比べても)弱々しく小さな光しか出さないものであるということを、読者は事前に了解しています。この文の筆者は、その「共通認識」に期待して、前田敦子の栄光と
もし、この文の筆者が言いたいことを、比喩を一切使わずに述べるなら、
「全盛期の前田敦子はとても凄かったが、今の彼女はそうとうショボくなってしまった。」
とでもなるでしょうか。筆者が今の前田敦子にガッカリしていることだけは伝わりますが、これでは筆者の筆力こそが豆電球並みです。
さて、ここまでの話によれば、直喩の最もシンプルな形式は、筆者と読者の「共通認識」に基づいて成立するようです。
先の例文を、
「全盛期の前田敦子はSAO252838の如き輝きを放っていたが、今の彼女はアーテック69804ほどにも光れるかどうか。」
とすれば、全く意味が通じません。「SAO252838」とは全天で最も明るい星の一つであるアルファ・ケンタウリの呼称であり、「アーテック69804」は豆電球の代表的な品名ですが、普通の読者が知らない言葉は比喩の材料に使えないのです。
しかしながら、直喩は必ずしも、読者の既知の知識に頼ってのみ成立するというわけではありません。読者にとって未知の物事であっても、立派に直喩を構成できることがあります。
例えば、以下の文はどうでしょうか。
「
天文学に特段の関心を持たない方は、太陽やアルファ・ケンタウリのような天体が、恒星としての寿命を終えたあと(←この表現もまたレトリカルですが……)、「赤色巨星」や「白色矮星」と呼ばれる存在に変貌を遂げることなどご存知ないでしょう。
しかし、それにも関わらず、初めて目にするこれらの単語を通じて、この文の筆者が前田敦子の現在の境遇に関して述べたいことは、ほぼ相違なく伝わってくるのではないでしょうか。
それどころか、前田敦子の
なんとも不思議な現象です。「既知の知識を前提にして比喩が成立する」というのが基本であったはずなのに、ここでは、「比喩表現を通じて未知の物事を理解する」という逆転が起こっています。
故・佐藤信夫教授の『レトリック感覚』にはこうあります。
「直喩は未知のXを表現するためにそれを既知のYになぞらえる……という考えかたは、どうやら完全ではなかったことになる。Yをろくに知らなくても直喩は通じることがある。」
実は、この点こそ、直喩の最も面白い部分かもしれません。
既知の物事を用いた直喩をマスターするのが、さしずめレトリックの使い手としての「研究生デビュー」であるとするなら、未知の物事による直喩までも使いこなせるようになるのは、総選挙でアンダーガールズ入りを果たすくらいの快挙でしょうか。(←これ)
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以下、実践編です。
【実践例1】
キタガワのように芸能界で仕事をする者にとって、「オータム」はまさしく封建社会の君主のような存在だった。
(『48million ~国民総アイドル社会~』 第9話「AKB48,000,000」)
この作品の舞台となる未来社会は、一応、選挙があって議員がいるようですから、少なくとも封建社会ではありません。作者は、「オータム」なる組織の力や、この社会の特異性を読者に説明するために、「封建社会の君主」に関する共通認識を利用しているのです。
【実践例2】
印刷ミスかと見紛うような白一色の装いの中で、唯一、白以外の色彩を放つのは、ジャケットの左
(『ブラック企業をぶちのめせ!』 第2話「ホワイトウルフ法律事務所」)
ここでは、全身真っ白な弁護士の格好を「印刷ミスかと見紛うよう」と述べています。
真っ白な物に
【実践例3】
『とにかくね、動画共有サイト。これを軸に考えてみたら、きっと何か見えてくると思う』
と、キタガワは何世紀も前に栄華を極めたらしい文化の話をツルマに語って聞かせたのだったが、その内容はまるで今目の前にある連立線形微分方程式の解法のように複雑難解なものだった。
(『48million ~国民総アイドル社会~』 第10話「インディーズアイドル」)
おそらく、「連立線形微分方程式」が何なのかを知っている人、つまりそれが「複雑難解」なものであると理解している人は、読者の中でも少数派でしょう。それにも関わらず、この場面で主人公が聞かされたのが、とにかく彼にとってチンプンカンプンな内容であったということは、どなたにもご理解頂けると思います。
これは、読者の既存知識を全くアテにしていないレトリックの例です。作者は、ここで「連立線形微分方程式」の数学的特性を具体的に思い浮かべてほしいと思っているわけではなく、「難しい」「わけがわからない」というイメージだけが伝われば構わないのです。
「その内容はまるで今目の前にある【●●●●】の解法のように複雑難解なものだった。」
このカッコの中に何が入っているかなど、作者も読者も全く気にしていないとさえ言えます。難しそうなことが書いてあれば何でもいいのです。この作品は未来の話ですから、現代には存在しない架空の学術用語をでっち上げて放り込んでもよかったかもしれません。
【実践例4】
「あれは自分の部下だ。こんなことになって……申し訳ない」
身を挺してツバメを助けてくれた彼の顔には、まるで自身が傷害事件の犯人であるかのような悔恨の表情が貼り付いていた。
(『48million 〜アイドル防災都市戦記〜』 第11話「定例握手会」)
「自身が傷害事件の犯人であるかのような悔恨の表情」とは、どんな表情でしょうか。少なくとも私はそんな顔を見たことがありません。しかし、このよくわからない表現を通じて、この人物の責任感の強い性格や、事件の現場に漂ういたたまれない空気がそれとなく伝わってくるのではないでしょうか。
これは、「赤色巨星」「封建社会の君主」「印刷ミス」「連立線形微分方程式」などとも異なり、そもそもどういうものなのかが定義されてすらいない言葉を新たに捻り出して直喩に用いている例です。
【実践例5】
ユカリさんは書類カバンから何かの
(『駄作バスター ユカリ』 1-7「そして、推敲の時間」)
これは直喩の中でもかなり特殊な例です。
この作品は、不思議な力で魔物を退治する話であり、要は「コテコテの異能・怪異バトルモノ」です。そして「ユカリさん」とは、この作品に登場する霊能力者の一種です。つまり、この文で「コテコテの異能・怪異バトルモノに登場する霊能力者か何か」と形容されている彼女は、「コテコテの異能・怪異バトルモノに登場する霊能力者」そのものなのです。
直喩の定義を逸脱したような技法ですが、『レトリック感覚』にもこうした表現の例が紹介されています。丸谷才一の『年の残り』という小説に、「テレビの音がうるさい喫茶店でしゃべる人生論 」そのものの会話を「いかにも、テレビの音がうるさい喫茶店でしゃべる人生論のよう」と表現している箇所があるのです。
ユカリさんに付き従う主人公はこれを「悪用」して、「コテコテじゃないか」という読者のツッコミを先回りして封じているわけですね。
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以下、演習編です。お時間のある方はコメント欄にてどうぞ。
【演習1】
「かつては凄かったが、現在はそうではないもの」に関して、直喩を用いて説明する文を作ってみましょう。
【演習2】
一般的な読者が知らないと思われる語を用いて、ある物事を直喩で説明する文を作ってみましょう。
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