その1 比喩の種類


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 ダンスなら本店にも負けない。太陽と月に率いられ、さかえは秋葉原に反旗をひるがえした。


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 数え切れないレトリックの技法の中で、最も主要な位置を占めているのが「比喩ひゆ」です。


 比喩というものを改めて定義するなら、「別の物事の特徴を借りて、ある物事を説明する技法」と言えるでしょうか。

 物事の様子を形容するのは本来なら形容詞や副詞の役目ですが、一つの言語が持ちうる語彙ごいには限りがあり、世の中に溢れる無限の事象に全て適切な形容詞や副詞を割り振ることはできません。そこで、人は、ある物事を説明するのに、別の物事の特徴になぞらえて述べるという技法を編み出しました。

 現代日本にレトリックを紹介した第一人者である故・佐藤信夫のぶお教授は、その著書『レトリック感覚』のなかで、「数にかぎりのあることばをたよりにしてかぎりない事象に対処しなければならない、言語の宿命が比喩を必要とする」と述べています。


 いかなるコミュニケーションの場面にも無くてはならない比喩ですが、こと文芸創作の場面においては、比喩を自在に使いこなせるかどうかが文章の出来を左右するといっても過言ではありません。


 さて、比喩にもいくつかの種類があります。

 具体的な技法の検討に先立ち、今回はまず、代表的な比喩の類型を紹介することにしましょう。


 中学校までの国語の授業で、「直喩ちょくゆ(または明喩めいゆ)」と「隠喩いんゆ(または暗喩あんゆ)」の区別を習ったことを覚えている方もいるかもしれません。この「直喩」と「隠喩」は比喩の最も基本的な類型であり、多くの方が「比喩」と聞いて思い浮かべるのはこれでしょう。


 直喩と隠喩は、いずれも、ある物事と別の物事の「類似性」に基づく比喩表現です。

 AKB48を代表する人気メンバーであった前田敦子を「巨星」と表現したり、左遷ともいえる待遇を覆して総選挙一位の座を奪取した指原莉乃を「不死鳥」と形容するなどの例はこれにあたります。

 この内、「ように」「如く」「まるで」「あたかも」などの語を用いて、比喩であることを言葉の上で明示している表現を「直喩」(simileシミリ)と呼び、比喩であることを直接的には明示していない表現を「隠喩」(metaphorメタファー)と呼びます。


(例)

 【直喩】松井珠理奈は太陽の。/不死鳥の舞い戻った指原莉乃。

 【隠喩】松井珠理奈は太陽だ。/巨星・前田敦子。


 西洋の伝統においては、直喩は不細工な言い回しであるとされ、隠喩こそが洗練された修辞技法として好まれたという歴史があります。

 そのためか、これから述べる「比喩の三大類型」に含まれているのは、この二つの内で隠喩のみであり、直喩はハブられてしまっています。


 さて、いま「比喩の三大類型」と述べたのですが、レトリックの技法として古くから定義されている比喩には、隠喩の他にあと二つの類型があります。

 それが、「換喩かんゆ」(metonymyメトニミー)と「提喩ていゆ」(synecdocheシネクドキー)です。

 ここまでくると、学校で習うことはほぼありませんが、いずれも皆さんが日常的に目にし、自身でも必ず使ったことのある表現技法であるはずです。


 換喩とは、ある物事と別の物事の「隣接性」に基づく比喩表現です。

 「帽子」や「背広」といった衣類の名称でそれを身に着けた人間を表したり、「白バイ」という乗り物の名称でそれに乗っている人間を表したり、「ホワイトハウス」や「ペンタゴン」といった建物の名称でそれに関連する組織を表したり、「東野圭吾を読む」「ボルドーを飲む」など作者や産地の名称で生産物を表したりと、具体的な用法の例は枚挙にいとまがありません。

 「秋葉原」や「栄」といった地名で、その地に拠点を置くアイドルグループや、そのメンバー、ファンを表す例はこれにあたります。


 提喩とは、ある物事と別の物事の「包含性」に基づく比喩表現であるといえます。

 「花」という言葉でその一種である「桜」を表したり、逆に「お茶(する)」という言葉で「ノンアルコールの飲み物全般」を表すなどの例が代表的です。

 「熱いもの(が頬を伝う)」という言葉だけをもって、世の中にある色々な「熱いもの」の中の一つである「涙」を特定するのは、この技法を使っているわけです。


 この「隠喩メタファー換喩メトニミー提喩シネクドキー」という三つの技法は、三点セットのように扱われることも多いので、まとめて覚えておくとよいかもしれません(もっとも、提喩は換喩の一種に過ぎないという学説も根強くあり、必ずしも絶対的な分類ではないのですが)。


 冒頭で意味ありげに掲げた文、

「ダンスなら本店にも負けない。太陽と月に率いられ、栄は秋葉原に反旗を翻した。」

 この中には、隠喩・換喩・提喩の三つのレトリックが織り込まれています。どこがどのような比喩になっているかお分かりでしょうか。


 まず、「太陽と月に率いられ」という部分が、「太陽のようなアイドル」と「月のようなアイドル」を指す隠喩であることは、誰の目にも明らかでしょう。

 次に、「栄は秋葉原に反旗を翻した」というのは、もちろん、土地が土地に喧嘩を売ったりするはずはありませんから、その地に根ざすアイドルグループ(SKE48とAKB48)のことを表す換喩であることがご理解頂けるかと思います。

 最後に、「ダンスなら本店にも負けない」という文における「ダンス」とは、アイドルの話をしている以上、バレエや社交ダンスのことではなさそうです。アイドルが歌唱に合わせて踊るダンスパフォーマンスのことでしょう。そうすると、この部分は、「ダンス」という言葉でその一種であるアイドルダンスを表す提喩であるということになります。


(実は、まだあります。AKB48を「本店」と呼ぶのも隠喩ですし、「反旗を翻す」というのは換喩の一種である転喩てんゆmetalepsisメタレプシス)に基づく慣用句です。さらに、実際にはAKBとSKEはあくまで仲間内で人気を競っているのであって、本当に敵対しているわけではありませんから、そもそもこの文自体が大きな隠喩であるということができます。)


 以上、レトリックの技法の代表的なものとして、比喩のいくつかの類型を駆け足で説明してきました。

 次回以降はいよいよ、順を追って、これらの各技法を検討していきましょう。

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