4-10 卒業公演
「色々お騒がせしちゃいましたけど、わたし、皆さんの前でアイドルをやれて幸せでした。皆さん、これからはお友達になってくださいねっ」
十数人のメンバーの中心でマイクを握る
あれから一ヶ月。トントン拍子に日程の決まった天使リリーの卒業公演は、定員二百人強しかない劇場に数万人のファンからの応募が殺到し、抽選の倍率は凄まじいことになっていたらしい。
そんな中、ユカリさんはリリーが出す本の編集者という立場でちゃっかり関係者席をゲットし、わざわざ彼女の卒業を見届けに再び大阪まで足を運んでいたのだった。
卒業を決めた直後、リリーは恋愛小説コンテストから作品を取り下げ、蛇の魔物の悪夢にうなされる者は居なくなった。リンゴちゃんも最終的にランキング二位でコンテストの読者選考期間を終え、嬉しそうにそのことをユカリさんへのラインで報告してきていた。
とはいえ、ネットでは、今も相変わらず天使リリーへのバッシングが相次いでいる。
だが、それでも、ファンの前で最後の挨拶をするリリーの表情には、一片の
ひょっとしてユカリさんは、僕にこの光景を見せるために、リリーの卒業公演に駆け付けたのかもしれない――。
◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆
「
終演後、ユカリさんが天使リリーのマネージャーと一緒に舞台裏に足を踏み入れると、リリーは着替えも早々にぱたぱたと駆け寄ってきた。
「わたしの最後の公演、どうでしたか!?」
「ええ、あなたが本気でアイドル活動に打ち込んでいたのが、よく伝わってきましたわ。……それはそれとして」
ユカリさんは途端にキッとした目になり、リリーに詰め寄る。
「初稿の〆切、来週までって設定してあったでしょう。未だに一文字も送られてこないのはどういうことですの!?」
「あははー、卒業公演が終わったら本腰入れて書こうかなって思って。大丈夫、ちゃんと書きますからっ」
「ちゃんとしないと出版してあげませんわよ。まったく」
ユカリさんは普段、雲隠出版の身分を隠れ蓑に使っているだけで、実際に仕事に携わることはないらしいのだが……。天使リリーの件に限っては、言い出した以上は責任を果たさねばならないと言って、編集業務を買って出ているのだった。
わざとらしく溜息を
そこへ、一人また一人と、グループのメンバー達がリリーを囲むように会話に加わってくる。一連の騒動を経て、一部のメンバーとは決定的な確執が出来てしまったリリーだが、一方では変わらず彼女と仲良くしてくれるメンバーも居るらしい。
僕は、仲間に囲まれたリリーの様子に少しホッとしながら、ユカリさんの後ろに付いて、大阪のアイドル達の騒々しい会話を聴いていた。
リリーは今後、実家のある東京へ戻って芸能活動に勤しむのだという。炎上の宿命を背負って果敢に生き抜こうとする彼女の姿を見ていると、なんだか、僕ももっと頑張らなきゃな、と思った。
◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆
「見つけたで、ユカリちゃん!」
秋色のジャケットにキュロットスカート。小柄な身体で仁王立ちした茶髪ギャルが、驚きに固まるユカリさんに向かってびしりと指を向けてくる。
「アンタ、こないだは
「少納言……。あなた、どうしてわたしがここに来てるとわかりましたの」
「
百年目や、と威勢よく言ってはみたものの、後に続く言葉は特にないらしい。
「……百年目だから何をするっていうのよ」
「……いや、別に。ただ文句を言いに来ただけや」
「ヒマなのかしら? 羨ましいことですわ」
ユカリさんは冷静さを取り戻して
「せっかく大阪まで来たんやろ? アンタ、泊まってくんと
「残念ながらトンボ帰りですわ。忙しいのよ、あなたと違って」
「ほな、幽霊君だけでも大阪観光して行こーや。何なら
「え……。なんでそうなるんですか。僕だって帰りますよ」
仕事モードじゃない時の少納言サヤコはこんな人なのか、と、僕は半ば呆れるような目で茶髪ギャルを見る。この人、ユカリさんと仲が良いのか悪いのか、やっぱりよくわからなくなってきた。
いずれにしても、確かなのは、最近のユカリさんには本当に暇なんて無いのだということ。
一応の本業である大学も二学期が始まっているし、リリーの出版の件もある。そんな中でも僕への小説指南は定期的に続けてくれているのだから、本当に頭が上がらない。
「ユカリちゃんユカリちゃん、知っとる? 例のお仕事小説のヘボ二人、もちろんコンテストの受賞は逃したけど、合作の名義でなんか
「知ってますわ」
「あとあと、前にユカリちゃんがバスターしたって
「それも知ってますわ。『
歩を早めるユカリさんにも怯まず、少納言はとうとう
「ほな、
「どうしてそうなりますの!? 散りなさいよ」
「いや、
「なんですって――?」
そこで初めて僕は気付いた。少納言サヤコが小振りなスーツケースをがらがらと引いていることに。
「新大阪から新幹線やろ? 切符見せてや。
「お断りですわ……と言いたいけれど、今の話は詳しく聞かせてもらわなければね」
ユカリさんは諦めたような顔で溜息を
やれやれ、と小さく呟きながら、僕も二人のあとに続いた。
今度はどんな魔物が待ち受けているのか――
この世に駄作がある限り、駄作バスターの戦いは終わらないらしい。
(完)
駄作バスター ユカリ 板野かも @itano_or_banno
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。