4-7 心の悲鳴
ユカリさんに「小説として出すには話にならない」と言われ、
アイドルが次に顔を上げた時、その
「どうして、リリーの作品が『小説』を名乗っちゃいけないんですか?」
「どうして……って。あなた、他の小説と自分の作品を見比べて、明らかにモノが違うことに気付きませんの? あのポエムは到底小説とは呼べませんわ」
「うーん。わかんないですねー」
わざとらしく首を左右に傾げて、リリーは言う。
「今の『小説』の形が確立されたのって、せいぜいここ百年くらいの出来事でしょー? それに、つい十年くらい前にはケータイ小説ブームとかもあったじゃないですか。何が『小説らしい小説』かなんて、誰かが権威的に決めちゃうものじゃないのかなーってリリーは思いますー」
「ッ……!」
「それにやっぱり、世に出す以上は、多くの人に読んでもらえることが大事じゃないですかぁ。形式がちゃんとしてても誰にも読まれない作品と、ちょっとくらい普通の小説とズレててもたくさんの人に読んでもらえる作品、どっちが多くの人を笑顔にできるかって明らかじゃないです?」
なんだ、こいつ――!?
驚愕と恐れに目を見張る僕の前で、ユカリさんもまた硬直していた。
ユカリさんは事前に言っていた。
これは確かに難敵だ、と僕は奥歯を噛み締める。屁理屈のようでいて、明確に否定することが難しい正論。正論を武器に数多の駄作を打ち破ってきたユカリさんには、ひょっとすると最も相性の悪い相手かもしれない。
「もうええやないか、リリー」
万事休すと思われたその時、助け舟を出してくれたのはリリーのマネージャーの男性だった。
「こちらさんの仰る通りや。お前の作品、やっぱり普通の小説とは
「……普通の小説とかそうじゃないとか、関係ないじゃん。創作のスタイルを権威で捻じ曲げさせる資格は誰にもない」
「そうやってなあ……小難しい理屈を
マネージャーの言葉は面白いほどに理屈を無視していた。リリーは「でも……」と口ごもっている。なるほど、この時ばかりは、理屈の通ったユカリさんの攻撃よりも、何が正論かなんてどうでもいいと言わんばかりの彼の丸め込みの方が、遥かに有効なのかもしれない。
ユカリさんもきっとそう思ったのだろう、マネージャーの言わせるがままにして、リリーの様子を観察しているようだった。
「でも、コンテストの参加は途中でやめたくないよ。せっかくファンの皆が応援してくれてるんだし」
「そう
「じゃあ、もういいよ!」
リリーの甲高い声と、ばん、とテーブルを叩く音が重なって――
立ち上がった彼女の後ろに、更に音を立てて椅子が倒れる。
「一万歩譲って、エッセイにするのはいいよ!? 作品の中身を書き換えるのも! だけど、わたしは、皆が応援してくれる今の状況を手放したくないの!」
マネージャーに、そしてユカリさんに向かって、激昂を
「! これは――」
ハッと真剣な目をしてユカリさんが立ち上がる。彼女につられて僕がリリーの背後に目をやった、その次の瞬間には――
「うわっ!?」
突如、轟々と渦巻きながら現れた
「な、何やこれ!?」
男性の全身に巻き付くように、見えない何かが彼の身体の各部を締め付けている。きゃあっと悲鳴を上げるリリーを「下がりなさい!」と押し退けて、ユカリさんが
「オン・アラハシャノウ・ソワカ!」
紫の閃光がユカリさんの全身を包み込むとともに、無数の
ばちばちと爆ぜる妖力の結界がスタジオ全体を覆う中、ユカリさんは変わった。紫の着物に
「な、なに、あれ……!」
リリーが震える足で後ずさり、壁を背にして尻餅をつく。彼女に存在を認識されていない僕には、大丈夫かと声を掛けることすらできない。
「た、助けて……!」
闇に囚われたマネージャーの男性が引きつった声を上げる。今や、僕の目にもハッキリと見えた。彼の身体に巻き付く何かの正体が。ユカリさんの妖力の結界が可視化させた、醜悪なバケモノの姿が……!
「蛇……!」
不気味な女の顔をした、巨大な蛇。リンゴちゃんが悪夢に見たという、あの――。
「ハッ!」
紫の袖が残像を描き、ユカリさんの大筆が魔物に無数の墨文字を放つ。妖気の風を纏う流麗な文字の並びが、闇の中の
魔物の
「ひ、ひっ……!」
男性は床を這って必死に魔物から逃げようとした。それを再び追おうとする巨大な蛇の前に、ユカリさんが風の速さで滑り込み、新たに描き出す文字の障壁で魔物の追撃を弾き返す。
「見るがいいですわ、天使リリー!」
壁際で恐怖に目を見張っているリリーに向かって、ユカリさんが叫んだ。
「これが
しゃあっと牙を剥き出しにする女顔の蛇を前に、ヒュン、とユカリさんが大筆を振り抜く――。
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