第4話 スカスカ恋愛ポエムを斬る

4-1 恋愛の話

「文章が硬い。キャラクターが弱い。台詞がわざとらしい。心情描写が弱い。視点移動にミスがある。情景の描写が少なすぎる。展開が雑。結末が透けて見える。レトリックが下手。……百点満点中の三十点といったところですわね。前にも言ったように、設定資料集としてなら悪くありませんわ」


 ユカリさんの細く白い指が、リビングのローテーブルの上にばさりと僕の原稿を放り出す。僕は彼女の向かいのソファに身を縮こめて、「う……」と唸りながら彼女の綺麗な瞳を上目遣いに見返した。

 窓の外にはまだまだ暑い九月の日差し。せみの声はだいぶ少なくなってきたが、夏はまだ続いている。


「まあ、一ヶ月でここまで仕上げられるのは、アマチュアとしては早い方かもしれませんわね。上手くなるには数をこなすことも大切だから……そういう意味では、あなたの筆の速さは一つの武器かもしれませんわ」

「……そういうものですか」

「そういうものよ」


 部分的に褒められているとはいえ、やはり、精魂せいこん込めた原稿がばっさり切り捨てられてしまうのはキツい。

 僕がしゅんと頭を下げていると、お手伝いのおばさんが、いつものようにアイスティーのグラスをお盆に乗せてリビングに入ってきた。


「精が出ますわねえ、お嬢さま」

「本気にもなりますわ。この子、放っておいたら百年経っても成仏できなさそうですもの」


 ありがとう、と自然にお礼を述べて、ユカリさんはお盆からグラスを取り上げる。お手伝いさんは僕の座るソファを見て、「頑張ってくださいね」と穏やかな声で言ってくれた。

 まるで僕のことが見えているのではないかと錯覚しそうになるが、普通の人である彼女には幽霊ぼくを見ることはできない。ただ、この世に幽霊というものが存在すること、ユカリさんにはそれが見えること、そして今この屋敷に僕という幽霊が居候いそうろうしていること……そうしたあれこれは承知していて、見えもしない僕に色々と気を遣ってくれるのだから、流石は式部しきぶ家のお手伝いさんという気がする。

 お手伝いさんが出て行った後、ユカリさんはアイスティーに口をつけてから、「それにしても」とまた口火を切った。


「あなたの『シェリルスタ帝国戦記』……それに、生前にサイトに上げていた転生モノも同じだけれど、ヒロインが大勢出てくるわりに、主人公との恋愛感情の描写がいい加減なのよね。最初から主人公にベタ惚れしているか、記号的にツンデレしているかのどちらかのパターンしかない……。これ、ライトノベルがやりたいのなら、かなり致命的な弱点ですわよ」

「う……」


 白皙はくせきの美女からふいに恋愛描写の話を向けられ、僕は思わず緊張に拳を握った。


「……それは、だって、しょうがないというか……。生きてた頃だって、恋愛なんてしたことなかったですし――」

「剣を持って戦ったこともないし、魔法だって使ったことないでしょう。実体験の有無なんて関係ありませんわ。大体、中学生程度で経験する恋愛なんてたかが知れているから、それだけを頼りに創作するととんでもないゴミが出来上がりますわよ」


 ユカリさんはキュロットに包んだ足を優雅に組み換え、続けた。


「『愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ』と言うけれど――創作においても同じですわ。実体験なんてどうでもいいから、多くの本を読んで学びなさい。そのために書庫の整理や新刊の情報収集をさせているんじゃない」

「はい……。恋愛モノをもっと読めってことですか」

「まあ、恋愛モノでもいいし、そうじゃなくてもいいのよ。どんなジャンルの小説にも大抵は色恋の話くらい出てきますわ。登場人物の年代や、交際の種類を問わず、作品を読んでいて自然に出会う色恋沙汰を幅広く吸収なさい」


 僕はもう一度、はい、と頷く。

 実際問題、恋愛の話を全面に出した小説なんて、僕はこれまで読んだことがなかった。なんだか気恥ずかしいとか、好みじゃないというのもあって、意図的に避けてきたのだ。きっとユカリさんはそういう僕の「好き嫌い」までも見抜いている。素人が選り好みなどせず、勉強になるものは何でも読め、と彼女は言ってくれているのだろう。

 確かに、ライトノベルには魅力的なヒロインの存在や、主人公との恋愛が付き物なのに、女の子の恋心に関するインプットがあまりに少ないというのは、問題に決まっている……。


 と、そこで、サイドテーブルの上に置かれたユカリさんのスマホが鳴り始めた。彼女は画面を見て、「あら」と声に出す。


「リンゴちゃんですわ」


 ユカリさんの目が瞬時に真剣な色に変わった。同時に僕もソファから身を乗り出す。

 先月に出会ったラ・フランス先生の娘、高校一年生のリンゴちゃん。ラインを通じたユカリさんとの交流はあれからも続いているようだったが、わざわざ電話をかけてくるというのは、それだけで何かの緊急事態を連想させる。


「はい?」


 ユカリさんはスマホをハンズフリーモードにして通話に応答した。スマホから溢れ出したのは、最後に会ったときの明るい笑顔とは真逆の、不安と焦燥に震えた声。


式部しきぶさん、助けてください……!」


 彼女の悲痛な叫びは、駄作バスター式部ユカリの次なる戦いを告げる号砲だった。

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