3-12 駄作の原因

 変身を解いたユカリさんに見据えられ、片湯手かたゆで氏とりつ氏が、びくりと身構える。彼女の目がこう語っていた――まだは終わっていないと。

 そのユカリさんの後ろで、同じく私服姿に戻った少納言サヤコが、腰に手を当てて、ふぅっと溜息をく。


「ユカリちゃん、そいつらに世話焼くつもりなん? 才能ナッシングなヤツは筆折ったった方が本人の為やで」

「お黙りなさい、少納言。たとえ今書いているものがゴミでも、作者の才能までは――」

「わかったわかった、聞き飽きたわ。……せやけど、ユカリちゃん」


 少納言はつかつかとユカリさんの隣に歩み出ると、無遠慮に作者の二人を指差して言った。


「このヒトら、ヘボ同士で張り合うことしか考えてへんもん。創作論以前の問題やわ」

「……ええ。そうですわね」


 ユカリさんがライバルにあっさり同意を示したので、えっ、と僕は目を見張った。ユカリさんは一体、何をしようというのだろう――。

 僕が自分のことのように緊張しながら様子を伺っていると、怜悧れいりな美女は、作者達の顔を順番に見て、再び口を開いた。


「聞いた通りですわ、お二人とも。あなた達はまず、互いにライバル意識を持つことをおやめなさい。ゴミがゴミをライバル視しても何一つ良いことはありませんわ。もちろん、コンテストの週間ランキングで星の数を競うことが物書きの本分ほんぶんでもない。あなた達がライバルとして見据えるべきは、コンテストの先に待ち受ける無数のプロ達でしょう」


 彼女の言葉を聞いて、片湯手氏と律氏はそれぞれにハッとしたような顔になり、互いにちらりと顔を見合わせた。


「わたし達は今までに、駄作が生み出す魔物と数多く渡り合ってきたけれど――、今回の魔物があれほどまでに強い闇を纏ってしまったのは、あなた達の互いに張り合う心が原因でしてよ。バケモノの強さは、作品のつまらなさや、作品を目にした人達の多さだけでなく……作者自身の心の闇の深さにも影響を受けるのですわ」

「ま、そういうことや。アンタら、ただでさえ駄作しか書けへんのに、ヘボ同士でお互いを意識しすぎることで、余計に自分の作品を、つまらなく、つまらなくしていってしまったんや」


 ユカリさんと少納言に揃って説諭を食らい、作者達はもう何も言い返せなくなっていた。

 揃ってがっくりと項垂うなだれる二人と、ツンと顔を背けるユカリさんと少納言の様子を見て……、僕は、こうも思った。

 ユカリさんと少納言はひょっとして――先程までの自分達の姿へのいましめとしても、今の言葉を発しているのかもしれないと。




 ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆



 揃ってボウリング場の屋上から下り、ユカリさんと少納言は、作者二人に別れを告げた。ユカリさんは二人の作品を根本こんぽんから推敲してあげると申し出たのだが、二人はそれをかたくなな態度で断ったのだ。

 歩行者信号が青に変わり、交差点を渡っていく二人の背中を僕達は見送る。


「……ユカリさん、本当にこれで大丈夫なんですか? しっかり推敲しないと、あの作者達、また変な作品を……」


 僕が心配になって尋ねるのを、ユカリさんは「大丈夫ですわ」と静かな声で遮った。


「最後、あの二人の目からは毒気が抜けていましたわ。二人とも、変な対抗意識さえ持たなければ、凡作程度の作品なら書ける実力を持っている筈よ。……もし、またバケモノを生み出してしまうようなら、その時は何度でもわたしが駆けつけるだけ――」

「いやいや、ユカリちゃん。東京からやと新幹線で二時間やろ。ウチは一時間で来れるんやから、次は大人おとなしゅうウチに譲っとき」


 横から口を挟む少納言の流し目は、心なしか、かすかな笑いのさざなみを含んでいるように見えた。


「……あ」


 ユカリさんと少納言の背中越しに、片湯手氏と律氏の姿を何となしに目で追っていた僕は、二人が揃ってドトールコーヒーに入っていくのに気付いた。

 ……どうやら、犬猿の仲だったあの二人も、少しは融和してみようかという気になったらしい。


「ユカリさん。僕、あっちをちょっと見てきていいですか」


 僕はふと思いついて言った。ユカリさんは一瞬「え?」という顔をしてから、すぐに、「お行きなさい。ここで待っているから」と言ってくれた。

 ぺこりと頭を下げて、僕は横断歩道を急ぐ。とっくに信号は赤で、何台もの車が僕の霊体からだをすり抜けていったが、触れる気のないモノには触れなくて済むのが幽霊ぼくの特権だ。

 ドトールの自動ドアをすり抜けて店内に入ると、奥の方、先ほど律氏が一人でノートパソコンを叩いていた席に、互いに向き合って座る細身と小太りの二人がいた。


「……サークルで初めて合作したあの作品、覚えてるか」


 季節感のないホットコーヒーを一口すすって、奥側に座る律氏が言う。まだどこか歯切れの悪い、しかし、少なくとも目の前の相手をしっかりと見据えた言葉だった。


「ああ。……キャラクターもプロットもグチャグチャ。ひどい小説だった」


 アイスコーヒーのストローから口を離し、片湯手氏が吐き捨てるように答える。その口元は自嘲じみた笑いに歪んでいた。


「だが、夢があったな」

「……ああ。ド素人二人が無い知恵を持ち寄って、必死に新人賞の高みを掴もうとしてた。……俺達の創作は、ある意味、あの時がピークだったのかもしれん」


 互いに昔を懐かしむ目で、ぽつぽつと語り合う同輩達。……それを見て、僕は、確かにユカリさんの言う通りだったと悟った。

 この二人を縛り付けていた張り合いという鎖は、今や砕け散った。彼らがこれからどんな作品を作れるのかは分からないが、少なくとも、あの二作のような駄作を世に生み出してしまうことは当面ないだろう。


「……もう一度、やってみるか」

「お前と一緒にか? ……フン、つまらん設定持ってきたら承知しねえぞ」

「お前こそ、私の設定を十分に活かすプロットは組めるんだろうな」


 互いに減らず口を叩きながら、それでもどこか楽しそうな――失った時間を今から取り戻そうとしているかのような二人の様子を見届けて、僕はそっと店を出た。

 道を渡って戻った先には、ユカリさんだけでなく、まだ少納言サヤコも残っていた。


「どうかしら。わたしの言った通りだったでしょう」


 ユカリさんの得意気な言葉に僕が頷くと、少納言が小さくチッと舌を鳴らした。


「ま、今回はユカリちゃんに華持たせといたるわ。それじゃ、幽霊君、はようええ作品書いて成仏しぃや」


 激励なのか冗談なのかよくわからないことを僕に言って、少納言はひらひらと手を振りながら地下鉄の駅へと消えていく。

 また会おうとか、お元気でとか、そんな挨拶がユカリさんと彼女の間で交わされることはなかった。きっと、それもまた、同業者同士の付き合い方なのだろう。


Killerキラー-Kケイ先生。昨日と今日の件を経て、あなたにも学ぶことが多くあった筈ですわ」


 道行く人々に聴こえない程度の小声で、ユカリさんは爽やかに言った。


「ホテルに戻ったら復習しますわよ。……せっかく連泊で取ったのだから、もう一日くらいはこっちを観光していきましょうか」


 仕事モードから束の間の休息に転じた彼女の表情は、程よく緩んで美しかった。

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