3-3 二つの駄作
「
「絶対とは言えませんが、そうなる可能性は高いと考えられます。奥さんの証言は、被告人に帰る場所があること、健全な社会復帰を促してくれる身内がいることを裁判官にアピールする大事な
昼田は彼女が情状証人を引き受けてくれたことに安堵して、礼を述べ、被告人のアパートを出た。
所詮、
「さて、次の電車まで二十分か……」
駅のホームに辿り着いた昼田は、自販機で缶コーヒーを買い、ベンチでスマホを眺めた。この後は
「
昼田の小さな呟きを聴いた者は、誰もいなかった。
◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆
僕がタブレットの画面から目を離して、しばらくこめかみを押さえていると、こんこんと上品なノックの音に続いて、かちゃりと部屋のドアが開いた。
「待たせましたわ。何か変わったことはあって?」
ユカリさんの声に僕は振り向き――、わっ、と一瞬で目をそらしてしまった。部屋に戻ってきたユカリさんは、当たり前だけどホテルの浴衣姿で。半乾きの黒髪は、いつもと違った光沢を放っていて。
健全な男子なら
「あの……リンゴちゃんから、電話がありました」
半分裏返った声で僕が報告すると、ユカリさんは部屋のドライヤーのコンセントを手際よく差し込みながら、「そう」と応えた。
「あなたもお留守番として役に立ったということですわね。あの子、何を言っていたの?」
「お仕事小説コンテストの一位と二位の作品が怪しいって。……ユカリさんの読みも、同じなんですか?」
「ええ。それで、あなたがタブレットを手にしているということは……先回りして予習をしていた、ということかしら?」
僕が「はい」と頷くと、彼女はただ「感心ですわ」とだけ言って、ベッドの
こうなると、互いの声がドライヤーに邪魔されて、会話は会話にならない。……黙って小説の続きを読んでいろ、ということだろうか?
僕は、長い髪をかき分けてドライヤーを当てるユカリさんの姿を横目にチラ見してから、仕方なく再びタブレットに目を落とした。
……目を落としたのは、いいが。
ぶっちゃけて言うと、面白くない。
仮にもコンテストの週間ランキング一位になっている、この『必ず訴えてやる! ~街弁・昼田マコトの日常~』という作品。
なんというか……僕にこんなことを言う資格はまだないのかもしれないけど、とにかく、何が面白いのか分からないのだ。一体どうしてこんな作品が一位なのだろう。
僕は本文を読み進めることを一旦止め、レビュー欄の紹介文に目を通してみることにした。そこに並んでいるのは、「リアルな法律知識に裏打ちされた珠玉の人間ドラマ」だとか、「法律を通じて浮き彫りにされる人間の真実」だとか、なんだかよくわからない褒め言葉の数々。なんだ、これは……?
「どうかしら?」
いつの間にかドライヤーを終えていたらしいユカリさんが、ふわりと甘い香りを漂わせて僕の前に立った。僕はそのことにまたドキリとさせられながらも、おずおずと顔を上げる。
化粧を落としても――いや、
「この作品……何が面白いんですか?」
僕が正直にそう言うと、ユカリさんは「あら」と首を小さく傾げた。
「珍しいこともあるものね」
「え?」
「あなたが初めてゴミをゴミと見抜いた瞬間ですわ。偉大な一歩ですわよ」
褒められているのか何なのか……。ユカリさんは僕から自然にタブレットを取り上げると、画面を
「ちなみに、どういうところがゴミだと感じたのかしら?」
「……だって、この小説、なんていうか……。ただ弁護士が淡々と事件を処理していくだけじゃないですか。扱う案件も、離婚の慰謝料をいくら取るかとか、辞めた会社の残業代を請求するとか、しょうもない話ばかりだし……」
異世界転生やハイファンタジーばかり読んできた僕からすると、どうも、話がショボいというか。これなら、ラ・フランス先生の『国民総韓流時代』の方がずっとマシだったなあ、というのが僕の率直な感想だった。
「途中で申し訳程度にヤクザとか出てきますけど、結局やってることは、
法律知識がどうのこうのとレビューにも書かれているだけあって、確かに、書かれていることはリアルなのかもしれない。被告人に
おかげで「接見」とか「公判」とか「情状」とか、言葉にだけは詳しくなれたけど、だからと言って作品が面白いとは少しも思えなかった。「薬物事件の初犯は執行猶予が付くのがお決まり」とか、そんな豆知識が手に入ったからって、一体何になるというのだろう?
「あなたならどうするかしら?」
ユカリさんが不意にそう訊いてきたので、僕は少し考えてから、思いつく限りのことを答えた。
「もっとこう、法律モノなんだから、法廷で『異議あり!』とかやって欲しいですよね。主人公が扱う事件も、殺人事件の裁判で逆転無罪を勝ち取るとか、大きな企業から何億円も賠償金を取るとか、せめてそのくらいのスケールにしないと……」
「まあ、あなたのアイデアが良いかどうかは別として、指摘の方向性は間違っていませんわ。この作者は『お仕事小説』というものを根本的に勘違いしてしまっているのよ。どんなに描写がリアルでも、業務のチュートリアルを並べただけでは『物語』にはならない……。そんな基本の基本も分かっていないゴミ作者が、知識をひけらかすためだけに書いたのが、この駄作ということですわ」
ふう、と息を
「でもね。だからといって、破天荒なスケールの作劇をすればそれで良いのかというと、そういうわけでもないのよ。次は二位の作品に目を通してごらんなさいな」
ユカリさんが突き返してきたタブレットには既に、ランキング二位の作品、『
彼女に言われるがまま、僕はその作品を読み始める。どんな
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