3-2 少女からの電話

 鳴動するスマホを手に取って、僕は少し躊躇ためらう。

 画面に表示されているのは未登録の番号。まあ、出ろと言われたんだから出るべきだよなと思い直し、僕は実体のない指を画面に滑らせた。

 どういう理屈か僕自身にもわからないが、生きた人間が操作するのと同じようにスマホは反応し、僕の耳には女の子の声が飛び込んでくる。


「もしもし……式部しきぶさんですか?」


 間違いない。今日会ったばかりのラ・フランス先生の娘、可哀想な名前をつけられたアップルちゃんだった。ここは、本人の希望通り、リンゴちゃんと呼んであげるべきなのだろうけど。


「あの、僕です」

「えっ……?」

「ユカリさんと一緒に居た僕。……ユカリさんは今、ホテルのお風呂に行ってて」


 そう言いながら、しまった、怖がらせてしまっているかな――と、僕は背中に冷たいものを感じた。僕がこの世のものではないことを彼女はわかっている。僕と話して嬉しいなんてことは決してないはず――。

 だが、僕の不安もよそに、リンゴちゃんは電話の向こうでクスリと笑った。


「幽霊って、電話出れるんだ。……そっか、そうだよね。幽霊から電話がかかってくるって話、よくあるもんね」

「……メリーさんじゃなくて、申し訳ないけど」


 彼女の声が笑い交じりなので、僕も少しホッとして言葉を返した。……実際、向こうも向こうで怖がったり緊張したりするだろうけど、僕のほうだって自然体とはいかないのだ。浮遊霊になってからというもの、ユカリさんと出会うまでは、生きた人間と会話を交わすことなんてなかったのだから。


「あたし、式部さんに伝えたいことがあって。……まだ、戻ってきそうにない?」


 ユカリさんはついさっき大浴場に向かったばかりだと僕が言うと、彼女は「あの髪、時間かかりそうだよね」と言ってまた笑った。先程よりもずっと緊張のほぐれた声だった。


「じゃあ、えっと……キミに伝えてもいい?」


 二人称をどうするか迷ったようなを置いてから、彼女は僕を「キミ」と呼んだ。なんだかちょっとくすぐったくて、僕は「あ、うん」と生返事で返してしまう。


「式部さんなら、もう分かってるのかもしれないけど……たぶん、お仕事小説コンテストのランキングの一位と二位にいる作品が怪しい気がするの。あたし、あれから色々、掲示板とかも見て調べてみたんだけど……今のあのサイトで、一番『闇』が深いのは、その二つの作品かなって」


 スマホから溢れる彼女の声を聴き、僕は目を見張っていた。お仕事小説コンテスト――僕と同じところに目を付けている。しかも、「なんとなくこの辺が怪しそう」くらいのことしか分からなかった僕とは違って、具体的にどの作品かまでアタリが付いているなんて。

 確か、ユカリさんも「二作」と言っていた筈だ。リンゴちゃんは、ランキングで一位と二位にいる作品が怪しいと言う。ユカリさんの「二作」もそのことを指していたなら、彼女の読みはユカリさんと同じということに……。


「……どうしたの?」

「いや……。すごいなって思って。ユカリさんも同じようなこと言ってたから」

「ほんと!?」


 リンゴちゃんは嬉しそうな声を上げた。


「あたし、なんていうか……わかっちゃうの。そういう『悪いもの』の流れみたいなのが」


 少し照れくさそうに、彼女はそう続ける。

 ああ、そういうことか――と僕は合点していた。彼女はきっと嬉しいのだろう。初めて自分の「力」が役に立っていると感じられて。

 それか、もっとシンプルに、自分の「力」のことを話せる相手が初めて見つかったのが嬉しいのかもしれない。僕だって、学校に居たときは誰にも存在を気付いてもらえなかったから、その気持ちはわかる気がする。


「ちなみに、それで言うとね――」


 電話の向こうでリンゴちゃんが続ける。


「なんていうのかな。……キミには、悪いものを感じなかった。おかしいよね、幽霊さんなのに」

「……もしそうなら、ユカリさんのおかげだよ」


 血流なんてもう存在しない自分の顔が、それでも熱くなるのを僕は感じた。

 僕なんて、本来なら悪いもののかたまりみたいな存在だったはず。ユカリさんが推敲してくれたおかげで、僕は無害な幽霊になれた……のかもしれない。


「式部さんが戻ったら、作品のこと、伝えておいてね」


 僕が「わかった」と返事するのを待って、リンゴちゃんは電話を切った。

 正直、彼女があんなにちゃんと話せる状態なのは意外だった。もっと不安や恐怖にさいなまれているかもしれないと思っていたし、ユカリさんもそう考えたからこそ、電話がかかってきたら出てあげるようにと僕に命じたに違いないのに。


 僕はふうっと息を吐くと、テーブルの上にスマホを戻し、かわりにユカリさんのタブレットを取り上げた。テレビの声を意識の片隅に聴きながら、僕は再びタブレットに小説サイトを表示させ、お仕事小説コンテストのランキングに目を通してみる。

 一位と二位の作品が怪しいとリンゴちゃんは言っていた。ユカリさんも夕食の席で「一作でなく二作となれば事情は変わってくる」なんて言っていた。……この上位二作品が、この街で更なるバケモノを生み出している根源なのか……?


「一位、『必ず訴えてやる! ~街弁まちべん昼田ひるたマコトの日常~』……。二位、『やみ弁護士ブラックレオンの事件簿』……?」


 タイトルを確認して、えっ、と僕は絶句した。どちらも弁護士モノ……?

 よく見ると、二つの作品の星の数はどちらも同じくらいだった。三位以下の星の数を大きく引き離している。

 あらゆる職業をネタにした作品が集まるお仕事小説のコンテストで、同じ職業を題材にした作品二つがトップを争っているなんて。これは確かに、色々と闇が深いのかもしれない。

 ユカリさんが大浴場から戻ってくるまでにはまだまだ時間がかかりそうだった。僕はタブレットの画面をタップし、ひとまず、一位の作品を読み進めることにした――。

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