第2話 へっぽこSF小説を斬る
2-1 新作の原稿
「『
僕の渾身の書き出しをばさりと切って捨てるユカリさんの声が、窓の外の
僕の目の前には美女の
「何ですの? これは」
「僕が新しく書いた小説です」
「いいえ。ゴミですわ」
さらりと放たれるユカリさんの言葉に、僕は思わず
「そんな……結構自信あったのに……」
僕の母校でのバケモノ退治から一週間。ユカリさんは「仮の身分」と言っていた教育実習を早々に切り上げ、この本宅から都内の大学に通う生活に戻っていた。
ユカリさんの住まいは、それこそ平安貴族の末裔だと言われても納得してしまいそうなくらいの広大な敷地を誇る古い屋敷だった。今では使われていないという部屋もたくさんあり、僕のような浮遊霊を
この屋敷の一室で寝泊まりさせてもらうようになってから今日で一週間。広大な書庫の掃除などの雑用を毎日こなしながら、コツコツと書き溜めた僕の新作。ユカリさんの教えを反映した自信作だったはずのそれは、たった今、僕の目の前でゴミと切って捨てられてしまった。
「ユカリさんに言われた『一貫性』の部分は、結構気を付けたんですよ……。主人公の戦う動機にちゃんと理由を持たせましたし、性格だって……」
「確かにそこは少しマシになったかもしれないけれど、それ以前の問題ですわ。『シェリルスタ帝国戦記』? そもそも何ですの、これは」
原稿を片手でぱん、と叩いて、ユカリさんはまっすぐ僕を見下ろして問うてくる。首振りを続ける扇風機の風がふわりと彼女の黒髪を煽り、生きた人間の特権である汗の匂いが制汗剤の香りと混ざって
「もう転生モノのブームは終わりかけてるのかなって思ったんです。だから今度は、現地人を主人公にした、がっつり重厚なハイファンタジーを」
「そんなショボい思惑の話を聞いてるんじゃありませんわ。面白いものが書ける人は何を書いても面白いのよ。……で、このゴミが何ですって? ジャンルは?」
「ハイファンタジー……です」
おずおずと答える僕の前で、ユカリさんは、ふぅ、と小さく溜息を付いた。
「ハイファンタジーを名乗るゴミには二種類しかありませんわ。だらだらと設定文ばかりを書きなぐった厨二病ノートと、何も設定を考えずに勢いだけで書き始めた小学生の自由帳。あなたのはどうやら後者ですわね」
「小学生の自由帳って……。厨二病より酷いじゃないですか!」
「そんなことありませんわ。ゴミに
ユカリさんは僕の原稿をローテーブルの上にポンと放り出すと、僕にも向かいのソファに座るように手で促してきた。僕が遠慮がちに床から立ち上がり、ソファに腰を下ろすと、彼女は正面からじっと僕の目を見てきた。
ゴミだの何だのと自作を厳しく切り捨てられている最中だというのに、真正面から見据えられると少しドキリとしてしまう。整った顔立ち、透き通った肌、艶やかな黒髪――芸能人顔負けのユカリさんの美貌を前にすると、死んだ僕でも生きた心地がしないというものだ。
「『死んだ彼でも生きた心地がしない』とか何とか……変なレトリックで格好つけたがるのもあなたの悪癖ですわ。そういうのはもっと文章力を付けてからになさい」
「……はぁい」
「で、この童話もどきがゴミである理由だけど……この作品に一番足りないのはリアリティですわ。設定の細かい部分を何一つ詰めずに書き始めたものだから、現実味が欠如してしまっているのよ」
「リアリティ……? だって、架空の世界の話なのに――」
「リアリティというのは、現実に即せよという意味ではありませんわ。魔法がある世界なら、魔法がある世界なりの。ドラゴンやエルフがいる世界なら、そういう世界なりの――世界の
「……」
ユカリさんの指摘の意味は、僕には何だかよくわからなかった。
僕の新作――『シェリルスタ帝国戦記』は、ユカリさんの言う通り、人類が古来から魔法を行使し、ドラゴンやエルフといった魔法生物と共存共栄している世界の話。そんな現実離れした世界の話なのに、リアリティを持たせろとは、どういうことなのだろうか……?
「……まあ、丁度いいですわ。百聞は一見にしかず――あなたには、リアリティを欠いたゴミがどんな魔物を生み出してしまうか、じかに見せてあげますわ」
そう言うが早いか、ユカリさんはソファからすっと立ち上がっていた。
僕がつられて見上げた先で、彼女の赤い唇が小さく笑う。
「えっ。それって――」
「長旅になりますわよ。覚悟して付いていらっしゃい、
水晶の輝きを宿したその瞳が、ゆらり、と
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