1-6 眠れない夜

 誰にだって眠れない夜はある。僕にとってはこの夜がそうだった。

 一冊読めば心をえぐられ、二冊読めば精神をぶちのめされ……。

 気付けば僕は、ユカリさんが「宿題」として渡してきた数冊のライトノベルを、夜通し掛けて読破してしまっていたのだ。


 悔しいが。認めたくないが。口にしたくないが――

 それらの異世界モノは、どれも、それぞれに独自の魅力を持っていて。

 文句なしに面白い作品だった。そう、ユカリさんの言葉を借りるなら、僕の作品とは似ても似つかないほどに――。


「僕の作品が……ゴミ?」


 しらむ空を睨んで僕が呟いた言葉は、誰にも聞かれることはない。だけど、自ら呟いたその一言が、僕の心に深々とナイフを突き立ててくる。


 僕はずっと信じていた。自分は物書きに相応しい人間だと。

 自分には文才があって、WEBでの流行りを押さえて書いている筈で、だからきっと自分の小説は面白い筈で……。

 現に投稿サイトで星10程度の評価しか入っていないのは、単にサイトの仕様が悪いか、運が悪いかの問題なのだと。

 だけど……だけど。


 ユカリさんが渡してきた一冊目は、オーソドックスな異世界転移モノながら、勇者の性格がこれまでにないほど変な方面に突き抜けていて、彼の特異な性格が引き起こすエピソードだけでぐいぐいと全編を引っ張っていけるほどの名作だった。

 二冊目に読んだ作品は、異世界転移モノだけどラブコメ方面に全振りしていて、醜い容姿の主人公がヒロインと結ばれるためにドタバタしながら頑張るさまが目を引いた。

 三冊目は、異世界に転生した主人公が元々の職業スキルを活かして無双する話だったが、仕事の説明がとにかくリアルで、大人の経験がなければ書けない作品だと感じた。それでいて、中学生でも読めるように噛み砕いて説明された知識の数々は、僕の興味を片時も離れさせないほどに面白かった。

 四冊目は現実のアプリゲームと異世界要素の融合が秀逸で、五冊目はクラスまるごと異世界に飛ばされた少年少女達の群像劇で「読ませる」作品だった。


 総じてどれも――面白い。「書籍化される作品にはそれだけの理由がある」と、いつだったかネットの掲示板で見た言葉が、僕の頭の中でぐるぐると渦を巻いている。


 これらの作品に比べて、僕の作品には一体どんな持ち味があったというのだろう?

 トラックに轢かれて異世界に飛ばされるとか、女神様からチート能力をもらうとか、中世風ファンタジー世界で奴隷少女を拾い上げるとか……。「お決まり」の要素は一通り押さえたつもりだったし、可愛いヒロインもたくさん登場させたが、それでもユカリさんは僕の作品をはっきりゴミだと言う。認めたくないのに、僕にも彼女がそう言い切る理由がなんだか分かってきたような気がする。

 僕の作品には、何も特別なところがないのだ。

 キャラの性格が突き抜けているとか、職業の描写がリアルだとか、そういう特別な何かが。


 だから。

 悔しいが。認めたくないが。口にしたくないが――

 ユカリさんの評価は、きっと正しいのだろう。


『あなたは自分の創作と向き合うべきですわ、Killerキラー-Kケイ先生』


 ユカリさんが僕に掛けた言葉が、僕の脳裏に蘇る。

 彼女がなぜこの中学校に来たのか。なぜ僕に話しかけてきたのか。なぜ僕に、自分の創作と向き合えなんて言ってくるのか。

 彼女の言葉が全て真実だとすれば、その答えも自ずとわかる。

 入院している女子生徒が言ったという「バケモノを見た」という話は、妄言でも何でもなく――

 現実に、僕の小説がバケモノとやらを生み出してしまったのだ。だからユカリさんは、他の誰でもない僕にわざわざ声をかけ、僕の作品をゴミとき下ろし、僕にこんな「宿題」を課してきたのだ。


 僕の小説が生み出した魔物が、人にケガをさせてしまったから。

 僕の作品が――人を傷つけてしまったから。


「……そんなことって……」


 全てがユカリさんという変人の作り話だと言い切って、知らんぷりを決め込むことだって、僕にはできるのかもしれないが――

 どうしてかは分からない。理屈を超えた部分で、僕は今や、ユカリさんの言葉の全てを信じてしまっていた。


 ユカリさんは言った。学校に巣食う魔物をはらうために自分はここに来たのだと。

 僕を己の駄作と向き合わせることが、そのために必要なプロセスなのだとしたら――

 どんなに悔しくても、認めたくなくても、僕は認めなければならないのだろう。自分の作品が彼女の言うゴミだったことを。

 僕がそれを認めずにいることは、すなわち、ユカリさんの妖怪退治の失敗を意味することになるのかもしれず……そうなれば、僕の小説はこれからも、人を傷つけ続けることになるのかもしれないから。


「クソッ……!」


 僕はユカリさんに渡されたライトノベルの表紙を睨みつけ、誰にも聞こえない悪態をそっとついた。本の表紙からは、その作品が世に出回るに相応しいと認められた証の、プロのイラストレーターによる綺麗なヒロインのイラストが、忌々しいほどの眩しさを放って僕に笑いかけていた。

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