1-2 式部ユカリ

「教育実習に参りました、式部しきぶ紫莉ユカリと申します」


 きっと、古今東西いろんな小説で使いまわされてきた、ありきたりな出会いのシーン。

 僕が生徒として通っていた中学校に、教育実習でやって来た美人の大学生――それが、ユカリさんだった。


「短い間ですけど、皆さん、お手柔らかにお願い致しますわ」


 透き通るように白い肌。人形のように整った顔立ち。高すぎず低すぎずの背丈。レディススーツのスカートから伸びる細い脚。着物がよく似合いそうな、長くつややかな黒髪。

 小説のテンプレお嬢様キャラみたいな「てよだわ言葉」をごく自然に使いこなし、ユカリさんは水晶のような美しい瞳で教室内を睥睨へいげいする。

 彼女の美しさに、僕を含む男子はみんな目を奪われ、女子もまた憧れに頬を染め……。

 奥さんと子供がいる担任の先生までもが、危うく彼女の魅力に心奪われそうになるのを、僕は教室の一番後ろからはっきりと見た。


 彼女の自己紹介の言葉に傾聴しているはずなのに、美しさにばかり意識をとられ、中身がちっとも頭に入らない。

 かろうじて記憶にとどめられたのは少しだけ。在籍しているのは都内の名門女子大。専攻は日本文学。そんなことを語っていたような気がする。


 教室の最後尾で、僕が彼女に見惚みとれ、ほうっと息をついていると――

 自己紹介の最後、ユカリさんの視線が、ふいに僕の方に向けられたような気がした。

 他の誰でもなく、はっきりと僕一人を見据えて――ユカリさんは、瞬間、凍てつくような笑みをかすかに口元に浮かべたように見えた。




 ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆



 ユカリさんは、教育実習初日の放課後、早くも僕にコンタクトを試みてきた。


「あなた、小説を書いているのでしょ?」


 いつものように、誰もいなくなった教室で僕がノートにシャーペンを走らせていると、ユカリさんは、まるで僕がそこにいることを最初から知っていたかのように、からりと扉を開けて室内に入ってきたのだ。


「え、な、何のことですか」


 僕は慌ててノートを閉じるが、ユカリさんは構わず続けてきた。全てを見通していると言わんばかりの――僕の心を凍り付かせるような不敵な笑顔で。


「WEBに載っていた作品は拝読しましたわ。『Killerキラー-Kケイ』先生。随分と中二病丸出しなペンネームを付けたものですわね」


「……ど、どうして、それを」


 動揺を隠せずにいる僕の眼前で、彼女は静かに教室の扉を締め、僕が座っている机の目の前までやってくる。

 彼女に見下ろされ、僕は二重の意味で戦慄していた――一つはもちろん、彼女が僕のWEB上での名前を知っていたことに対して。もう一つは、そもそも、彼女が僕を認識して話しかけてきたという事実に対して。

 男子生徒も女子生徒も、担任の先生だって僕を相手になんかしないのに……どうして、今日来たばかりの教育実習の先生が、僕に話しかけてくるのだろう?


「どうしてって、決まっていますわ。わたしは、あなたの小説を追って、この学校に来たんですもの」


 彼女の言葉の意味をまったく理解しきれずにいる僕の前で――ユカリさんは、窓から差し込む夕陽にきらりと輝く黒髪を、ふわっと片手でかき上げてみせた。

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