1-1 推敲の時間

 幼い頃から自分には文才があると思っていた。自分ほどの才能の持ち主がひとたび本気で小説を書けば、プロデビューなんて簡単だと信じて疑わなかった。

 それがどうして、こんなことに?

 今、僕の目の前には、燦然と輝くベストセラー作家への道ではなく――

 僕のが生み出した、妖怪ようかい変化へんげ跋扈ばっこしている!


「愚かですわね。こんなありきたりなテンプレチートハーレム小説で読者を楽しませることができると、本気で思っていたのかしら!」


 僕の眼前でを振るうのは、妖気の風に黒髪をたなびかせ、凍てつくような笑みを投げかけてくる和装の美女。

 その巨大な筆も紫の着物も、元からあったものではない。あの妖怪と戦うにあたり、彼女がたちまち虚空から呼び出したものだ。


 僕は見る。彼女と戦う妖怪の姿を。

 仁王像を思わせる恐ろしい形相の首――。胴体も手足もなく、首から上だけでブンブンと音を立てて夕闇の教室内を飛び回る、虚仮威こけおどしの化身のような魔物まものの姿を!


「ご覧なさい。この妖怪は飛頭蛮ひとうばん――。わけもなく主人公がチートで無双して、意味もなく女性にモテまくる、かしらだけが立派で中身がカラッポなゴミのような駄文にお似合いですわ!」

「そ、そこまで言いますか……」


 彼女の張った結界に守られ、教室の隅で足を震わせながら、僕は妖怪よりよっぽど恐ろしい彼女の言葉に肩を落とす。

 綺麗な顔と百八十度違う毒舌ぶり――。しかし、よりによって、当の作者ぼくの前で、そこまで作品をこき下ろすのか!?


 妖怪の飛び回る軌跡から空中に溢れ出すのは、無数の文字の羅列。

 僕にはわかる。あれは、この僕が心血を注いで投稿サイトに書き溜めてきた、僕の輝かしい処女作の本文だ。


「トラック転生、女神のチート、中世風異世界、奴隷少女! よくもまあ、次から次へと、先人の手垢にまみれたクソ設定ばかりを書き連ねられたものね」


 妖怪の攻撃を巧みにかわしながら、彼女の振り抜く大筆おおふでがそれらの文字を塗り潰す。さながら墨塗り教科書のように――僕が青春を懸けて書き上げた魂の一文一文が、無慈悲な美女の手入れによって掻き消されていく!


「推敲の時間ですわ」


 文字を潰されるごとに力を失い、いまや息も絶え絶えとなった妖怪の前で、彼女がきらりと光る瞳を僕に向けた。


「あなたが最も表現したかったものは何ですの?」

「僕が……表現したかったもの?」


 大筆を構えた美女の視線に射すくめられ――僕は、答えに詰まる。

 僕が表現したかったもの。最も小説に込めたかった思い。それは一体、何だったのだろう。


 僕の思考がその答えに行き着くまでに――一旦、時間を巻き戻して、ここに至るまでの話をしよう。

 僕と、この美女――紫莉ユカリさんとの出会いの話を。

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