真昼の郵便屋さん
鈴ノ木 鈴ノ子
まひるのゆうびんやさん
「やあ、また会いましたね。この前は酔っておられたから覚えておられないかもしれませんが、お久しぶりです。」
自転車に乗った郵便屋さんが、昼の公園で買った弁当を食べる私に声をかけてきた。ああ、あの時の不思議な郵便屋さんだなと思いながら、軽く頭を下げた。妙に朧げな記憶が背筋をゾクリと冷やした。
「いやいや、今は昼の勤務になりましてね」
帽子は目深に被っているから表情はよく分からないが、顔色は良く、全体的に陰気ではなく陽気が感じ取れる。印象がだいぶ違うなぁと漏らしてしまうと彼が反応を示した。
「あはは、そうですね。違うでしょう。実はね健康診断で引っかかりましてね。夜勤を外れたんですよ。」
それは大変でしたねと言いながら私はお茶を一口飲む。
「ええ、もうね、これは夜勤をしてはダメだと、医者から言われてしまいましてね。こうして陽気のあふれる日勤で過ごさせて貰ってるんですよ。お、中庸軒の弁当ですか、なかなか豪勢ですねぇ」
ベンチの端に置いた弁当袋の名前を見て彼が言う。上司が亡くなった後を継ぐことになって以降、給与は良いが重責ばかりの中間管理職となった私の、ここ最近唯一の楽しみだった。
「豪勢ですねぇ、私は局の近くに弁当屋がありましてね、そこののり弁をいつも買ってますよ、味は素朴ですがうまいです、お勧めしますよ」
なるほど。確かにあのあたりに手作りの弁当屋があったのを思い出して、今度買いに行ってみると彼に言うと、彼は弁当袋から頭を出していた紙を見つめた。
「それ、書きます?もし書くなら出しておきますよ」
彼が見ていた先には、一枚の葉書が入っていた。中庸軒の弁当を買った時に感想を書いてもらうために入れられたものだ。よければ書こうかと告げる私に彼は頷いた。
「ええ、そうして貰えると、私も、なにより中庸軒の方も喜びますよ。日勤になりましてから、ダイレクトメールですとかそう言った機械的な案内ばかりをポストへ入れるんですがね。中には素敵な手紙があるんですよ」
どんなのなんです?と膝上にハガキを置いてペンで書きながら私は尋ねた。
「ああ、まぁ、守秘義務もあるんですがね。小さな子供さんの可愛らしい字で書いた葉書や、達筆な恋文、老人会などの忘年会や新年会の案内、盆暮正月の挨拶葉書なんですがね」
盆暮正月の挨拶葉書なら私も印刷して出しているというと、彼は首を振った。
「いやいや、印刷の中にですね、一言二言、手書きの文が添えられているんですよ。どうです?書いてます?」
そこまではしていなかったなぁと彼に告げる。
「いやぁ、勿体無い。まぁ、書く書かないはお客さんの自由なんですけどね、書いていたほうがいいですよ」
どうしてかと彼に尋ねる。
「想いが伝わるんですよ。印刷の中の手書きの字ってのは、あなたを見てますよと捉えることもできるんです。まぁ、受け取り側のという方もいらっしゃいますがね。でも、一種の幸せの循環があるんですなぁ」
幸せの循環?と私が首を捻った。
「ああ、まぁ、言い回しなんですがね、そうですなぁ、例えばですが、取引先や部下からお褒めの言葉を頂いたり、お礼を言われたりすると嬉しいでしょう」
まぁ、それはあるねぇと彼に同意する。
「それがそこで止まっちゃぁよくない、言われて嬉しかった言葉の気持ちをどこかへ新しく伝えることも必要なんです。それが幸せの循環と言うやつでしてね。まぁ、平たく言うなら、礼には礼で尽くすと言った感じでしょうか。直接、言うのもいいんですが、私は郵便屋なんでね、文字にしたためて葉書や手紙へ書いて出してごらんなさい。届いた相手は喜ぶし、それに手元に残るものは意外と記憶にも残るんですよ」
そう言うもんかねぇと言いながら、私は中庸軒の葉書へ、弁当への感謝を二言三言添えて書き入れると、彼にそれを差し出した。
「あなたはやっぱりわかってらっしゃる」
なにがだい?と彼に聞く。わかっているの意味がわからなかった。
「いやぁ、やっぱり見込んだ人ですなぁ。思いを書くことに躊躇わない。素晴らしい、実に素晴らしい。思いをね、書くって事は意外と躊躇うんですよ。恥ずかしいとか、気持ち悪いかも知れないとか、色々な理由をつけてね。でも、それって心の中で溜まるんですな。それが溜まりに溜まると不満になって不安になる」
詩的で難しいことを言うねと彼に言うと、笑いながら彼は頭をかいた。
「まぁ、貴方のように、幸せを循環できる方なら、きっと未来はいい方向へいくのでしょうなぁ、部下にも慕われているようだ」
公園の入り口で、近くの店で食べていたのだろうか、数人の部下が手を振っていた。
「さて、これは出しておきます。では、お仕事頑張って」
葉書を前鞄に入れて自転車を漕ぎ出そうとする彼に、健康に気をつけてと伝える。
「ああ、ご心配までして頂いて、ありがたい。お互いに気をつけましょう。貴方はいい循環でいい陽気を纏っていらっしゃるから心配ないと思いますがね。私も陰気を浴びすぎましてね、いささか魍魎の類になりそうになったんですが、貴方の言葉に救われましたよ」
では、と彼が手を振って自転車を漕いで去っていく。
私は手早く弁当を片付けると、部下たちの元へ急いだのだ。
「待たせて悪かったね。さぁ、午後からもがんばろうか」
部下にそう言いって私は公園を後にした。
真昼の郵便屋さん 鈴ノ木 鈴ノ子 @suzunokisuzunoki
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