第4話 モカとアル中女②
色っぽい目つきで女性はモカを見つめている。そして、その顔がもう一度、モカに近づく。
寸土のところで我に返ったモカは、慌てて女性の肩を掴み自分から引き離した。
モカのその行動に対して、女性が口をへの字に曲げる。
「ちょっとー、何すんの?」
「いや、御言葉ですが、お客様の方こそ、どうなされました?」
「店員の癖に客からのおかわり無視するわけ?」
「話聞いてもらえますか?」
モカが困惑している近くでマメ先は腹を抱えて笑っていた。
「ヤバい、メッチャウケる。モカくん、キスされてやんのー!」
「小学生のイジリ方ですよ、それ」
小さく溜息を吐き、右手で自分の口元に触れる。
いやー、柔らかった。しっかりとした大人のキス。舌入れなかったのは、むしろ優しさだったのだろうか。
ってアホか。何考えてんだか。
自分から攻めるのは慣れているが、こうも攻められるのは、あまり得意では無い。この人は要注意だ。
見ると、女性はモカの顔を見ながら、不満そうに口をへの字に曲げている。
「お、か、わ、り」
「するわけないでしょ」
「してあげなよ、モカくん。他ならぬお客様の頼みだよ?」
マメ先がニヤニヤ笑っている。
「ホストか。やるわけないでしょ」
「とか言ってー。本当はおかわりして欲しいんでしょ?素直じゃないわー」
「一回黙って貰えます?」
マメ先は、こういった色恋話が大好物である。恐らく向こう1週間はこの話題でイジってくるであろう。
「ちょっとー。何他の女と話してるわけ?」
モカとマメ先との会話を聞いて、女性が不満気な声を洩らす。
「アタシの心弄ぶ気?」
「んなわけないでしょ。てか帰らないんですか?」
「帰りたくない」
「帰り際の彼女か」
マメ先もビックリの変わり身の早さである。女性とは皆、こうなのだろうか。あまり考えたくはない。
「てかキミ、モカくんって言うんだ?なんか女の子みたいで可愛いっ」
「そりゃどーも」
女性と目を合わせずに答える。
「その素っ気ない態度も可愛いね。必死にさっきのキスのことを忘れようとして平静を保とうとしてるでしょ?ホント可愛いわー」
「帰る気がないんでしたら、ご注文お伺いしますが?」
女性の言葉を無視して、淡々と尋ねる。
まったく、どっちが心弄んでんだか。
「じゃ、生一つ」
「ここ喫茶店ですよ」
「アルコールないと死んじゃう〜」
「それ以上飲む方が死にますよ」
「仕方ない。じゃあ、モカくんのオススメ貰ってあげるよ」
「かしこまりました。苦いのは平気ですか?」
「酒呑みにそれ聞いちゃう?」
愚問だったようだ。
準備に取りかかる。女性はモカの前のカウンター席に腰掛けた。
モカがコーヒーの準備をしている様子を見ながら、女性が話しかけてくる。
「あ、そーだ。自己紹介してなかったね。アタシはナツミ。なっちんって呼んでいーよ」
「安倍以外のナツミをなっちんって呼ぶ気はないです」
「うわっ、お堅いねー」
お堅いか?
ナツミは多少、酔いが覚めてきているようだが、それでも顔面は赤いし、呂律もはっきりしているわけでもなかった。てか、十二分に酔っているだろう。じゃなきゃ、出会ってスグの店員にキスなんてしない。
普段のこの人は、どういった人柄なのだろうか。一応、スーツを着ているし、キャリアウーマンなのだろうが、話している様子では面影はない。ただの酔っ払いである。
「てか頭いたーい」
ナツミは頭を押さえながら、机に突っ伏した。
「飲み過ぎなんですよ。匂いヤバいですからね」
「あらホント?ま、水も滴る良い女って感じ?」
「アルコールは水じゃないですよ」
話しつつ、お湯をコーヒー粉に注いでいく。
「てか、ハンドドリップじゃん。凄いね」
「バリスタですから」
コーヒーを淹れ終えた後、お皿にカップを移し、ナツミの元へ運ぶ。
「こちら、当店バリスタおすすめのイルガチャフィになります」
「へー、どんな味なの?」
「基本的には紅茶のような香り、風味が楽しめますが.....詳しくは実際に味わった方が早いかと」
「ふーん.....」
ナツミはカップを手に取り、少し匂いを嗅いだ後、コーヒーに口を付けた。
「あ、美味しい!モカくん、やればできるじゃん!」
「俺の何を知ってるんですか」
「そーなんですよー、ウチのモカくんはやれば出来るんです」
すかさず、マメ先が被せてくる。
いちいち面倒くさい雇い主だ。
「てか、ナツミさん。バッチリとスーツで決めてますけど、お仕事何されてるんですか?」
マメ先がニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
ふざけているかと思えば、こうして真面目な質問も出来るから油断できない。
「保険の営業ですよー」
のんびりとナツミが答える。もう完全に帰る気はないらしい。くつろぐ気満々の様相だ。
「へー、保険の営業!モカくんなんかより、ずっとお堅いじゃないですか!」
「いや、そもそも俺お堅くないですから」
ナツミは机に両肘を突いて、コーヒーを啜りつつ、溜息を吐く。
「えー、別にお堅くもなんともないですよ、こんな仕事。ストレスでしかない」
「大変なんですね」
「サラリーマンって、ただの会社のイヌじゃないですか。給料っていうエサ貰う為には、尻尾振り続けるしかないんですよ」
ナツミの声の調子は変わらないが、その表情はどこか暗い。
「だってさ、モカくん。ちゃんと私に尻尾振りなよ」
「尻尾振るぐらいなら辞めますよ」
「えー、ひど」
マメ先の軽口を軽くいなして、ナツミに向き合う。
「では、今日はお仕事終わりといったところでしょうか?」
「そうそう。やっぱ呑まなきゃやってらんなくて。昔から酒好きだけど、最近は仕事終わりにハシゴしないと生きてけない身体になっちゃってさ」
なるほど。
次の飲み屋に入ろうとして、ココに辿り着いたというわけか。合点がいった。
「お疲れですね」
「ホントだよー。ねー、モカくん、分かったら癒しのキッスちょーだい?」
「サービスに含まれてないんで」
さて、どうしたものか。
彼女の酔いが覚めるのが先か。
それとも、彼女が悪い夢から覚めるのが先か。
いや、アルコールを通して見た世界は、きっと彼女が本当に見ていた世界ではない筈だ。
悪い夢と共に彼女を現実に引き戻す。
それが、今回の自分の仕事。
「ねー、モカくん。ハグでもいーよ」
「するわけないでしょ」
「ケチモカ」
「うるさい」
引き戻....せるのか?
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