第3話 モカとアル中女
「ねーモカくん。何で合コン来てくれなかったの?」
平日の21時。お客さんのいない時間帯にマメ先に聞かれた。
古い豆を使って、コーヒーを淹れる練習をしていたモカは、手を止めてマメ先を見る。マメ先は店内の掃除をしていたが、飽きたのか客席に座り足をぶらぶらしていた。いや仕事しろ。
小さく溜息を吐いた後に答える。
「いや行く訳ないでしょ」
「何で?彼女いないじゃん。前にきた女の子.....えーっと、ココアちゃんとも付き合わなかったでしょ?」
「そーですけど。でも、それは関係ないでしょ」
「いやあるでしょ。ずっと彼女欲しいって言ってたじゃん」
「それはそれ。これはこれ」
「意味わかんない」
「わからなくていいですよ。とにかくサボってないで仕事してください」
「いつもはサボリ魔の癖によく言うよ」
「昨日でイベント終わったんで、帰る必要ないだけですよ。来週から忙しいんで早めに上がりますね。育成しないと」
「どんだけパ◯プロ好きなの?」
マメ先が呆れていると、カラカラと入口が開く音がした。
ただ、開くや否や、ドスンとえらい音がした。
見ると、入り口で女性が倒れていた。
「.......わお」
マメ先が暢気な声を出す。
モカは思わず駆け寄っていた。
「だ、大丈夫ですか?」
女性の肩をポンポンと叩く。女性が小さく呻き声を出す。呼吸はしっかりしているようだ。
別に外傷は見られてないし、動かしても大丈夫と判断し、お店のソファまで女性を運ぶ。
「おー、さすが元介護士。手際いいね」
「手伝う気ないなら黙ってて貰えます?」
マメ先の軽口をスルーして、女性をソファに寝かせる。
女性は30代くらいに見えた。肩にかかるくらいの黒髪は鮮やかで、容姿も比較的整っているように見えた。服装もスーツでビシッと決まっている。真面目なキャリアウーマンなのだろう。ただ一つを除いて。
「酒臭っ!」
激臭だった。正直ありえない。
おそらくこの女性は、ただのアルコール中毒者だ。相当泥酔している。
「いやー、久々に凄いの来たね」
マメ先が女性を見て、ケタケタと笑っている。
お客が酔っている内は真面目に接客する気は無いらしい。
ただ、お店でずっと休ませておく訳にもいかない。この酒臭さはコーヒーの嗜みに確実に影響する。
それにこのお店に辿り着いたということは、つまりはそういうことなのだ。
彼女は心の底から死にたいと願っている。
この泥酔状態に繋がるような背景を彼女は持ち合わせているのだ。しかし、この状態ではさすがに聞けず終いだが。
さて、どーしたものか。
モカが途方に暮れていると、ふとマメ先の姿が無いことに気づく。
あれ?どこ行った?
ふと見ると、流し台でバケツに水を汲んでいた。バケツといっても顔より小さいくらいのサイズで、そこまで大きくは無い。橋本◯奈の顔くらいならバケツに収まるかもしれない。
そのバケツに水を半分ほど入れると、マメ先はスタスタとこちらに歩いてきた。女性に飲ませるのかなと思って見ていると、マメ先は勢いよく女性の顔面にバケツの水をぶっかけた。
その光景にモカは一瞬言葉を失った。
「......いや、直にかけるんかい」
てか、ソファびしょ濡れやないかい。掃除しろよマジで。
そんなことが頭に駆け巡っていたが、そんなモカをよそに女性は目を覚ますのだった。
「ここは.....?」
女性が店内をキョロキョロしながら聞く。
「daybreakというカフェですよ」
マメ先が得意の営業スマイルで答える。
「私のお店です」
そこ強調しなくていいだろ、と思ったが口には出さなかった。
「あ、えーっと、アタシ、記憶がちょっと無くて....」
女性が頭を手で押さえながら、顔を歪める。
「大丈夫ですよ。ご安心下さい。ゆっくり休んでいって頂ければ宜しいので」
マメ先が完璧な笑顔で接客を続ける。
「コレお冷です。良かったらお飲み下さい」
「あ、どーも、すいません」
女性はまだ困惑している様子だったが、渋々お冷やを受け取り口につける。
「てか、あの、1つ良いですか?」
女性が尋ねる。
「何でしょう?」
「何でアタシ、こんな濡れてるんですか?」
至極真っ当な質問だ。女性の首から上は、しっかり濡れている。
「え、最初からそーでしたよ?」
そして、白々しい嘘を完璧な笑顔のまま並べるマメ先。いやひどいな。コレはひどい。
女性はマメ先からタオルを受け取り、髪にしたたる水滴を拭いながら、楽観的に答える。
「あー、なら仕方ないですね」
いや仕方なくはないだろ。
えらく図太い人のようだ。もしかしたら、これが初めてではないのかもしれないけど。恐らくアルコール中毒の常習犯なのかもしれない。じゃなきゃ、このお店には辿り着けないから。
「て、他にお客さん来ますよね。早く、出ます.....」
女性が起きあがろうとするも、ぐらりと身体が揺れる。モカは慌てて、その身体を支えた。
「いや、もう少し休んだ方が良いかと。今は他にお客様もみえませんから」
「いやいや、でも、そこまで長居するわけにも.....」
女性は言いつつ、モカを見上げる。女性と目が合う。
その瞳は色っぽく、そしてこの世の何よりも美しいと思えた。
ただ、口は酒臭いのだけど。
「とりあえず、一度座りま.....」
言いかけたモカの口に女性の人差し指が触れる。
「え」
そして、つぎの瞬間、女性の唇はモカの唇に触れていた。柔らかい触感に、頭の中がとろけて真っ白になる。
「......」
一瞬、何が起きたか分からなかった。
唇が離れ、女性と目と目が合う。
「イイ男、みーつけた」
ポカンとするモカを尻目に、女性は悪戯っぽい笑みを浮かべているのだった。
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