第二十話 肉々しい系女子。

「わ、わたし、その白音教に興味があり、まして」


 エミは顔を下に向けたまま言った。何の仕事をしているのかセカイは知らなかったが、どんな仕事も大変に違いなかった。もっとも、実際は、ある種の好みをもった男たちが指名する売れっ子だったが。


「そうですか。それはありがとうございます。ご出身が白音市に近かったりするんですか」


 白音教は白音山をご神体とする神道系の新宗教として扱われている。したがって、白音市やその近辺の出身者、あるいは「ご利益」のある芸能関係者が関心をもつことがほとんどだ。セカイは、このぽっちゃりがアンナのように芸能に興味があるようには思えなかった。


「いえ、そんなことはないんですが」

「フレアちゃんに興味あるって言ったほうが早いんじゃない?」


 ウルルが助け舟を出した。


「そ、そうなんです! あの、フレアさんの踊っているときの表情がとっても楽しそうで、明るくて。憧れます」


 フレアのファンは珍しくない。だが、実際に入信するとなると話は別だ。


「なるほど、白音フレアさんの踊りを見られたのですね」

「ネット動画ですけど、生で見たくて」


 教団幹部の踊りを生で見るには、クラブギフテッドのように会員にならねばならない。だが、そのためだけに年会費十万円を払うとなると、ふつうは二の足を踏む。クラブギフテッドのように安くはないのだ。しかも、それだけではない。


「なるほど、なるほど。それは入信される方の動機としてはしごくふつうです。ですが、入会すればすぐに見られるわけではありません」


 セカイは少し言いにくそうになった。


「ありていにいえば、信者にはランクがありまして。七位階というのですが。入会したばかりの方は『赤色』と呼ばれます。それからだいだい、黄色、緑、青色、藍色、紫色に進みます。教団本部のある白音市で行われる儀式に参加できるのは、このうち藍色からで、約十年の教団への献身が求められるのです」


 十年。つまり特別待遇の無料期間が終わったころだ。


「ちなみに献身というのは、お金だけではなくて、教団関係のボランティアへの従事なども含まれます」


 教団の仕組みについて、セカイは詳しい。父親であるタイカイにいつも仕事を手伝わされてきたのだ。その中には信者の名簿管理も含まれていた。エミは顔を下に向けたままボソリと「します」とだけ呟いた。


 セカイはどうしたものかと思案した。エミの顔は下を向いたままで表情はよく見えない。


「この子、思い込みが強いのよね」


 ウルルが組んでいた足を組み替えながら言った。


「いつもはダメな男に入れ上げるんだけど。今回はフレアちゃんてわけ。わたしもどうかなーって思わなくもないんだけど、ダメな男よりはマシかなって思ったのよ」

「ダメな男よりマシだから入信、ですか」


 セカイは引っかかったが、入信の動機など人それぞれだ。エミは黙っていた。ウルルの言うことに反論はないようだ。


「ダメな男に金溶かすのは良くて、宗教にお布施するのは良くないって、おかしいわよね? 自分のお金なんだしさ」


 ウルルはそう言うと、ふぅーと息を吐いた。


「そうですね。そう言われれば、確かに」


 セカイも反論できなかった。実際、エミの入信の動機はありがちなものだ。だが、それは特別待遇に値するほどのものだろうか。


「エミさん、あなたが真摯に入信を考えているのはわかりました。ですが、特別待遇として十年間会費を無料にするだけの理由を教えてください。あなたは白音教にどのように献身されるおつもりですか」


 エミは辛うじて絞り出したかのような声で答えた。


「ボランティアでも何でもします」

「それは特別待遇で入会しなくてもできます」


 セカイは少し罪悪感を覚えたが、ここで引いてはいられなかった。イルカのような例もあるのだ。


 ウルルは少し心配そうな顔でセカイとエミとを交互に眺めていた。エミを助けようにも言葉が見つからないようにも見えた。


「あの」


 エミが呟いた。


「実はわたし、漫画書いてるんです。趣味程度なんですけど」

「そういえばそうだったわね」


 ウルルが眉を上げた。でも、そのことがどう関係あるのかわからないといった様子だった。


「一応お聞きしますが、どんな漫画なんですか」


 セカイはなんだか漫画雑誌編集者にでもなったかのような錯覚を覚えた。これから漫画を読まされるのだろうから。


 エミが携帯端末をセカイに差し出した。そこには、かなり上手な絵の漫画が描かれていた。予想していた通り、キャラクターはフレアにどことなく似ていた。武闘派の踊り子が悪党を物理的に倒していく物語。内容はとくにない。セカイが編集者なら、漫画にはストーリーが必要だ、とでも言うところだ。だが。


「漫画を描ける人は教団の中にもいますが、さすがに次期教主さまをこういう形で描こうとする人はいませんね。あなたはわたしが怒るとは思わなかったんですか」


 エミが真っ青になったのがセカイにはわかった。セカイは慌てた。実際にはセカイは怒っていなかったのだ。


「ですが、あなたの絵からはキャラへの愛情を感じます。素人目ですが、描き込みに愛がありますね。物語はその、なんというか、ありがちですが」


 ウルルはそれを聞いて吹き出した。


「エミ、あんたの漫画の理解者がいてよかったわね! いつも言ってたでしょ、商業誌に行きゃ担当つくんじゃないかって」

「……でも、それじゃ、わたし、描きたいもの描けないし」

「教団の中で漫画を描く仕事の依頼があったとしても、それが描きたいものとは限りませんよ」


 セカイは厳しく言った。


「それはかまいません。わたしはフレアさんを見たいんです。そのフレアさんを見ていると、なんだかこう、自分が変わっていける、そんな気がするんです」


 エミはそう言うと、顔を上げた。セカイはそのまなざしに真剣なものを見て取った。


「……わかりました。それでは、あなたも特別待遇に推薦しておきましょう。でもいいですか、わたしはただお話を聞いただけで、決定権も何もないただのアルバイトなんですからね」


 エミは嬉しそうに頷いた。


「ふーん。教団って結構太っ腹なのね。っていうか、あなたが太っ腹なのかしら? フレアちゃんとの関係も気になるし」


 ウルルはそう言うと、パフェを追加オーダーした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る