第十七話 アルバイト。

 フレアとセカイが久然学園高校に入学・進学してから一か月経とうとする五月。セカイは寮の自室で携帯端末をいじっていた。


 セカイがひたすらに見ているのは小動物の動画だ。ゴールデンハムスター、ジャンガリアンハムスター、ハリネズミ、などなど、ただひたすらにセカイは検索をかけ、ある動画はちらりと見る程度で済ませ、またある動画はきちんと最後まで見る。セカイの飼育の知識やスキルはそうした動画とイメージトレーニングから得ていた。


 飼育動画と言っても、飼い主の意識によりさまざまなものがある。虐待と思われるような動画に行き当たることもある。劣悪な環境で消費されるかのごとく生を終えるハムスターたち。通報にまでは至らない。


 飼い主にその意識があるかどうかなんてわからない。飼い主の怠慢なのか、それとも故意か。セカイにはそんな区別はつかない。ただ、かわいそうに思うだけだ。


 かわいそうといえば、理科実験室にいるモルモットだ。週末はユキノに任せることになる。


 セカイは不安だった。あの、コスプレ以外には何の興味もなさそうなユキノが突然、小動物を飼うなどと言い出したときははたしてどうなることかと思った。とはいえ、モルモットは週末を生き延びてはいた。






 セカイは携帯端末の音声をミュートにした。週末の寮は静かだ。生徒たちは思い思いに過ごしている。


 クラスではユキノの目があり、また、セカイを見るクラスメイトの目がある。セカイはいじめられているわけではなかったが、ユキノとの奇妙な関係をさっそく嗅ぎつけられ、平穏は着実に失われつつあった。ユキノが隠そうともしないで、他のクラスメイトの前で理科実験準備室に来るようになどいうのだから、どうしようもない。


 おまけに、フレアまで入学してきた。


 セカイの考えでは、フレアはそこまでセカイに執着していないはずだった。だが、セカイの予想を遥かに超えた執着がフレアを久然学園まで来させたのだと思うと、フレアがセカイになぜそこまで執着するのか、セカイにはまったくわからなかった。もっとも、フレア自身にもそれはわからなかったのだが。


 ピーン。


 そんなセカイに、父親で白音教団の事務局長をしているタイカイから一通のメールが届いた。


「久然市に入会希望者がいるので会ってほしい」


 セカイははてな、と怪訝な顔をした。入会希望者への対応。そんなことは教団の、それも大人の仕事だった。


 とはいえ、セカイには心当たりがあった。


「父さん、教団からはしばらく離れたいって言ったよね」


 セカイは素早くメッセージを返した。地元の勝手知ったる学校に行かずに、わざわざ遠く離れた久然の学校まで来たのは教団から離れるため。そのことはタイカイも理解していた。だが、それまでタイカイはセカイに「家業」の教団経営を継ぐように言ってきた。いや、言ってきたというよりはそれをさも当たり前だと思っていたのだった。だから、セカイが久然学園に行きたいと言ったときは驚いたし、反対もした。だが、結局はセカイの見聞を広げるためだと賛成したのだった。


 そんなタイカイが教団の仕事をセカイに振るということは。つまり、父親が「家業」に興味をもつように仕込んだサクラに違いない、とセカイは思った。入会希望者とやらに教団の説明をさせれば、嫌でも教団を思い出さざるをえない。実際それが、フレアとタイカイの一致した目的だった。タイカイがフレアからねじ込まれた「特別待遇」を承諾したのには理由があった。


「まあ、そう言うな。大事な週末に働いてもらうわけだからな。バイト代ははずむ」


 バイト代、と聞いてセカイは揺れた。バイト代は魅力的だと思った。


「一万は出す。どうだ」


 セカイは地元から離れた金のかかる私立に通うことを許してもらう代わりに、お小遣いはすべて返上していた。


「話を聞くだけでいいの? どうしてぼくが」


 セカイはさらに訝しんだ。おいしい話には裏がある。しばらく返信は来なかった。


 が。


「実は、ちょっと特殊なコネクションでな。十年の年会費を無料にする特別待遇にふさわしいかどうかを見て欲しい」


 それ以降、セカイとタイカイのやりとりは立て続けに進行した。


「そんなのって前例あるの?」

「ない」

「うちってそんなに『お客さん』に困ってたっけ?」

「そういうことじゃないんだ。まあ、お友達枠みたいなもんだ」

「じゃあ、もう入会させちゃえばいいじゃん」

「そういうわけにもいかんのだ。他の信者の手前、特別審査したってことにする必要がある。だからわたしではダメなんだ」

「じゃあ、ぼくだってダメじゃん。っつか、ぼく、信者でもないじゃん」

「だから特別顧問ってことでな。第三者的評価を頼む。おまえなら白音教にも詳しいだろ」

「……ヘンなの」


 セカイは思った。怪しい。怪しいが、だからこその一万円だろう。なんにしても、小遣いゼロ円から脱出の糸口だ。


「わかったよ」


と、セカイはついに返信した。


 すると、すぐに返事が返ってきた。


「じゃあ、今日の午後から頼む」

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