第十話 レイリの事情。
フレアとレイリ、そしてオリエが座っているテーブルに視線が集まっていた。フレアには、羨望の眼差しは受けたことがあっても、今のように品定めされるような眼差しを受けた覚えはなかった。
アンナは汗を拭きながらスポーツドリンクを飲みつつ、フレアを見ている。スラリとした身体は男女問わずモテそうだ。実際、店でも高順位でナンバーツーを狙う人気嬢だ。
イルカは、イヤホンをしたままチラチラと目線をフレアに送っていた。少しアンニュイな表情で無口なところが太い固定客にウケていた。
ウルルはネイルだけでなく衣装全般にも気を配っていて、ゴージャスな巻き髪がまるで女王様のよう。その隙のない美貌で店ではナンバーツーだ。
エミは寝転んだままフレアのほうをいつのまにか向いていた。そして、こっそり漫画雑誌の端からフレアの顔を窺っていた。寝そべっているのにわかるほど豊満な胸は多くの客の指名を抱え込んでいた。
そんな色んな方向からの視線のなか、フレアは横にいるレイリを見た。気がつけばレイリからも熱い眼差しを送られていた。
「戸頭さん、わたしたち今日会ったばかりだよ」
フレアはそう口走った。
「一目ぼれってそういうものですわ」
「……本気で?」
「本気ですわ」
それまでフレアは、レイリについて金髪でぽっちゃりした変わった子、という程度の印象しか持ち合わせていなかった。だが、よく見ると肉感的と言ってよく、制服からはち切れんばかりのわがままボディだ。フレアは、きっと男子なら触りたいとか思うのだろうな、と考えた。
つまり、レイリはフレアの逆で、触られるほうなのだ。きっとレイリは触られたいのだ。
だがフレアはどうしたらいいかわからなかった。ただ、本人が本気だと言っている以上、むげにはできないと感じつつも、おろおろするしかなかった。
そんなフレアを見て、保育士経験をもち「マザーアイドライクトゥファック」として不動のナンバーワン嬢であるオリエは毒気を抜かれたようだ。
「ごめんなさいね、白音……何ちゃんかしら」
「フレアです」
「そう、いいお名前ね。やけどしちゃいそう。わたしたちにとって、レイリちゃんは大切な子なの。かんたんな気持ちでこのお店に来るようなヘンな子にたぶらかされたら大変。でも、フレアちゃんは違うようね」
フレアにはよくわからなかったが、どうやらレイリの後見者のおメガネにかなったらしかった。ことの成り行きを見守っていた他の嬢たちは、それぞれの作業を再開した。
フレアは急に喉の渇きを感じ、差し出されていたお茶を口にした。そのお茶は確かに適度な温度で抽出されていた。
「……このお店に来るからヘンな子というのでしたら、オリエさんもそうだと思いますわ」
レイリは当然の反論を行った。オリエはレイリを優しく見つめた。
「ええ、そうね。だから言ってるのよ。わたしはレイリちゃんに初めて会ったときはろくな人間じゃなかったから。だけど今は、少なくともレイリちゃんは大切に思っているわ」
レイリはオリエからそんな話を聞くのは初めてのようで、少し驚いた顔をした。
「レイリちゃん、駅前で座り込んでるような子を見るとほっとけなくて、よく連れてくるんだけど、なかにはあまりタチのよくない子もいて」
オリエは困った顔をして手を頬に当てた。
「タチのよくない子なんていましたかしら」
「いたじゃない。お店のお金を盗んでいなくなった子。あのあと大変だったんだから」
「あー、あの子ですわね。でも端金でしたわ。そんなことより、わたしはイヤなんですの。せっかく美しい女の子が端金で食い荒されてしまうのが。美の市場が歪んでしまいますから」
レイリの口上は堂々としていた。オリエは苦笑した。
「さすがハルカママの愛娘ね。おかげで、かなり稼がせてもらってます」
オリエは深々とレイリに頭を下げた。
「じっさい、わたしもレイリちゃんに拾われたんだけどねー」
そう呟きながら、いつのまにか近づいてきていたアンナがどっかとフレアの横に腰を下ろした。ちょうどレイリとフレアを挟むかっこうだ。
「言っとくけど、わたしも未成年じゃないよ。オリエねえにはお子さま扱いされてるけど、それはオリエねえが一回り年上だからで」
「一回り?」
オリエの顔が引きつっていた。
「あー、半回り、かな? ごめんごめん。いやでもじっさい、お嬢って、よく女子はひっかけてくるよね。男子はまったく興味なしってかんじ」
今度はレイリが引きつった表情を浮かべた。
「ちょっとアンナさん。そんなどうでもいいこと言ってないで、白音さんからもっと離れてください」
「へーい」
と言いつつ、アンナは少し身をよじっただけだった。アンナの距離が妙に近いことに気づいたフレアは座ったままレイリのほうに少し移動した。
すると突然、アンナがフレアの腕を掴んだ。
「ほー、やっぱ筋肉すごいね! なんかやってんの?」
「修行……山登りを少々」
フレアは苦笑いしながらアンナの手を振り解いた。
「へー。彼氏とかいんの?」
脈絡のない問いかけにフレアは思わず答えた。
「いません」
「じゃ、彼女は?」
「……」
ついに、レイリが声を上げた。
「もういいでしょ! わたしは白音さんと話があるんだから、ちょっとあっち行っててください!」
「わかったよ。お嬢がそう言うなら」
アンナは手を振るとあっさり離れて新しいゲームを起動した。
「オリエさんもですわ」
レイリはオリエを睨みつけた。
「あらあら。お邪魔だったわね」
オリエはお茶の礼をいうフレアに軽く微笑みかけてから、自分のカップを手にとると席を立った。
レイリはオリエを見送ってから、フレアに向き直った。
「ごめんなさい、白音さん。いつもはいいお姉さんたちなんですけど、わたしがあんなこと言ったもんだから」
一目ぼれのことだ。
「戸頭さんがわたしのこと気に入ってくれたみたいでうれしいけど」
フレアは精一杯の営業スマイルで応えた。
「ありがとう! わたしもいきなり付き合ってくれだなんて言わないから安心して」
いつか言うという宣言なのか、とフレアは内心ドキドキした。
「で、白音さんにここまで来てもらった理由なんだけど」
ようやく本題に入るようだった。
「まず、教室でのこと、ごめんなさい。いきなり突っかかっちゃって」
「気にしてないよ」
実際、フレアにはそれが戸頭レイリに興味をもつきっかけだったのだ。
「高校入試組と進級組とのあいだには壁がありますの。さらに、成績上位と成績下位の壁。成績下位のわたしは、成績上位のあなたにあいさつする必要があったのですわ」
「あいさつって、確かに『ごあいさつ』だったけど」
フレアもユキノからの話でそうした壁があることは感じていた。
「まあ、そうですわね」
そう言うとレイリは笑った。それから真顔になって続けた。
「あの挨拶は、わたしが上位層に従わないという意思表示でした。あなたがこんな人だとわかってたら、犬居に突っかかるべきだったかもしれませんが、犬居はもうわたしのことはわかってるはずですから不要です」
そう言うと、レイリはにっこりと笑った。
「こんな人ってどういうことかな?」
フレアにはまったく想像もつかなかった。
「それは、成績をはなにかけたりしない人です。この久然学園では成績がそのままスクールカーストに直結していますから」
成績ランキングが事実上の身分的なものになりがちだとユキノが言っていたことをフレアは思い出した。
レイリは続けた。
「成績下位層にはデューティがあります」
フレアは頷いた。成績下位層には掃除やボランティアなどが課外で課せられ、自由な時間がほぼない、そう聞いていた。
「ただでさえ成績が悪いのに勉強する時間がないのですから、成績下位層は固定化しがちです」
それはそうだろう、とフレアは思った。だが、その不合理さにフレアは関心がなかった。
「そこで何が起こるかというと、デューティのやりとりです。つまり、お金と交換で成績上位層にデューティを肩代わりしてもらう。そういうことが横行しています」
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