第九話 聖女、告白される。
レイリは放心状態の山田をつついた。
「山田、よかったですわね。白音さんに触ってもらえて。あとでちゃんとお金を払いなさい」
「はあ。いくらですか」
「わたしが知るわけないですわ。白音さん、おいくら?」
フレアは山田の反応に驚いていた。セカイも、触ったらこんなふうになるのだろうか。
「
フレアは少しモジモジしながら言った。
「そういうこと。わかった?」
レイリは山田を睨みつけた。山田は瞬きした。
「今、待機部屋には誰がいますの?」
レイリはそう言って、再度、山田をつついた。
「いつものお昼のメンバーです」
そう、と言ってレイリはフレアの手を取ると、ぼーっとしている山田を尻目にカウンターのすぐ脇にある扉を開けた。その扉の向こうは廊下になっていて、そんなにコストをかけずに飾り付けられた扉が両脇に三つずつ並んでいた。廊下の奥にはピンクのけばけばしいベールが垂れ下がっていた。
「白音さん、さっき山田になんて言ってたの? 神さまがなんとかって……何かの勧誘?」
レイリは廊下を奥へと進みながら
「うちが教会なの」
白音教団では自分たちのことを「教会」と呼ぶことが多い。
「へーそうなんだ! 道理で変わってるわけね!」
レイリは納得したようだ。変わっている、と言われてフレアはムッとした。
「……変わってるかどうかは知らないけど、山田さん、いいこと教えてくれたし、わたしのできることといったらそれくらいだし」
フレアはとくに勧誘したいと思ったわけではない。だが、そのとき、フレアから山田に与えられるものといえば、宣教部の連絡先、それくらいだった。地元で開催される白音教の一般参加イベントと同じだ。違うのは、係員ではなく聖女が直接教えたということ。
「山田にとってはいいことですわね」
レイリはやれやれとばかりに鼻をフン、と鳴らした。
「迷惑だった、かな」
フレアの声は小さかった。山田は白音教団のイベント参加者ではない。白音教宣教部の連絡先に関心などなかったはずだ。
「さあね。ま、とにかく山田をあまり信じないことですわ」
フレアが心配しているのは、山田が神の救済を必要としていたかどうかで、フレアと山田の関係ではない。フレアはレイリを「何を言っているのかわからない」というような表情で見た。
「わたしが山田さんを信じるなんてありえないよ。山田さんが神さまを信じるかどうかだよ」
フレアの真面目な顔を見て、レイリは吹き出した。
「あなたってやっぱり変わってるのね! 最高!」
そう言うと、レイリはフレアに抱きついた。
突然のことで、フレアはまったくどうしたらいいかわからなかった。
近くの扉の向こうからは何も音はしない。二人だけだった。レイリはぽちゃぽちゃしていた。そのやわらかい腕がフレアの引き締まった細身の体に巻き付く前に、その豊かな胸がフレアの胸に押し付けられた。
「ちょ、ちょっと。戸頭さん、いったいなんなの?」
フレアが少し力を入れるとレイリは離れた。
「ただのスキンシップですわ」
「ハグっていっても、セクハラになることあるんだからね」
フレアは身支度を整えながら呆れた。
「あら、そんなこと。もうわたしたちはすっかりお友達ではないですの?」
レイリに悪びれた様子はなかった。フレアはため息をつきながら、レイリの妙に近すぎる距離や「なんちゃってお嬢様ことば」に慣れ始めている自分に気づいた。
「さて、それではわたしの家にようこそー」
なぜか満足げな表情のレイリは、廊下の奥に着くとベールをめくった。するとそこには、そっけない事務扉があった。
レイリがその扉を開けた瞬間。
「あ、おかえりー」
なかから親し気な声がした。扉の奥はかなり広い部屋で、ダンスの練習ができそうなくらいだった。カーペットや絨毯が敷き詰められ居住性は高い。空調も整えられていた。テーブルにはお菓子やお茶がふんだんに盛られていた。
そして五人の女子がそれぞれにくつろいでいた。
一人は机に向かってティーバッグでお茶を淹れている。一人はクッションにかぶさるようにして漫画雑誌を読んでいる。一人はネイルの手入れに余念がない。一人は携帯端末にイヤホンをつなげて首を振っている。レイリに声をかけたのはモニターを前に体を動かしてゲームをプレイしていた女子だった。ちょうど扉の脇にモニターがあり、レイリとその女子とは真っ先に顔を突き合せたわけだ。
「お嬢、今日は早い日だったんだねー。誰? その子。すげーきれーじゃん! でも未成年は働けないよ?」
その女子は必死に体を動かしながらしゃべりかけた。
「わかってますわ。こちらは白音さん。クラスメイトですわ」
おおー、と部屋のあちらこちらから感嘆の声が漏れた。奥でお茶を淹れていた女子が目を見開いた。
「この人はアンナさん。ずっとゲームしてる」
「ずっとなわけないじゃんー。それにダイエットなんだけど!」
アンナはいっしゅんだけ笑みを見せるとモニターに目を戻した。
「音楽きいてるのが、イルカさん」
イルカはイヤホンを外さずに、ただ親指を上に突き出した。
「こちらはウルルさん。ネイル、いつもきれいですわね」
「ま、ねー。趣味だからねー」
ウルルはネイルの仕上げを確認し終えると、フレアをまじまじと見た。
「ほんっと、きれいな子ね。あとでネイルしてあげよっか?」
「ありがとうございます。でも、結構です」
フレアはウルルの極彩色の爪に圧倒されていた。
「漫画読んでるのが、エミさん」
エミはクッションから少し体を起こすと、ダルそうに言った。
「よろー」
「ごめんなさい、おつかれですわよね」
気を遣うレイリにエミは軽く手を振ると、またクッションに体重を戻した。
「で、こちらがオリエさん」
「あらあら。あなたたちの分もお茶を淹れなくっちゃ。よろしく」
オリエはそう言うと、部屋の端にある食器棚に歩み寄り、フレアとレイリのためにお茶を用意した。
オリエは若く見えたがよく見ると、ほかの女子たちよりも少し年上に見えた。
「レイリちゃんがクラスメイトを連れてくるなんて、初めてよね」
オリエはしみじみとそう言うと、レイリの頭を撫でた。
「もう、やめてよ!」
ふふ、とオリエは笑うとフレアを見つめた。
「レイリちゃん、ふつうの女の子はこんなところまで来ないものだわ。ただのクラスメイトってだけでは、ね。白音さん、あなたはいったい何をしたいのかしら」
オリエはそう言うとフレアの目を見た。
「あの……わたし、戸頭さんと……友達で」
フレアは小さな声で言った。実際、レイリに興味があるからついてきた。嘘ではない。だが、確かに、どんな店かよくわからないまま入ったのは軽率には違いなかった。
「確か、今日が入学式で、レイリちゃんとは初対面のはずよね。ここ、いかがわしいお店だとは思わなかった? お店の看板とか見なかったの?」
あらためて考えれば、ここにいる女子たちは店に入った時に見た写真の女子たちだった。その写真から、フレアは目を逸らそうとしたことを思い出した。
「……見ました。でも戸頭さんが一緒ですし」
「レイリちゃんが一緒だったらどこへでも行くほど、なかよしさんなの?」
オリエはフレアを品定めしているようだった。
「ちょっと! オリエさん、いくらなんでも失礼よ!」
それまで黙っていたレイリが声を荒げた。
「白音さんは、わたしがここまで引っ張ってきたの! だからいいの!」
「レイリちゃん、あなた、今までいっぱい色んな子を連れて来たわよね。でも、すぐに離れちゃったじゃない。またそうなったら悲しいわ」
オリエは目を伏せた。
フレアは二人のあいだに割って入ることができず、ただおろおろするしかなかった。
一同が見守るなか、レイリは顔を赤らめながら言った。
「それでもいいの。一目ぼれなんだから」
フレアの目が丸くなった。
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