第7話 命懸けの試行錯誤
「アトラクト!」
私はそう唱える。すると机の上の鉄達は音を立てて滑り、転がった。
いくつかの試行錯誤により判明したことだが、手の平に形容し難い力を込めれば、この現象は生じる。
第三者が見れば、私の手から磁力が発生し、金属を引きつけたと思うだろう。
だが、子供なら人体の七十パーセントは水で構成される。本当に身体から磁力を発生させているのか。そもそも水は反磁性体だ、反発してしまう。
容器に入った水に強力な磁石を近づければ、まるで十戒で海を割ったモーゼの様に、水は押し退けられる。
これはモーゼ効果と呼ばれる現象だ。以前の世界なら起こりえるが。
『ソレニシテモ。ナゼ、ジュモンヲ、トナエルノデスカ?』
「それは、雰囲気が出るからだよ」
『ソレナラ、ワタシモ、ナニカカンガエテ、オカナクテハ!』
彼女の奮起は横に置いておいて、次を試そう。
私は手を下ろし、机の上に置いてある鍋に意識を集中した。すると周囲の鉄達は鍋に向かって勢いよく飛び、カンと鋭い音を立てて鍋にくっついた。
これは私が意識を向けた金属を起点に、磁力を発生させる現象だ。現に、鍋が強力な磁石になった様に見える。
意識を発散させると、鉄達はガラガラと音を立て、また机に落ちた。これは先の現象より納得しやすい。
鉄単体は永久磁石にはならない。外部からの磁力によって鍋は磁化されるが、磁力が無くなれば、ただの鍋に戻る。
さて、次が最後の試みだ。但し、あまりに度しがたい。
私は宙を見て、そこに意識を集中させる。そして強力な磁石が空中にあるかの様に、鍋もフライパンも宙に昇っていった。
本当に、これが魔法なのだろう。
様々な過程を省いてまで、私は自在に磁力を操っている。それも任意の場所に、好き勝手に発生させる。
最初の現象もそうだ、私の手から磁力が発生している訳ではない。どうにも説明が出来ない現象を、私は目の前で起こしていた。
だが、これを操る感覚に私は覚えがあった。以前使っていた脳波と筋電位測定システムを用いたPC操作、それに似ている。
整えられたシステムの様だ、私にしっくりと合っている。魔法を使うための出力インターフェイスが精霊だと仮定するなら、これは私のカタツムリ様々だろう。
ご褒美に卵の殻でもあげるべきか。
『ナニカガ、ワタシヲトオリ、ナガレテイル。フシギナ、カンカクデス。チョウサシマスカ?』
「いや、私はサイエンティストではない、エンジニアだ。今は現象の解明より、目的を達成する事に重きを置くよ」
『ジツヲトル、ソウイウコトデスネ?』
「その通り」
しかし、今のままではダメだ、これでは戦えない。
マリスくんは相変わらず村を駆け回っていたが、私は彼に勝てる気がしない。彼ですら目で動きを捉えられない。それなら本職の騎士のどうだ、私は想定も出来なかった。
知覚できなければ対処も不可能だ。360度Webカメラも、立体把握システムもここには無い。一秒間に三千コマのフレームレートも、今の私は持ち合わせていない。
「デンデン、君の外部環境測定システムは稼働している。磁界の変動に気が付いた、つまりは以前と同じ風景が見えているだろ」
「ソウデスヨ。システムハ、ソンザイシナイ、ハズデスガ」
「協力してくれ。私へのフィードバックは無理かもしれないが、今なら意思疎通が出来るからね」
「ナルホド、ワカリマシタ」
鍋達を机に下ろすと、砂鉄が入った袋を持って実家を出た。向かう先はマリスくんの家だ。
やはり実戦あるのみ。机上の空論より三現主義だ、有名な自動車メーカーも言っていた。もう都市開発が主力だった気がするが。
ついでに隊長風の男の話も聞こう。オリビアに聞いてもらう方が確実だが、私はそれを頼む気にはなれない。
しばらく歩き村長宅に着くと、彼の元気な声が聞こえてくる。そして私を見るなり、こう言うのだ。
「きょ、今日は一人だな。何の用だよ?」
「一つお願いがありまして。私と鬼ごっこでもしませんか?」
そう伝えると、彼はニヤリと笑った。どうやら素直に付き合ってくれる様だ、これは都合がいい。
村を出て林の中を歩く、会話はなかった。思い返せば、彼と二人きりになるのは初めてだ。
ちょうど同い年の男の子は、この村でマリスくんだけ。オリビアは一歳年上、他の子は二、三歳くらい離れている。
本来なら、もう少し仲の良い友達になれたものを。色恋沙汰とは、やはり難しい。
「そっ、それで……どっちが鬼なんだ」
「もちろん、マリスくんですよ。私が全力で走っても、君を捕まえられません」
「なっ、なら、この辺りでいいか。十数えた後で追いかけるから、早く逃げろよ」
「出来れば、三十くらい数えてください。本気でお願いしますね」
私は彼から離れて、そして砂鉄を袋から出し地面に撒く。わずかに両手へ力を込めた。
「デンデン、彼の動きを伝えてくれ。前後左右に上下でも、君なら見えるはずだ」
「モチロンデス」
マリスくんの声が聞こえる。彼が三十まで数え終わった時だった。
「ゴジノホウコウ」
「チェイン!」
砂鉄が鎖状になり、左手に巻き付く。すぐさま私の身体は横に引っ張られた。
大きな音がした。私が立っていた場所に、マリスくんがいる。これは足を止める暇もない。
右手から更に砂鉄を伸ばし、先の木に巻き付ける。直線運転の次は回転運転だ、遠心力を試してみよう。
ブランコを漕ぐ様に、私は林の間を駆け抜けた。まるで蜘蛛男だ、そんな映画があったな。
さて、身体への負担は大きいが、使えなくはない。フルハーネス型の安全帯に似せて、身体を砂鉄で固定したのは正解だった。
腕だけの力では無理だ、手が引きちぎれている。もちろん固定部には負荷がかかる、痛いことに代わりはない。
「ナット! お前、いつの間に」
マリスくんの驚愕の声が聞こえるが、私も驚愕している。彼の方がよほど物理法則に逆らっていた。
エネルギー保存の法則を無視している、そして彼には慣性が働いていない。隙のない反復横跳び、完全な慣性制御駆動に見える。
「シチジノホウコウ」
「リパルス!」
とっさに地面へ砂鉄を敷き、上に飛び乗った。足の裏から押し上げられる力を感じ、そのまま私は宙に放物線を描く。
同じ極の磁力なら、反発し合う力が働く。これはアトラクトと逆の作用だ。
しかし、飛び上がってしまうのは難点だ。着地がシビアになる。空を自由に飛べるなら、本当に魔法使いの様だが。
「リパルス、チェイン!」
遠心力と反発力を駆使して、身体の勢いを殺す、さすがに足がもつれそうだ。移動している物体は簡単には止まらない、やはり魔法は度しがたい。
マリスくんとの鬼ごっこは三十分ほど続き、最後に私は捕まってしまった。
全身汗でびっしょりだ、地面に大の字で寝転がり、今は二人とも息を整えている。
「はぁ……はぁ……ナット。お前、いつの間に。あれ、何なんだ……」
「私のカタツムリも中々に優秀でしてね」
「はぁ……本当に騎士になりたいのか?」
「騎士になることは、正確には目的ではありませんが」
「ふん、だったら。俺がお前の練習に付き合ってやるよ」
どうしてだろうか、マリスくんが優しい。
『オトコノ、ユウジョウデスカネ』
「ありがとうございます。そうして頂けると助かります」
「お前はいつもオリビアと一緒だからな。少しは俺と……」
「そう言えば、マリスくん。村に来た騎士団の偉い人、隊長みたいな人いましたよね?」
「あぁ……」
「どんな人か、どんな戦い方をするかご存知ですか?」
今日のマリスくんはいい感じだ、今なら教えてくれそうな気がする。
「炎の魔法が得意だって言ってたぞ、炎拳のシルバって呼ばれてるって」
「ほぅ、お洒落ですね」
「ははっ、何だよ、お洒落って」
彼は楽しそうに笑っていた。どうやらツボに入ったらしい。こうやって話していると、彼も年相応の子供だ。
そして、しばらく会話を続けていた時だった。凄まじい爆音がして、目の前の木々が倒れていった。
林の向こうから、光り輝く女の子が歩いて来る。彼女の周りで小さな妖精が、いや精霊が慌てた様に飛び回る。
「ナット……何で? マリスと……遊んでたの?」
目の前の彼女は、オリビアは目を真っ赤にして泣いていた。震える両手が動く度に、光が飛び散り地面を抉る。
「待て、オリビア。俺達は」
「マリスは黙ってて!」
オリビアが大きな声を上げると、何かがマリスくんに向かって飛んでいく。そのまま彼は衝撃に吹き飛ばされた。
「ナット!」
彼は林の奥に消え、目の前のオリビアは私を睨んでいた。
『マリスサンハ、キゼツシテイマス』
「離れるべきだな。オリビア、少し落ち着いて……いや、せっかくだから。私と本気で鬼ごっこでもしませんか?」
私は笑って、彼女にそう伝えた。
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