第2話 ファンタジーな現実
それからオリビア達との生活が始まった。しかし。今までの僕の生活から大きな変化はなかった。
太陽と競う様に早起きをして、水を汲み、畑を耕す。昼は休んで、午後からは収穫を行い、野菜や果物の出荷準備を繰り返す日々。
村では大豆やジャガイモ、小麦にトウモロコシの様な野菜、紫色のリンゴなども育てていた。
そろそろ涼しくなる季節だ、ジャガイモとリンゴの収穫が忙しくなるだろう。
観光業や工業も盛んではない様だが、逆に自然に溢れた生活は心を穏やかにしてくれる。
農業は私の専門ではないが、何かを育てるという行為は大変やりがいがある。何より太陽の下、十分にこの身体が動かせるだけで幸せだった。
さて一つ問題があるとすれば、オリビアと同じ部屋で暮らしていることだろうか。この村に電気がなくて良かったとも思う。毎晩同じベッドで一緒に寝ているのだ、流石に僕は意識してしまう。
だが部屋に入り込む冷たい隙間風も、彼女が一緒なら凍えることもなかった。
「ねぇ、起きてる?」
そうオリビアが僕に声をかけてきた。今日は新月の晩だ、今は彼女の温かさしか分からない。
「起きていますが、どうしましたか?」
「ふふっ、もう変なしゃべり方は治らないね」
「これは直らないかもしれませんね」
「でもさ、大人っぽいナットも格好いいよ」
「それは少し照れますが。誰かに格好いいと言われたのは初めてですよ……」
「私が初めてなんだ、それは嬉しいかも!」
彼女は二人きりになると饒舌だ。私からすれば年齢の離れた妹にも思えてしまうが。こんな生活を続けて一年は経った、それでも私と僕の気持ちに折り合いはついていなかった。
「そう言えば、今年の感謝祭は国から騎士団の人が来るらしいよ。司祭様が精霊様を授けて下さるかもね」
「騎士団? 精霊?」
「そうだよ、精霊様だよ。私も凄い魔法が使える様になっちゃうかも」
魔法とは、何か小説の話でもしているのだろうか。幼馴染みは夢見がちかもしれない。彼女くらいの年齢なら、サンタクロースを信じていてもおかしくないか。
それにしても精霊とは懐かしい。極めて発達した人工知能を
彼等にも元気に生きていて欲しい。今頃は市民権くらい勝ち取ったかもしれないが。
そうだ、私の携わっていたプロジェクトは完遂出来たのか。今更ながら心配になってしまう。
メカニカルコンプリーション迄に致命的な問題は解決したが、パンチリストは百も残っていた。ユーティリティーの受入れ迄に小規模の手直しは必須だった、プレコミッショニング完了が遅れていなければ良いが。
いや大丈夫だろう。プロジェクトマネージャーも、エンジニアリングマネージャーも優秀な方だった。きっと世界は救われたはずだ。
深いため息をついてしまう。まったく、本当にここは何処なのだろうか。僕が私の記憶を持っているのは何故だ。私はいつの時代に産まれたのか。
本当に分からない事ばかりだ。そもそも私はいつ死んだのかも思い出せない。それこそ、いつ死んでもおかしくはなかったが。
「ねぇ、ナット? 大丈夫?」
「あぁ、すみません。大丈夫ですよ」
「本当に? 具合が悪かったりしてない?」
「大丈夫です。オリビアと一緒なら元気が沸いてきますから」
「もう、そういう所がずるいよね。ナットってさ……はぁ……」
そんな彼女のため息で、また夜は更けていくのだった。
秋の収穫も終わり、そろそろ村も農閑期を迎える頃だろう。実際は休みなどないが。今年も山に根菜を採りに行ったり、内職をしながら冬を越さなければならない。
それでも年に一度の村のお祭りは盛大に執り行われる。大地の恵みに感謝を捧げる。読んで字の如く、その感謝祭が明日に迫っていた。
僕もオリビアも一緒に村の飾り付けに勤しんでいる。ランタンを準備して吊しておくのだ。この日だけは夜でも村は明るくなってしまうくらい。
木製の脚立は大変心もとなかったが、どうにも村は鉄不足だ。アルミ合金製の脚立や立ち馬くらいはあっても良さそうなものを。
二人で仲良くランタンを吊していると、おいと後ろから声をかけられた。
「ナット! オリビアを連れ回すのは止めろ、彼女も迷惑しているだろう!」
振り返ると、少し体格の良い男の子が怒っていた。彼は村長の一人息子、マリスくんだ。
「マリスくん。迷惑という定義がよく分かりませんが。私達は感謝祭の準備をしているだけですよ?」
「うるさい、俺が迷惑だと言ったら迷惑なんだ!」
「止めてよ、マリス! あなたの方が迷惑だわ」
オリビアが僕達の間に割って入った。これも毎度の事だが、もう恒例行事になりつつある。
今までは村長の一人息子という立場を惜しみなく利用して、私をオリビアから引き離そうとしていたが。彼女の両親は僕をずっと守ってくれていた。
本当に二人にも、オリビアにも頭が上がらない。
しかし、最近は直接的なアプローチが多くなったが、これでは逆効果だろうに。
「もう、あっちに行ってよ!」
彼女も怒っている、彼の好感度はダダ下がりだろう。
さて、昼を過ぎると騎士の一団が村に着いた。彼等は銀色の鎧を身につけ、立派な馬に乗っていた。本当に騎士団の様だ、私は自分の目を疑ってしまった。
いつの時代の話だろうか、それとも祭りを盛り上げる余興の人達か。皆一様に真面目な雰囲気を漂わせている。それに司祭がいた、真っ白なローブを着込み、お洒落な杖を持っている。
そして、彼等は村の広場に赴くと、地面に不思議な模様を描き出した。オリビアに話を聞くと、精霊を呼ぶ魔方陣だと言う。そんな馬鹿なことがあるのだろうか。
これは民俗学のフィールドワークか、神学の儀式再現の一種だろうか。まさか、本当にスーパーナチュラルなのか。にわかには信じられなかった。
翌日は朝からお祭りだった。僕はオリビアと一緒に踊り、久しぶりのお肉を食べ、また皆で踊る。大人達は昼から酒を呑み、フラフラと千鳥足で舞っていたが。そんな彼等の間を抜けて、僕達二人は喧騒から抜け出した。
「ねぇ、ナット。今日は楽しいね!」
「確かに、陽気な気分に浮かされてますね」
「そうなんだ……ねぇ、まだ辛かったりする?」
「オリビア達のおかげで、だいぶ落ち着きましたよ」
「もしもね、私達が本当の家族になったら。ナットの辛いの全部なくなるかな?」
「ありがとうございます。でも、もう家族みたいなものだと思いますよ」
「違うよ! ほっ、本当に結婚するってこと、だよ……」
「それは……」
どう答えたものか。悩んでいると、彼女は僕の手を取った。彼女は顔を真っ赤に染めて僕を村の外に連れ出してしまう。だが村の外れに腰を落ち着けると、お互い無言になってしまった。
僕は小さな花を編んで冠を作った。彼女にそれをプレゼントすると、僕は素敵な笑顔のお返しをもらえた。
そして、村から聞こえてくる楽しそうな音楽に合わせて、二人きりで楽しく踊ったのだった。
夕方になると僕達を含め、村の子供が広場に集められた。三十人くらいは集まっただろうか、魔方陣の中にはマリスくんもいた。
本当に何をするのだろうか。焚き火の明かりが辺りを赤く照らして、怪しげに魔法陣が揺らめく。その雰囲気は抜群だろう。
オリビアは目をキラキラ輝かせ、これからのイベントを楽しみにしている様だった。
何かが起きるとも思えないが、騎士達は僕達を囲み、司祭は何かを唱えている。うさんくさいと思っていると、司祭が一際大きい声でこう言った。
「彼等に精霊の祝福を!」
だが僕は驚いてしまった。オリビアが真っ白な光に包まれていた。そして、彼女の胸元に小さな女の子が舞い降りたのだ。背中から羽の生えた、手の平サイズの女の子だ。辺からどよめきが起きる。
そして、どうやらマリスくんも光っていた。これは本当に何が起こっているのか。
おまけに、私も若干光っていた。まさか、私の所にも精霊とやらが舞い降りるのだろうか。そう思ったが、この手の中に居たのは小さなカタツムリだった。何だかヌルッとする。
しかし、ここは私の知っている世界とは明らかに異なる。私はようやく、それを理解してしまったのだった。
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