終章 ただ彼がどうしようもない人でなしに堕ちるまで
1 決戦
冬野の吸血がしばらく続いた後、再び眷属となった隼人は桜野雄吾を殺す為の作戦を改めて考え始めた。
だけど考えても考えても碌な作戦は浮かんでこない。
それだけ今の隼人と雄吾の間には大きな差があるのだ。
まともな策らしい策はそう思いつかないだろう。
そして何よりもう時間がなかった。
桜野雄吾が提示した六時間。
スマホで時刻を確認する限り自分は此処に来るまでに本当にかなりの時間を有したようで、作戦も何も決まっていない状況にも関わらず雄吾の言った六時間まであと十分程度の時間しか残っていなかった
まともな作戦を立てる事を放棄する必要がありそうだ。
下手に無理矢理考え続けてその時を迎えるよりは、開き直って馬鹿正直に待ち構えておく方が可能性があるように思える。
そう考えていた所で、おそらくこういう物騒な事を真剣に考えた事が無いだろうに、それでも一緒に考えてくれていた冬野が隼人に言う。
「桜野君……私にできる事、何かないかな? その……考えてみたけど、何も思いつかなかったから。もし何かあったら指示してよ」
「……冬野」
冬野がそう言ってくれるのはありがたかったが、多分冬野には何もできない。
そして何もさせる訳にはいかなかった。
(……そろそろ動いたほうがいい。だとしたら)
隼人は少しだけ呼吸を整えてから冬野に言う。
「じゃあちょっといいか?」
「なにかな? 私は何をすれば……って桜野君、一体何を……」
「いいから」
突然撫でる様にポンと冬野の頭に手を置いた隼人に、冬野は困惑の表情を見せる。
そんな冬野に隼人は言う。
「いいから任せとけ」
そして、吐血しても冬野に血が飛ばない様に口元を手で覆いながら呪術を発動させた。
「え、あ……さくらの……くん?」
「大丈夫。少し眠るだけだから」
バランスを崩してこちらに倒れかかってきた冬野を受け止めながら、隼人はそう言った。
その言葉に対する返事は帰ってこず、冬野は不安定な姿勢のまま寝息を立てだした。
(……これでいい)
冬野には何もさせる訳にはいかない。
仮に雄吾との戦いを優位に進める為に冬野が重要な役割を持っていたとしても、同じ事をしていただろう。
理由は……ただの我儘だ。
これから自分は桜野雄吾を殺害する。
人を殺める事になる。
そんな非人道的な行為に、直接的に冬野を関わらせるという事はしたくなかった。
冬野はただ理不尽に殺されそうになっていて、友達に助けを求めた。
ただそれだけ。
ただそれだけという事にしておきたかったのだ。
そして冬野をベンチに寝かせた隼人は冬野から少し離れた後、呪術を発動させる。
碌な作戦が思い付かなかった長考の中で、唯一の収穫と言ってもいい新しい呪術。
体内の血液を参照して対象の位置情報を探知する。
冬野を探す際に使った術式の応用系。
血縁者を探す時位しか使い道の無い、実質的に対桜野雄吾専用術式。
それを使って、吐血しながら雄吾の現在地を探し出した。
(向かって来てるな……こっちに向かってまっすぐに)
そう認識して隼人も動きだした。
使っている呪術は戦闘で使うものと比べれば比較的小規模なもので、肉体への負荷は小さい。
だけどそれでも負荷が無い訳ではないから。
少しでも万全に近い状態で雄吾と相対しなけばならない。
冬野を一人寝かせておくのは心配だったけど、それでもこの辺りは殆ど人が通らないし、通ってもリストバンドの効力のおかげで基本的には人間にしか見えない。夜が明け始めた今、始発を早めから待っていて、眠ってしまった客という風にしか見えないだろう。
だから今は……雄吾との戦いに集中する。
そして眷属化で向上した身体能力で雄吾へと接近し始めてしばらくして。
「……」
視界に雄吾が映った。
眷属化により向上した視力と、呪術により向上した視力。双方まともな人間から逸脱した視力により目があった。
それが……開戦の合図だ。言葉はいらない。
今更そんな物。なんの意味もない。
(……いくぞ、兄貴)
そして呪術を発動させた。隼人が使える呪術の中で最も強力な最強の術式。
効力は身体能力の強化。シンプルにただそれだけ。
だが通常の物と比較すると非常に燃費が悪い上に肉体への負荷が尋常では無い。
約二十秒の使用で全身そこら中の骨が疲労骨折を起こす。だがそうさせるだけの高出力を叩き出す諸刃の剣。
そしてそれだけの高出力を叩き出せば眷属化した体はただでは済まない。狐の面の男や先の雄吾との戦闘の事を考えるに、この術式を使用すれば持って十秒といった所だろう。
だがそれでいい。元よりこの体では長期戦は不可能なのだから。
(……この十秒に俺の全部を乗せる!)
何も成しえず終わった滅血師としての特訓で得た呪術の力と、冬野が与えてくれた吸血鬼の力。
その全てを……全部。
そして、拳を握って地を蹴ったその瞬間、一瞬で雄吾の目の前へと到達する。
目の前の雄吾が展開していた術式は本当に、最高にして完璧な代物だった。
改めて一目見ただけでも理解できる。
桜野雄吾という滅血師の扱う呪術が、自身の一枚や二枚なんて物ではなく。三枚も四枚も。文字通り格が違う程に上手だという事は、あまりにも容易に理解できた。
だけどそれでも確信できた……自分自身の勝利を。
……だってそうだ。
呪術と眷属の力。
今出せるありったけの力を全て出しきって殺しに掛かる拳を相手に、殺意も向けずに、しかも相手を殺さず抑え込むような術式を向けたのだとすれば、三枚や四枚程度上手なだけでは残酷な程に力不足で。
それだけで大きく見積もって十パーセント程度しかなかった勝利の可能性は、初撃で百パーセント勝てる戦いへと変貌してしまう。
だから……どうしようもない程に。
どうしようもない程に呆気なく。
初めての人殺しは終わりを迎える。
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