間章
私と桜野君の話
昔から一人でいるよりも、誰かと時間を共有している方が好きだった。
だから昔から積極的にクラスメイトと友達になろうとしてきたし、実際それで多くの人間が自分の回りに集まるようになっていたと思う。
だけどそれでも、どれだけ友達を作ってもどこかその間には大きな壁があるような気がして、賑やかで楽しかった筈なのにどこか寂しかったんだ。
それも当然だと思う。
どれだけ仲良くなっても、素性が割れてしまえば全部壊れてしまうような、淡く脆い関係性だって事を察していたからだ。
多分自分の前で笑っている友達からも、本当の自分を知られたら拒絶される。
本当の自分を好いてくれる人間なんていない。
そんな事をずっと考えていた。
『名前? 桜野。桜野隼人。よろしく』
そんな私にとって出会ったばかりの桜野君というのは、普通に気が合う隣の席の男友達って印象だったのを覚えている。
見ていたテレビとか漫画とか、そういう趣味も結構合っていて。
話のノリも結構合ってる。
桜野君はそんな友達。
それでも他の人と同じで私の寂しさを埋めてくれるような相手では無かった。
まだその時は。
一週間程経った頃だったかな?
桜野君が滅血師だって事を知ったのは。
あの時は本当に驚いたよ。
普通滅血師って対吸血鬼版の警察みたいな物みたいな印象があってさ、なのに自分と同い年のクラスメイトで友達な桜野君が滅血師だったとか、驚かない筈が無い。
吸血鬼の私を殺すかもしれないような相手だったと知って、驚かない訳がない。
そしてあの時の私は驚いたのが結構顔に出ていたらしくて、完全に桜野君に疑われるようになった。
桜野君も結構隠し事下手で分かりやすかったから、それはよく分かった。
だけど桜野君は一向に何もしなくて、普段と変わらないように私と接してきて。
本当にただ疑っていただけだったんだ。
まあ普通に考えて普通じゃない反応だと思うよ。
本当ならその時点で私の人生……いや、私が人生って言葉を使うのはおかしいのかもしれないけれど、とにかく人生は終わっていた筈なのに。
だから思ったんだ。
この人は人間だとか吸血鬼だとかそういう事じゃなくて、私個人を見てくれているんじゃないかって。
そして抱いたんだ。
桜野君なら本当の私を知っても殺さないでいてくれるんじゃないかって。
友達であり続けてくれるんじゃないかって。
そんな淡い期待を。
そんな期待を唯一抱ける人だった。
私が半ば無意識に引いていた一線を自分から軽々と踏み越えていけるような、そんな相手だった。
だから桜野君の前で自分を晒したあの日には、桜野君は絶対に失いたくない友達であり、そして同時に好きな男の子だった。
そうでなければ自分の正体なんて晒せない。
そして晒した結果、本当に受け入れてくれた。
自分という存在を肯定してもらえて、友達であり続けてくれるかもしれないと思った男の子は、友達であり続けてくれる男の子に変わってくれた。
桜野君が本当に酷い怪我を負ってしまっていた前でこんな事を思ってしまうのはいけない事だとは思っても、本当にあの日の事は嬉しくて仕方がなかったんだ。
だけど嬉しくて仕方がなかったから。
本当に桜野君の事が好きだったから。
思ったんだ。
その頃からずっと思ってたんだ。
私は桜野君に相応しい相手ではないって。
私が桜野君の道を踏み外させた。
傷付きながらいずれどこかで壊れてしまうような。
断崖絶壁の茨道へと歩みを進ませてしまった。
そして止めながらも。
無理をするなとか、そんな事を伝えていても……その実、多分私の為にそこまでやってくれているんだと思うと嬉しくて仕方がなかった。
もしかすれば私が桜野君との距離を置けば止まってくれるのではと考えながらも、全く離れようとしない自分がいた。
そんな事を考えている筈なのに積極的に遊びに誘ったり、積極的に電話をしたり……そういえばバレンタインもかなり気合入れて頑張ったな。
そんな風に、上辺だけでしかそんな事を考えていなかったのかもしれない。
極めつけに本当に酷いのはその後だ。
桜野君がついに私が進ませてしまった断崖絶壁から落ちてしまった。その事に胸を痛めたつもりでいて。
そのくせ桜野君が自分にだけは何も無かったように演じてくれている。
そんな事があったのに吸血鬼の自分とまだ関係性を保とうとしてくれた事を本気で嬉しく思ったり。
再開した桜野君が私なんかの事に強い責任を感じてくれていたり。
心配しているつもりでいても。
元気付けてあげたいと思っていたつもりでも。
私なんかの事で傷付いてくれている事に優越感を感じたり。
幸福感を感じたり。
とにかく……とにかく。
私は優しい桜野君に釣り合わない碌でもない女なんだ。
そうだと分かっていても隣に居たいと思う、碌でもない女なんだ。
だけどそんなどうしようもない私でも超えてはいけないような一線は分かっているつもりで。
私なんかの為に桜野君を人殺しにする訳にはいかなくて。
だから本当は泣きたかったけど。
縋りたかったけど。
我慢してたんだ。
「だから……俺の血を吸ってくれ」
だけどもう無理だ。
「俺の背中を……押してくれぇッ!」
ここまでしてくれたのなら、私はもう耐えられないんだ。耐えられなかったんだ。
「……ありがとね、桜野君」
そして私は桜野君を抱きしめて、首筋に被り付いた。
そして血を吸いながら思ったよ。
ああ、これ、駄目になる奴だって。
初めて血を吸った時は嫌悪感しか沸かなかったのに。
忌み嫌っていた吸血という行為で。
人の血を吸って。
桜野君の血を吸って美味しいと思った自分に嫌悪感しか沸かなかったのに。
好きな人に求められて。
抱きしめながら血液を貪る。
本当に幸福な気分だった。
これから桜野君を人殺しにするというのに。
……だからせめて考える事にした。
私の為にそこまでしてくれた桜野君が。
きっと今日の事でまた一つ大きな傷を負うであろう桜野君が、この先少しでも幸せでいられるにはどうすればいいのか。
私みたいな碌でもない吸血鬼に何ができるのか。
そんな事を、考えてみる事にしたんだ。
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