12 推理
雄吾の腕に貫かれていた優斗の肉体は灰になり風が攫って行く。
吸血鬼は死ねば灰になる。
今まで数えきれない程殺してきた雄吾にはとても見慣れた光景の筈だったが、親友が灰になる光景なんて見慣れている訳がない。
しばらく何もできずに立ち尽くす事になった。
だがいつまでも立ち尽くしている訳にはいかなくて、やがて雄吾は動きだす。
親友を手に掛けた。
そこまでやった。
もう立ち止る訳にはいかない。
頭のおかしい吸血鬼から、罪もない人間を守り抜く正義の味方として死に物狂いで頑張っていかなければならない。
雄吾はスマホを取りだすと、対策局の支部に連絡を入れる。
「ええ、終わりました……はい。なので各部隊に伝達していただけると助かります」
予め応援に行く話はしていた為、話は簡潔に済んだ。
一応驚いた様に本当ですかという声はあったものの、それでもその後に信用してくれた。
つまり本当は討伐なんてしていなくても。
まだ目の前で優斗が生きていたとしても、倒したと嘘を付けば部隊を下げさせる事ができた訳だ。
親友に手を差し伸べようと思えばいくらでもさし伸ばす事ができた筈なのだ。
(駄目だ……考えるな)
時計の針は戻らない。
自らが歩み出した道に退路などないのだから。
そして雄吾はその手に残った僅かな灰に誓いの言葉を告げる。
「……頑張るよ、優斗。世界は変えられなくても……せめて今の世界位は、俺が守るから」
そしてその手に残った灰が攫われ消えていくのを見つめた後、思考の海に沈む。
(……しかし妙だな)
優斗は呪術による攻撃により致命傷を受けたため、肉体の再生が殆どできていなかった。
だが優斗は他の吸血鬼とは違う。
間違いなく全ての力が通常の吸血鬼を遥かに上回る最強の吸血鬼だ。
当然ながら理論上、回復力や呪術への耐性もある程度備わっている筈だ。
故に呪術を喰らって回復を阻害されたとしても、目に見える程度の速度位の回復は行えた筈で。
本人にそこまでして生き残る意思があったのかは分からないが、少なくとも此処に逃げてくる過程では生きる意思はあった筈だから。
ダメージや回復により疲弊していたとしても、もっと分かりやすく治癒が終わっていなければならない筈だった。
だけど優斗はどうみても満身創痍だった。
つまりそれは優斗ですら再生できない程の強力な呪術を使う滅血師。
……自分と同等か自分以上と言える様な滅血師にやられたという事になるのだが。果たしてそんな滅血師がこの近辺にいたのだろうか。
少なくとも雄吾に思い当たる人材はあり得ない筈の一人だけである。
と、そんな事を考えていた時、スマホに着信があった。
(……綾香か)
優斗を雄吾が討伐したという報告を聞いたとすれば、寧ろ掛けてこない方がおかしい。
「もしもし」
『あ、雄吾……その、うん、なんて言ったらいいのかな……会えたんだね』
「……ああ。あって少し話をしたよ」
そう言ってから雄吾は一応の確認を取る。
「今お前の周りに他の滅血師は?」
『……いないよ。ほんと今優斗が討伐されたって報告があって……それで、抜けて来た』
「……そうか」
『それで……本当に優斗を倒したの?』
「倒したよ……ほんと、最期の最期までアイツらしかった」
『……そっか。それだけはほんと、良かった……のかな』
綾香はどこか安心した様にそう言ってから、一拍空けて言う。
『それで……優斗はどうしてあんな事をしてたの?』
「大体俺達の予想した通りだったよ。アイツは俺達人間がどれだけ捻じ曲げても。それでもまだ優斗でいてくれた。いや、ほんとにさ……そのまんまだったよ。アイツ最後になんて言ったと思う? お前の事元気かって。ほんと、どこまでも優斗でさ……」
『……大丈夫?』
「……ああ、大丈夫だ……大丈夫」
そして一拍空けてから綾香に言う。
「優斗の奴にも頑張れって言われちまったしな。弱音なんて吐いていけない」
『……そだね』
「……ああ」
弱音なんて吐けない。
我慢して一歩一歩、滅血師として進んでいかなければならない。
そして滅血師として、一体何が起きたのかは把握しておく必要があった。
「ところで綾香。優斗は俺が見付けだした時には既に致命傷に近い傷を負っていたんだがな、正直俺クラスの滅血師がやったとしか思えない。そっちの支部にいるのかそんな奴が」
『いないよ。私が知る限り雄吾みたいなって言ったらもう隼人位しか思いつかないし』
「……そうか。じゃあ一体誰があれだけの呪術による再生阻害を……」
『雄吾。信じられないかもしれないけど、優斗の相手をしたのは隼人だよ』
一番最初にあり得ないと判断していた名前が出てきて、思わず目を見開く。
「待て綾香。隼人がってそんな……だってアイツは重度のPTSD患ってんだぞ」
『うん。まともに戦える状態じゃないよね。だけどその隼人自身が襲われて、結果的に隼人が生きているんだからもうそうとしか思えないよ。本人も戦ったって言ってたし……そうでないと説明が付かない。それに実際問題、雄吾や隼人位強くないと、いくら頭数を揃えても優斗には勝てないって思うから。私や私の周りの人達を否定する様な話になっちゃうけどね……単純に、隼人が凄い頑張ったって話じゃないのかな』
「そんな簡単な話じゃない。深刻な心の病って奴は本人の気持ちじゃ治ってくれないんだ」
『……だよね』
「とにかく一度本人に会ってみるさ。どうせ一度会ってから帰るつもりだった訳だし」
『そだね。その方が良いかも』
今答えが出なかったとしても、会って話せば大体分かるだろう。
一体何が隼人をそうさせたのか。
もしくはそもそも隼人が戦ったのではないのか。
だとすればどうしてそんな嘘を付いているのか。
そんな事は会って話をすれば分かる話の筈だ。
と、そんな時、綾香が思い出したように言う。
『あ、でも今隼人んち行ってもいないからね』
「なんだ、外出中に襲われたのか」
『そだね。友達の家にいる所を襲われたみたいで』
「……友達の家、か。その友達は無事なのか?」
『無事だよ。返り血浴びて酷い事にはなってたけど……一回同じような事があったからかな。なんとなく状況の割には落ち着いてた』
「それ知ってるって事は、もしかしてお前とも知り合いなのか?」
『顔見知り程度だけどね……あと、一応雄吾の頭の片隅にも残ってるんじゃないかな?』
「俺の?」
『冬野雪ちゃん。覚えてる?』
「……確か隼人のクラスメイトだったよな。結構一緒に居るのをみた覚えがある」
『うん、その子。なんか偶然今この辺りに住んでたみたいでね。いつ再会したのか分から無かったけど、まあああやって会ってる程度には関係戻ってるのかな。とにかく今その子の家にいるだろうから、隼人は家にいないと思うよ。移動してなきゃだけど』
「……そうか」
言いながら、今までの話で引っかかる事があった。
本来隼人は戦える様な精神状態ではなくて。それでも隼人は優斗を退けた。
だけどそもそもの大前提として、隼人の精神状態が健常そのもので正面から全力で優斗と戦える状態だったとしても今の隼人に……二年間のブランクがある上に、そもそも二年前の段階ですら今の優斗に勝てたかどうか分からないレベルの隼人に退けられたかというと疑問が残る。
(……優斗が全力を出せない事情があった、とかか)
雄吾の知る限り、隼人と優斗の面識は無かった筈だ。
させなかった。
千年に一人の天才と呼ばれるだけあって、当時一度たりとも人間の血を吸った事が無かった優斗が吸血鬼であるという事を見抜かれる可能性があったからだ。
だからそういう理由ではない。
(……じゃあそれ以外で、一体何がある)
そうやって少し考えて、一つの可能性に辿りついた。
優斗は明らかに精神的に追いこまれていて。
まるで生きる気力を失うだけの大きな失敗をした後の様に思えた。
だから自ら死を選ぶような、そんな真似をしたのだろう。
では優斗にとっての失敗とは一体なんなのか。
「……ッ」
そしてそこまで辿り着けば、連鎖的に繋がる。
優斗の失敗。紛いなりにも戦えた理由。それらの条件を満たす希薄な可能性。
(いや、いくらなんでも……だけど、完全に否定はできない)
確定ではない。
だけど確かにゼロではない。
滅血師が動くには十分な理由になる可能性。
冬野雪という隼人の元クラスメイトが、吸血鬼かもしれないという疑惑。
「……綾香。その冬野って子の家の場所、教えてくれないか?」
『どうしたの?』
「……確かめたい事がある」
『……確かめて、それでどうするの?』
静かな問いかけ。まるで綾香は綾香で何か思う所があったかの様に。
そしてそんな綾香に雄吾は言う。
「……もし吸血鬼なら殲滅するよ。一人でも例外を認めれば、そこから俺達はまた全ての吸血鬼を例外か否かを判断しなけりゃいけなくなる。本当に悪い奴なのか。見鬼に引っかかったとして、それは本当に私利私欲で血を吸った結果なのか。本当に自分達が倒すべき相手なのか。それをその都度考えていかなきゃいけなくなる。それで俺達は……優斗と出会ってから他の吸血鬼に対してどれだけ間違いを犯してきた。どれだけ色々な人に迷惑を掛けてきた。もう同じ間違いは繰り返せない……もう犠牲者はだせない」
『まあ……そだね。うん、言いたい事は分かるよ。だけど……本当にそれだけ?』
「……」
『冬野ちゃんが吸血鬼なんだとすれば、昔の優斗と同じくまともな吸血鬼だよ。なのにそんな理由だけで雄吾はやれるの?』
「……もう止まれないんだよ。優斗を殺すと決めた時点で。殺しちまった時点で。もう止まる訳にはいかないんだ。踏み越えて前に進んじまった時点でもう止まる事は許されない……俺が許せない。許せる訳がない。結局俺も正義の味方でいるつもりのエゴイストだよ」
『……とりあえず住所。言えばいい?』
「……教えてくれるのか?」
『私にはどうする事が正しいのか分からない。だけどこれが正解だとしても間違いだとしても、雄吾一人に背負わせちゃいけない事位なら分かってる』
「……綾香」
『どうせ私が言わなくても雄吾ならすぐに辿り着く。だったらさ、私もやるよ、共犯者』
「……いや、いいよ、やっぱり。そうだな、俺ならすぐに見付けだせる。だから……まあ、恨まれるのは俺だけでいいよ。お前は……まあ、なんだ。後で絶対キツくなるのは分かってるからさ。そうなったら愚痴を聞いてくれよ」
『……うん』
「ま、俺達の思い過ごしでさ、全部茶番で終わってくれるのが一番いいんだけど」
そう言って、無理矢理笑みを作ってから、雄吾は言う。
「じゃあ……行くよ」
『……いってらっしゃい』
そんな綾香の返事を聞いてから、雄吾は電話を切って動き始める。
もう貫かざるをえなくなったそのエゴを貫き通す為に。
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