7 禁忌
ゆっくりと、瞳を開くと視界に映ったのはあまり見覚えのない天井だった。
「……生き、てる? 何で……」
そしてそんな天井が見えている事に対して、そんな事を呟く。
意識を失う直前の自分がどうしようもなく死に向かっていた事は知っているから。
殴られた瞬間がフラッシュバックした様に脳裏を駆け巡り、あれが現実に起きた事なんだって、吐き気と共に強制的に思い返され、それが無理矢理にでも現実だって分からせて来るから。
だから今自分が生きている事は理解できたが……どうして自分は生きているのだろうか。
その問いに対する答えは、徐々に覚醒していく意識の中で出てきた。
……おそらく冬野のおかげなのだろう。
意識が掻き消える前、隼人を追ってきたのであろう冬野の姿が視界に映った。
きっと発動させた幻術の呪術が効いている間に冬野にあの場から連れだされ……痛々しいあのやり方で。
吸血鬼の血を利用した治療法で助けてくれたのだろう。
その証拠に。
「……やっぱりか」
体を起こして天井以外に目を向けると、冬野の姿こそないものの、そこが狐の面の男と対峙する前にいた冬野の部屋である事が分かる。やはり冬野に助けられたのだ。
「……」
そして当然の事ながら部屋は大変な事になっていた。
血塗れだ。
隼人の血。
そしておそらく冬野の血。
それらが畳の至る所に付着しており、殺人現場の様になってしまっている。
だけどそんな事は考えていても仕方がなくて。
とにかく冬野はどこに行ったのかと部屋の中を見渡したその時。
お手洗いにでも行っていたのかもしれない。
廊下から、消衰しきった顔の冬野が現れた。
「……ッ」
そしてこちらが何か言う前に、冬野は声にならない声を上げる。
「さ、桜野君! よかった! 目ぇ覚ました!」
と、勢いよく駆け寄って来て抱きしめられた。
「もう駄目かと思ったんだよ……良かったぁ……」
そう言う冬野の声は涙声で。
抱きしめられていて見えないけれど、もしかすると泣いてくれているのかもしれなかった。
本当はそんな冬野に対して大丈夫だとか、ありがとうだとか。
そんな言葉を伝えるべきなのかもしれない。
だけど言葉は出てこなかった。
だってそうだ。
自身を抱きしめる冬野が纏う雰囲気は、一度も血液を吸った事が無いような、透き通った物では無くなってしまっていたのだから。
血液を吸った吸血鬼特有の、どす黒い雰囲気を纏っていたのだから。
「……冬野」
そしてそれが衝撃的すぎて。本来言うべきであろう感謝の言葉はすぐには出てこなくて。
思わず困惑したまま、言ってしまう。
「お前……なんで血ぃ、吸っちまってんだよ」
「……ッ」
隼人が言った言葉に、冬野が声にならない声を上げたのが分かった。
触れられたくない事を触れられた様な、そんな風に。
そして冬野は、少し間を空けてから震えた声で言う。
「……治んなかった」
「……え?」
「……桜野君、治んなかったから……治んなかったからさぁ……ッ」
そして、そこまで言って冬野は泣き崩れた。
……一体何があったというのだろうか。
怪我が治らない事と吸血が一体なんの関係があるのだろうか。現に桜野隼人という人間は生きている。
怪我は完全に治癒して生きている。
故に意味が分からない……だけど。
冬野雪という女の子の見え方は変わらなかった。
冬野雪という女の子が友達で。
好きな女の子である事に変わりはなかった。
もう、知っているから。
冬野雪がどういう吸血鬼なのか。
どういう存在なのか。
故にそのどす黒い雰囲気に困惑してもそこまでだ。
今はとにかく冬野が泣き止むまで待っていようと、そう思えた。
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