3 急転
「あーこれ冬野の奴見積もり甘いわ。俺がやったら三時間は掛かる。間違いない」
シャワーで返り血を流した後、冬野から貰った答えを移す前に軽く宿題全般を一通り眺めて見た訳だが、どう考えても三時間は掛かる。
という事は馬鹿にしてる風に見えて、若干オブラートに包んでくれていた訳だ。
優しい。
そういう所もほんと好き。
そして三時間掛けてやるつもりなど毛頭無くて。
勢いよく丸写し開始である。
やがてそんな身にならない作業を終えて、しばらく漫画を読みふけり出した頃だった。
隼人のスマホに着信があったのは。
「誰だ……って綾ねえか。どうしたんだ急に」
藤堂綾香。通称綾ねえ。
雄吾の幼馴染みで滅血師の女子大生。
今日の作戦も別動隊の一人として参加していた。
「まさか仕事しに戻って来いとかじゃねえだろうな?」
雄吾は帰ってもいいと言った手前言いにくいだろうし、もしそういう連絡が来るなら綾香から来るのが一番可能性があるように思える。
だとすれば正直その電話には出たくなかったのだけれど、出なければ後が怖い。
「もしもし? どったの綾ねえ。今取り込み中だから戻ってこいって言われても行か――」
「いい! 寧ろ戻ってこないで!」
通話の先から聞こえてくる声はどこか切羽詰まった様子で、そんな様子で戻ってくるなと言われれば、あの場で碌でもない事が起きているのを察してしまう。
「お、おい綾ねえ落ち着いてくれ! 一体何があった!」
「ゆ、雄吾が……雄吾がやられた!」
「……ッ!」
背筋が凍ったのを感じた。
「やられたって兄貴生きてんのか!? 大丈夫なのか!?」
「大丈夫。意識は無いけど息はある!」
「そっか……良かった……ッ!」
ひとまずその事に安堵した。だけど……そもそも安堵できる様な状況ではない。
「それでそっち今どうなってんだ!? 兄貴がやられるって一体何が起きてんだよ! やったのは多分新手の吸血鬼だよな!? どんだけ徒党組んで来やがったんだ!?」
「一体! それだけ冗談みたいに強い吸血鬼が出たの!」
「一体って……嘘だろ?」
余程の事が無い限り桜野雄吾が敗北するなんて事は起こり得ない。
百年に一人の滅血師と呼ばれるに値するだけの才覚を持ち、そして半ば才能を宝の持ち腐れにしている自分とは違い、己の立場や責任に紳士に向き合って培われてきた雄吾の実力は、まだ十八才ながら国内の滅血師界隈の中で五本の指に入ると言ってもいい。
だからこそ今日の作戦のような無茶苦茶な作戦が採用され、そして完遂に至る。
だから雄吾が敗北するという事は、それだけあってはならないあり得ない事なのだ。
「それで綾ねえは今どんな状況!?」
「雄吾抱えて現場から逃げてる! 雄吾だけは死なせちゃ駄目だって他の人達と協力して雄吾回収して、後は逃がしてくれた。多分なんとか逃げられたと思う……私達は」
「……ッ」
多分、二人を逃がしてくれた人達はもう駄目だという事は嫌でも悟れた。
寧ろそれだけの相手を前にして雄吾を救出して逃がすことができた時点で奇跡的だ。
「対策局に連絡は?」
「まだだけど今からする! それからそのまま雄吾を支部の医務室まで連れてく!」
「だったら俺なんかよりそっち先連絡しないとマズいだろ」
「アンタが何かあって戻ってきたら最悪でしょ!? とにかく隼人は家から出ないで」
「あ、綾ねえ! ……クソッ!」
向こうから一方的に通話を切られる。
「……出るなって言われても、んな訳に行かねえだろ」
スマホと財布だけを持ち再び家を跳び出した。
現場に向かう訳ではない。
状況はどうあれ雄吾が負けた以上それは自殺行為だ。
向かうべきは吸血鬼対策局。
兄がそこに搬送されたのだとすれば、家族として行かない訳にいかない。
今この場で立ち止っている気にはなれない。
だからとにかく件の吸血鬼に出会わない事を祈りながら、支部目掛けて走った。
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