2 疑惑のクラスメイト
「あ、桜野く……ってうわああああッ! ど、どうしたのそれ!」
帰り道、コンビニの袋を手にしたクラスメイトに遭遇した。
冬野雪。
二か月前、五月初旬に転校してきたクラスメイトで隣りの席の女の子だ。
短く切り揃えられた栗色のショートヘアーで小柄な背丈。
笑顔が可愛くて社交的で、頭が良くて優しくて、後とにかく可愛い。
多分天使に程近い何か。程近いというか天使。
そんな女の子が出会い頭に、無茶苦茶な驚き方をしていた。
まあクラスメイトが血塗れの状態で出てきたら誰だってビビる。隼人でもビビる。
だからちゃんとした釈明は必要だろう。
「ついさっきまで吸血鬼とドンパチやっててさ」
「え、じゃあこの血って……大丈夫!? 怪我してない!?」
冬野が物凄い勢いで迫ってきて、思わず後ずさる。
(顔近い顔近いってマジで……)
思わず顔を反らしながら、とりあえず落ち着かせる為に言う。
「落着け落着け俺の血じゃねえ! 返り血返り血! だから大丈夫だって!」
「返り血……そっか。桜野君は怪我してないんだね。良かった。うん、良かったよホント」
冬野は安堵する様にホッと胸を撫で下ろす。
そんな冬野を見て感じるのは優越感だ。
褒められた事ではないのかもしれないが、こうして心配されている状況というのは、どこか特別に見てくれている様な気がするから。
もっとも心配されなくても、間違いなく特別に見られてはいるのだけれど。
……残念ながら、あまり良くない形で。
「でも今後もあんまり無茶しないでよ? クラスの皆は桜野君をなんかヒーローみたいな感じに持ちあげてるけどさ、やっぱりクラスメイトが危ない事してるのって怖いからさ」
そう言ってくれる冬野の視線には、微かな怯えが混じっている。
仲良くなってから一週間程立った頃、成り行きで滅血師と知られた時からずっとだ。
まるで自分が吸血鬼だから天敵に出会って怯えているかの様に。
当然それだけで決めつけるのは暴論にも程がある。
あくまで可能性の話だ。
例えば暴力的な行為を生理的に受け付けないとか、そういう他の可能性も十分にあり得る。
だけど黒の可能性が1パーセントでもあるのなら、行動に移さなければならない。
だから自分は滅血師失格なのだ。
滅血師としての責任を放棄して……冬野雪に対して、現状何もしていないのだから。
「ああ、そうだな。無茶しないでいいように死ぬ気で頑張ってみるよ」
「うん、頑張って……ってアレ? それ結局無茶してるやないかーい」
冬野は血が付いていない所に絶妙に手の甲を当ててツッコミを入れてくる。
これが普通なのかは分からないが、少なくとも吸血鬼が滅血師に取らなそうな行動で、普段の冬野を見ていても吸血鬼らしさなどどこにも見当たらない。
だけど人間社会の中に溶け込んで生きる吸血鬼相手かもしれないという中では、何の根拠にもならなくて。
故に何もしない免罪符にもならなくて。
今こうして自分と比較的積極的に仲良くしてくれているのだって、人間に取り入る為に無理矢理取り繕っているという過去何百件とあった判例と同じケースであるという可能性を否定するには不十分で。
どれだけ観察して悩んでも答えは出ない。
然るべき行動を取らなければ永遠に吸血鬼かもしれないという存在で止まったままで。
それが分かっていても何もしないでいる。
(ほんと、何やってんだ俺)
進展させないメリットなど、何もない筈なのに。
だってそうだ。
歴史上吸血鬼にまともな倫理観を持った者がいたなんてデータは、一つたりとも残っていなくて、冬野が吸血鬼なのだとすれば向けられている感情全てが偽りでしかなくて。
その結果訪れる失恋はきっと後悔する様な物でない筈だから。
だから、何もしないでいる自分自身の感情が理解できない。
永遠と悩むだけ悩み続けて、一体自分はどんな答えを出そうとしているのだろうか?
「……どうかした? なんかボーッとしてたけど。考え事でもしてた?」
「あ、いや。多分疲れてるだけだろ。うん、疲れてるだけだって」
まさか本当の事を言う訳にもいかなくて、とりあえずそう誤魔化す。
実際疲れていたのは間違いないからうまく誤魔化せた筈だ。
「あーそっか。まあお仕事の後だもんね……で、疲れてる桜野君にこんな事を聞くのは酷なのかもしれないけど……明日提出の宿題終わらせた?」
「いや、手ぇ付けてねえけど。学校終わってからすぐ呼び出されてたし」
「あーそっか…………多分桜野君バカだから二時間半程かかるなぁ」
「おいなんか小声で失礼な事と恐ろしい事が聞こえたんだけどぉ!?」
「あーごめん。前半分はあんまり真に受けないでね」
「それつまり後半分はガチな奴じゃん……ちなみにお前どんだけ掛かった?」
「えーっと、大体一時間かな」
「前半分も大概ガチじゃねえか!」
「悔しかったらせめて平均点は取ろうよ。良かったら今度少し勉強押しえてあげるからさ」
「お? ……おう、ありがと」
「どういたしまして」
(っしゃああああああ! なんか良く分からねえ流れで良い感じの約束取りつけたァッ!)
笑う冬野を見ながら、今まで抱えていた悩みやこれからやらなければならない事を一旦棚に上げて内心ガッツポーズ。
今日一番のスーパーハイテンション。
だが頑張ってポーカーフェイス。
こんな感情を好きな女子の前で晒す訳にはいかない。
そしてそんなハイテンション桜野隼人を現実に戻すように冬野は言う。
「あーでも流石に今日の宿題を教えるってのは無理だし……桜野君。二時間半、頑張って」
「……ぁぁぁぁぁ」
「うわぁ、凄い声出てる。この勉強嫌いめ……っとそだね」
冬野はフラフラと近くの自販機の方に歩み寄って言う。
「桜野君、実は私ちょっと喉渇いてるんだよね」
「……ほう、それで?」
「コーラで喉が潤えば、桜野君のスマホに宿題の写しが送られてくるかもしれない」
「普通のですか? ゼロですか?」
「うわぁ話し早いや。普通ので」
「あいよぉ!」
そして自販機に小銭を投入し、コーラもとい宿題完遂引換券を入手する。
「ほらよ」
「ありがと……で、これにノリノリで乗っちゃう辺り桜野君、絶対夏休みの宿題とか答えあったら写しちゃうタイプだろうね」
「まあ写すな。小学校の時は親と兄貴の目を盗んで全部写した」
「ちなみにウチの中学答えは答え合わせ用の答え配布されなくて、分かんない所自力で調べて何とかしろ方式らしいよ?」
「はい詰んだー。終わりましたー。なんでそんな馬鹿みてえな事してんのウチの学校」
「桜野君みたいな馬鹿野郎対策だろうねー……まあでもとりあえず今日は私の写しなよ。夏休みの宿題は……うん、分かんないとこ教えるし」
「……お、おう。ありがと」
「どういたしまして」
(っしゃあああああああ! 夏休みに冬野に会えるううううううううッ!)
そして再び内心でガッツポーズする隼人に、冷静に冬野が言う。
「それにしても改めて考えれば血塗れでする話じゃないね」
「……そうだな。うん、マジでそうだよ何やってんの俺」
「早く帰ってお風呂入りなよ」
「そだな。うん、そうする」
この後すぐに家に帰って素直にシャワーを浴びた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます