前章 人として最悪な選択を繰り返す日常

1 滅血師失格

「お疲れ。怪我は無いか?」


 吸血鬼のアジトを襲撃する作戦が終わった後、合流した兄の雄吾にそう問いかけられた。


「まあ雑魚一体だけだからな。あの程度で怪我はしねえよ。兄貴の方は?」


「ん? まあとりあえず大丈夫だな。大丈夫だけど……圧倒的人員不足とはいえあの場に俺一人とか、上の連中ちょっと頭おかしいんじゃねえのか?」


「それだけ兄貴が信頼されてんだよ。兄貴一人の方が気付かれにくいし、一部隊投入するより戦力としては上な訳だしな」


 作戦は至ってシンプルで、アジトに襲撃を掛け散り散りになった所を周囲に配備した別動隊が各個撃破する。

 そういう作戦……だったのだが、散り散りにするという役目だった雄吾が一体を除く全員を倒してしまった為、正直作戦が別物になってしまった感じがする。


「ま、とにかく俺もお前も。別の部隊の連中も無事で良かったよ」


 そう言ってから軽く体を伸ばした雄吾は、隼人に言う。


「よし。じゃあ後の処理は俺や別の部隊の連中とやっとくから、お前はもう帰れ」


「いいのか? 手伝わなくて」


「いいんだよ。人員不足だから出てもらってるけど、お前は本来この場に立つ様な年齢じゃねえから。そんな事まで任せるのは大人としてはちょっとな」


「大人って、兄貴だって大学一年だから大人ってのはちょっと違くね?」


「少なくとも中一のお前よりは大人じゃねえか? 同級生には就職してる奴もいる訳だし。まあそんな事よりな、早く帰って返り血流して宿題に予習復習やっとけ。ほらお前期末テスト二科目赤点だったんだろ? しかも他もギリギリ。中一の期末でそれはやべえって」


「あー分かった。分かったら勉強の話はパス。帰ります帰ります」


 逃げるように現場を後にする。

 予習復習などする気は無かったが返り血は流したかったし、何より手伝わなくてもいいのかと聞きはしたが、そもそも面倒なのでやりたくはない。


 そもそも滅血師として活動する事自体に大きなモチベーションが存在しない。

 やっている事が正当だとか真っ当だとか。必要な事だというのは分かっている。

 責任感だって人並みにはあるつもりだ。


 だけどそんな物が直接モチベーションに繋がるかどうかなんてのは別問題で、やれる事ならさっさとこんな危険でしかない仕事からは足を洗いたい。

 洗って将来もっと普通の仕事に就いて普通の生活を送りたい。

 率直にそう思う。


 それなのに現状こうなっているのは、生まれてきた環境が悪かったからと言わざるを得ないだろう。

 間違いなくそうだと隼人は思う。


 桜野家。

 本家分家問わず数多くの優秀な滅血師を輩出してきた名家。

 そんな家に生まれてきて、周囲の大人や界隈の偉い人を含め千年に一人の天才と持て囃されてきて。

 そんな環境で俺は滅血師やらないんでなんて言える筈もない。

 そんな強いメンタルを自分は持ち合わせていない。

 だから必死になって持て囃されながらやりたくもない事をやっている。

 それで結果も出しているのだから本当に引き下がれない。


 そして持て囃されているからこそ、尚後ろめたい。


 何せ自分が普段裏でやっている事は、非人道的で滅血師失格な事なのだから。

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