吸血少女と滅血師
山外大河
序章
血液の入ったペットボトルとの対峙
例えるならば、彼は今ペットボトルに命を狙われているという状況にあった。
その例えは常人が聞けば首を傾げざるを得ない例えではあったが、彼にとってはある程度納得できる例えではある。
何せ彼にとって人間は、上質な飲料水の入った器でしかないのだから。
「……くそ、ふざけるな。ふざけるなよ!」
自負している。
悪い事など何もしていない。
自分はいつものように血液を接種しただけ。
吸血鬼としての文化的で最低限度の生活を送るための行為を行っただけだ。
なのに命を狙われている。ペットボトル程度の存在に……滅血師に命を狙われている。
「くそ……くそぉ!」
彼には十人の仲間がいた。共に血を飲み合う気の合う仲間だ。
高い身体能力と治癒能力を持った吸血鬼の中でも群を抜いて皆屈強で、自分達吸血鬼の命を狙う滅血師を何度も返り討ちにしてきた。
今回も。
これからだってそうなる筈だったのに。
「なんなんだよあの化け物は!」
つい数分前、たった一人の滅血師に皆殺しにされた。
こちらは自分を含め十人もいたにも関わらず、圧倒的な強さを前に傷一つ付けられず壊滅。
ただ一人自分だけが命からがらその場から逃げ出す事ができたが、まず間違いなく追ってきて理不尽に自分を殺すのだろう。
百年に一人の天才と揶揄されている最悪の滅血師。
桜野雄吾に殺されるのだろう。
そんな絶望間に心中を埋め尽くされながら、アジトを飛び出した先の路地を人間場馴れした速度で走っていた時だった。
視界の先に中学生程の人間の少年が現れたのが分かったのは。
(……よし。ヨォォォォォォォォシィ!)
この瞬間可能性が生まれた。
自信が生き残り、かつ敵討ちまで成立させられる可能性が。
吸血行為により発動する、一人一つずつ持っている特殊能力。
彼の場合は超硬化。
効力は皮膚や骨の硬度を一時的に急上昇。
一見再生能力を持つ彼らにとってはハズレな能力にも思えるが、滅血師が使う対吸血鬼用の呪術には彼らの回復力を阻害する効力があり、そもそも回復力にも限界がある。
故に攻撃が効きにくいというのはそれだけで大きなアドバンテージになり得るのだ。
だから目の前の子供の血を吸い迎え打つ。
そのつもりで少年に向かって跳びかかった。
だけどそもそも高速で移動してくる自分を前にして、殆ど物怖じていない時点で察するべきだったのかもしれない。
「ああ大丈夫だ兄貴。今補足した」
ただの子供ではなく滅血師だったという事をではない。
子供であるにも関わらず滅血師であるという事でもない。
「こっちで終わらせる」
自分程度の相手には、物怖じる必要が無い程の強者であるという事だ。
「が……ぁ……あ?」
気が付けば腹部を拳で貫かれていた。そう認識した瞬間に腕は引き抜かれ、代わりに側頭部に向けて蹴りを叩き込まれ、激痛と共に路地の壁に叩き付けられた。
肉体はほぼ再生しない。
呪術を纏って強化したであろう四肢によって繰り出された攻撃に、吸血鬼の回復力は大きく阻害される。
それでもなんとかしようと。足掻こうとした次の瞬間だった。
「ああ、そうだ。吸血鬼ってのはこういう存在なんだよな」
言いながら少年に額に呪符を張りつけられた。
「……だとすりゃほんと、何で悩んでんだ俺は」
唐突に理解不能な話をした少年は大きくバックステップで距離を取り……次の瞬間起爆。
小規模で高威力な爆風により、彼の理不尽に晒される一生は終わりを迎える。
※
そしてその身勝手で醜悪な一生を終わらせた少年は、壁にもたれ掛かり軽く息を付く。
今日も吸血鬼を殺した。
理不尽に不条理に人間を殺す殺人鬼を殺した。
その度に自分達がやっている事が正当で真っ当で、人道的な行いだと認識できる。
だからこそより悩みが深まる。
どうしようもない感情に駆られる。
息が苦しくなる。
何しろ少年、桜野隼人はずっと非人道的な行いを。身勝手で最低最悪な行動をこれまでも、きっとこれからも続けていくのだから。
吸血鬼かもしれない女の子に何もしない。
そんな頭のおかしい選択肢を取り続けていくのだから。
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